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63. 墓掘り人

 アンネリーゼはヴィルマへの説明を終え、ジェラールが来るのを待って改めて今後について話し合う。

 エマの身柄は昨日のうちにテオバルトの所に預け、準備が整い次第出発し、今はオイレンブルク侯爵領へと向かっている最中だ。

 帝都にある貴族達のタウンハウスを全て調べる事になったため逃げる時間は十分稼げたが、問題はいつどのタイミングでエマが花緑青の生地を紛れ込ませた犯人であるとバラすかだ。


 カミラ達にお茶とお菓子を用意してもらい、アンネリーゼは一息付いたところでミレーナを見る。


 「ミレーナ、身代わりの遺体の準備にはどのくらい掛かりそうかしら?準備が出来次第遺書を偽造しようと思うのだけれど…」


 「条件に合う遺体があればすぐにでも用意出来るかと…場合によっては別々の遺体を繋いででも用意する男ですから近日中には連絡があると思います」


 「こう言っては何だけれど、随分と優秀なのね…その男の名は何と言うの?」


 「本名は分かりませんが、その筋からはトーテングレーバーの名で呼ばれています…顔も常に隠しているため、奴の正体を知る者はいないともいわれていますね」


 「墓掘り人とはまた悪趣味な名前ね…」


 「噂ではあまりの仕事の早さに、奴は非常に優れた氷属性の魔法の使い手で、アジトには常に1000体以上の遺体が保管してあるとかいないとか…」


 「ひいっ!?」


 ミレーナの説明を聞き、ヴィルマが悲鳴を上げる。

 ガタガタと震えているところを見ると、怖い話や都市伝説系の話は苦手なようだ。

 震えるヴィルマを落ち着かせ、アンネリーゼは苦笑しながらミレーナを見た。


 「もう、ヴィルマを怖がらせないでちょうだい…」


 「申し訳ございません、まさかここまで怖がるとは思いませんでした…ヴィルマさん、所詮は根も葉もない噂ですから安心してください」


 「ほ、本当ですか?」


 ヴィルマが涙目で尋ねると、それを見ていたレベッカがくすりと笑った。


 「例え帝都とは言え、常時1000体以上もの遺体を保管出来る程広い場所など無いと思いますわ…もし本当にそれだけの数を保管しているのであれば帝都外、しかも人目につかない場所となれば運ぶにも時間が掛かりますからすぐに用意する事は不可能かと思いますわ」


 「た、確かにそうですね…良かった、安心しました…」


 「でも、依頼に沿う遺体をすぐに用意出来るというのは不思議ではありますわね…もしかすると、自ら遺体を作り出しているのかもしれませんわ…」


 「そ、それってまさか殺して…」


 再びヴィルマが青くなったため、アンネリーゼはにこにこと笑うレベッカを見て呆れてため息を吐いた。


 「レベッカ殿下、ヴィルマが可哀想ですから揶揄わないでくださいな…」


 「申し訳ございません、あまりに反応が可愛いかったものですから…」


 「可愛いのは認めますが、揶揄って良いのは私だけですわ」


 「それは違うんじゃねーかな…と、俺は思うんだけどあんたはどう思う?」


 アンネリーゼが胸を張って断言すると、部屋の隅に控えていたガーランドが隣に立っているジェラールに話し掛けた。


 「私に聞くな…そもそも何故お前は…いや、俺達はこんな隅にいるんだ?」


 「俺なんて背景よ背景…見目麗しい乙女達が語らう姿を見守る栄誉を賜ってる訳ですよ」


 「そうか…」


 ジェラールはその短い会話でガーランドの扱いを察したのか、憐憫の目を向けた。

 不謹慎にも遺体の話して盛り上がっていると、ヴィルマが遠慮がちに手を挙げる。


 「あの、もう一つ気になる事があるんですが良いですか?」


 「どうかした?」


 「いえ、ケンプファー領のドラゴンの件なんですけど、何故ベルタンは討伐して素材を得ようとしないんでしょうか…ドラゴンの素材は貴重ですし、それで出来た武具って凄く強力ですよね?」


 「確かにドラゴンの素材は貴重なんだけど、ケンプファー領に関しては傷を負わせてけしかけた方がベルタンとしては得なのよ…」


 ヴィルマの問い掛けに答えたアンネリーゼに目を向けられ、レベッカは恐縮しながら頷いた。


 「ええ…ベルタンの狙いは水源の汚染なのですわ。

 ドラゴンは英雄譚に語られるような竜の血を飲み人並外れた力を得たという話や、素材の貴重さにばかりに注目が集まり忘れられがちですが、武具の材料となる角や牙、爪、鱗、皮などとは違い、薬の材料となる血や肉、内臓は適切な処理をしなければ猛毒なのです…それも解毒すら難しい程の代物ですわ…手負いのドラゴンが清らかな水源で傷を癒し、その血が水源を汚染した場合、下流に住む人々や土地がどうなるかなど容易に想像出来ますわ」


 「手負いのドラゴンを討伐に向かえばケンプファー領の騎士達には必ず犠牲者が出るし、討伐すれば余計にドラゴンの血が流れて水が汚染され不作と疫病が蔓延するの…そうなれば東の要衝と呼ばれるケンプファー領は終わりよ」


 「そんなのどうしようもないじゃないですか…」


 聞けば聞く程解決策が見えず詰んだ状況であるにも関わらず、アンネリーゼの表情は何故かそこまでの急は無い…むしろ楽し気にも見える。

 

 「私ね、ドラゴンの事を聞いてからずっと試したいことがあるのよ」


 「試したいことですか…何だか嫌な予感がしますわ」


 「アンネリーゼ様…駄目ですよ?」


 「いや、まだ何も言ってないのだけれど?」


 レベッカとカミラがアンネリーゼをジト目で睨み、ミレーナが手を挙げる。


 「殿下が面倒な事を言い出すのに賭ける方は挙手願います」


 その場にいる全員が手を挙げ、いかにアンネリーゼの普段の行動が信用されていないかが明らかになる。

 アンネリーゼは腕を組むと、口を尖らせそっぽを向いた。


 「私の魔力がどのくらい蓄積されたか試したいだけなのに…」


 「ドラゴンと戦うって事ですよねそれ…だとしたらなおさら駄目です…」


 アンネリーゼは最も自分を慕っているであろうカミラの縋るような視線に申し訳ない気持ちになったが、首を横に振った。


 「何で私が戦う前提なのかしら…私だって勝てるかどうかも分からないドラゴンなんかと戦いたくはないわよ」


 「えっ…そうなんですか?あのアンネリーゼ様が?」


 「貴女が私の事をどう思っているかが良く分かったわ…」


 「だって魔力を高めたり剣ばかり振ってるアンネリーゼ様が試したいって言ったら腕試ししか無いじゃないですか…」


 「…まさか皆んなもそう思ってるの?」


 アンネリーゼに問われ、皆は口には出さず目を逸らす。

 

 「そう思ってるのね…久しぶりに泣きそうな気分だわ…」


 「あの、一応何をしたいのかをお聞きしても?」


 「竜属には人語を理解出来るほど頭の良い種がいるでしょ?もしケンプファー領に現れるドラゴンが人語を理解出来るなら、回復してあげれば仲間に出来ないかなと思っただけよ…何もしないよりはマシでしょ?どの道そのドラゴンをどうにかしないといけないのに変わりはないんだし、駄目で元々だと思ったのよ…」


 「確かにそれが出来れば一番ではありますが…可能でしょうか?ただでさえ人間に襲われ気が立っているドラゴンが大人しく言う事を聞くとは思えませんわ…」


 「レベッカ王女殿下の仰る通りですよ…それに、その時はアンネリーゼ様だけで行かれるおつもりなんですよね?」


 ミレーナとターニャを影武者として雇う際、カミラは2人のサポートをするようにと言われていたため、もし実際にアンネリーゼが行くとなると付いていくことは出来ない…そして、それはガーランドも同じだ。

 危険な場所へと赴くアンネリーゼを思うと、カミラは例え我儘だと分かっていても引き止めずにはいられないのだ。

 そんなカミラの思いを察したアンネリーゼは不安気なカミラの手を取り優しく微笑む。


 「他の誰にも任せられないもの…それに、レベッカ殿下に協力すると決めた時点で覚悟はしていたわ。

 誰かがやらなければならないなら、現状一番可能性の高い私が行くべきよ…テレーゼ様もいらっしゃるのだし、いざとなったらあの方が守ってくれるわ」

 

 「テレーゼ様なら喜んで盾になりそうです…」


 「でしょう?だから、私は無理も無茶もしないわ…テレーゼ様にも無事でいて欲しいもの」


 「分かりました…」


 カミラを宥めたアンネリーゼは安堵の息を吐いたが、熱い視線を感じそちらを見る…そこには頬を染めうっとりと見つめるレベッカがいた。


 「主従を超えた友情…いえ、これはもはや愛ですわ。

 はぁ…非常に良いものを見せていただきました…満足ですわ…今日は部屋に戻り余韻に浸らせていただきます」


 「見物料を取ろうかしら…」


 「あら、いくらでもお支払いいたしますわよ?」


 「やめておきますわ…そうでした、しばらく迎賓館は立て込んでいるでしょうし、こちらに部屋を用意させますわね」


 「ありがとうございます、ではまた明日」


 ヴィルマに案内され、レベッカは上機嫌で部屋を出ていく。


 「知りたくも無い一面を知ってしまったわ…味覚だけでなく感性も特殊なのね」


 「世の中には女性同士や男性同士の絆を好む方もいらっしゃいますから…」


 ミレーナの言葉にアンネリーゼの表情が青くなる。


 「えっ…流石に私は女性は守備範囲ではないわよ?可愛い子を愛でるのは好きだけれど」


 「レベッカ殿下は性的趣向や恋愛観ではなく、触れ合いや絆を好む方かと…恐らくですが」

 

 「そ、そう…なら安心ね…安心よね?

 まあ、世の中広くて人も沢山いるのだし私が知らない世界があっても不思議ではないわよね!自分と違うからと言って偏見を持ってはいけないわ!」


 「必死過ぎません?」


 「当然でしょう!?急に友人(仮)のあんな一面を見せられたら混乱するに決まってるわよ!」


 アンネリーゼが頭を抱えると、部屋の隅でそれを見たガーランドが欠伸を噛み殺しながら手を挙げた。


 「魔力暴走から目覚めたアンネリーゼ様を見た両陛下や皇子殿下方も同じ気持ちだったんじゃないですか?すぐ慣れますよ」


 「それは確かにそうね…本人には変わりないのに前と後じゃ性格が別人だもの…むしろ中身が17歳の5歳児よりレベッカ殿下の方が遥かにマシに思えてきたわ」


 「急に冷静にならんでくださいよ…情緒の波が激し過ぎますって」


 「理解を深めるためにそういう分野の書籍を取り寄せてみようかしら…でもテオバルトに頼んだら誤解されかねないわ…ここは書店に行くという手も…いえ、私の顔は知られてるから…あ、魔法で姿を変えればなんとかならないかしら…」


 ガーランドの言葉は届いておらず、アンネリーゼは椅子に座ったままブツブツと呟き始める。

 こうなると周りの声が聞こえなくなってしまうため、3人は諦め、アンネリーゼが我に返るまでお茶を飲みながら待ち続けた。

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― 新着の感想 ―
このまま腐海の住人に真っしぐら? 復讐完遂後は正体を隠して同人作家へ ・・・ 己の黒歴史に身悶える聖女様の物語を 読んだ事があります。 書籍化もされました。
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