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61. 提案②

 「一国の王女ともあろうお方が祖国を滅ぼせと…貴女、気は確か?」


 「ええ、至って正常ですわ」


 「なんて馬鹿な提案を…」


 レベッカが口にした提案に耳を疑い確認したアンネリーゼだったが、口にした本人が涼しい顔で答えたため返す言葉が見つからない…予想だにしなかった提案に頭の整理が追い付いていないようだ。

 昨日までの優しさに溢れた雰囲気とは違い、今のレベッカからは何も感じられず、それが尚更アンネリーゼの思考を混乱させる。


 「…貴女は祖国を愛してはいないの?国が滅んだらベルタンの民達はどうなるのよ…この国で民に向けてくれた貴女の優しさは嘘だったの?」


 生前の経験からベルタンに対する怒りや憎しみがあり、滅ぼしたいとまで思っている…いや、実際にその為に動いているアンネリーゼだったが、まさかそのベルタンの王族からそれを提案されるなど誰が予想出来ただろうか。


 アンネリーゼは握る拳に力を込めレベッカを睨む…いくら憎んでいる国の王族とはいえ、国と民を愛するアンネリーゼにとってそれは許しがたい事だった。

 その視線に気付いたレベッカは苦笑し小さくため息を吐く。


 「言い方が悪かったですわ…滅ぼすと言っても民を含むベルタンの全てではなく、タカ派の王侯貴族を排除し国を生まれ変わらせる手助けをお願いしたいのです。

 アンネリーゼ殿下もご存知の通り、ベルタンと言う国は肥沃な土地を得るため他国を侵略してきた歴史を持つ国です。その影響で他国からは疎まれてしまい交易などは最低限に留まり、民は戦力増強のための度重なる税の引き上げで苦しい生活を強いられております…私はそれを変えたいのですわ」


 「何故それを私に?ベルタンにも少なからずハト派の貴族はいるでしょう…他所に頼る前にまずは自分達で動き、解決するのが筋ではなくて?」


 ベルタンに対し復讐をするのであればレベッカの提案は非常に魅力的だ。その国の王族に仲間がいるとなれば情報の共有など出来る事は増える…だが、アンネリーゼは自分達の力だけで問題を解決しようとしないレベッカの姿勢がどうにも信用ならない。

 例えば、これが実際にクーデターを起こした上で助力を求めて来たのであればまだ信用していたのであろうが、何も行動を起こしていない現状ではアンネリーゼを騙すための策の可能性もあるため疑うしかない。

 それを察したのか、レベッカは居住いを正してアンネリーゼを見据えた。


 「殿下が疑われるのは仕方のない事ですわ…私達はまだ何も結果を出していないのですから。

 ただ、誤解の無いよう言わせていただきますが、私達だって何もしていない訳ではないのです」


 「何をしていると言うの?」


 「現在、ベルタンの派閥はタカ派が7割、中立派が1割、ハト派が2割程で、これではハト派が動こうとすれば何をするにも目を付けられてしまい、下手に身動きが取れません。

 ですので、ハト派に属しながらも立場上目を付けられないよう中立の立場を貫いていた私と少数の貴族がタカ派に潜り、ハト派に情報を流していました」


 「確認したいのだけど、今回の使節団はタカ派ばかりなのかしら?」


 「ハト派が2名、私と共にタカ派に潜っている者が1名、残りの者達と騎士、侍女はジェラールとエマ以外ほぼタカ派ですわ…私が同行した事もですが、ハト派に繋がる者を使節団のメンバーに入れるのは本当に苦労しましたわ」


 レベッカが苦笑して答え、呆れたアンネリーゼはため息を吐くと椅子にもたれ掛かり、天井を見上げた。


 「はあ…それで、結局貴方達は何の目的で来たのよ…」


 「私の目的は貴女に直接会い、自分の目で見て確かめるためですわ」


 「私を?私の何を確かめるって言うの?」


 死に戻りに関しては信用出来る数少ない人物しかその事実を知らないため、それが他の者に知られていた場合には誰から漏れたかを調べるのは容易く心配はしていない…そもそも漏らすような人物や知らなくて良い人物には話していないからだ。

 だが、それ以外に見当の付かなかったアンネリーゼは視線をレベッカに戻して問い掛けた。


 「理由を話す前に、殿下にお伝えしておきたい事がございます…」


 「何かしら?」


 「こちらの国には裏切り者が複数おりますわ…商人や貴族など結構な数が」


 「いるでしょうね…人が多ければそれだけ考えも違うし、そういう輩も出てくるでしょう」


 「驚かれないのですね…まさか調べがついていましたか?」


 「想定していただけよ…まあ、実際にいるという事は全くもって業腹だけれど」

 

 コンラートやヴィクトルのおかげである程度見当は付いているのだが、まだレベッカを信用出来ていないアンネリーゼ

はシラを切る。


 「それで、その裏切り者達から私の何を聞いたの?」


 「魔力の枯渇の件、襲撃の件、剣聖殿から剣を習っている件など色々ですわ…貴女が別人のように変わったとタカ派の間では結構話題になっていたのですよ?だから私自ら確かめに来たのですわ…貴女が噂通り国と民を愛する方なのかを」


 「それとベルタンを滅ぼすのに何の関係があるのよ…」


 アンネリーゼに尋ねられたレベッカが目を伏せて俯き、唇を震わせる。


 「…恐らく数年内とは思いますが、ベルタンは現在この国を侵略する計画を立てているようなのです…国と民を愛する貴女であればそれを絶対に許しはしないと…それを知った貴女であれば私達の力になってくださるかもしれないと思ったのです」


 「そう、確かにそれは聞き捨てならないわね…でも、私では力になれないのではなくて?計画があると知っただけではこちらから攻める訳にはいかないし、そんな事をしてシラを切られればこちらが逆に侵略者にされかねないわ…それに、いくら剣に覚えがあるとはいえ、魔力が枯渇した私では自ら戦う事も難しいしね」


 「見捨てるおつもりですか?貴女の愛する国を…民達を…」


 アンネリーゼは鼻で笑い、腕を組んでレベッカを見る。


 「勘違いしないでちょうだい…既成事実が必要と言っているのよ…それこそベルタン絡みで何かして来ない限り騎士を動かせないもの」


 「申し訳ございません、確かにそうですわね…でしたら来年ある計画が実行されると聞きましたわ」


 アンネリーゼは来年という言葉にケンプファー領の件だろうと思ったが、その事には触れず聞き返す。


 「何かしら?」


 アンネリーゼが尋ねると、レベッカはエマを見て頷くとエマは地図を取り出してテーブルに広げる。

 レベッカはその地図にあるケンプファー領を指差し、そこから北東に位置する山脈に指を滑らせた。


 「この国にはベルタンと接するケンプファー領がありますわよね?そこからベルタン側の北東3日ほどの距離に山脈があります…」


 「その山脈の事は話に聞いて知っているわ…それがどうしたの?」


 「この山脈には昔からドラゴンが住んでいるのですが、冒険者や傭兵を募ってそれを襲撃し、手負のドラゴンをケンプファー領にけし掛ける計画のようです…」


 「それは無理があると思うのだけど…仮に手傷を負わせる事が出来たとして、都合良くこちらに向かうかしら?」


 「それについてなのですが、傷を負ったドラゴンは清らかな水源で身体を癒すと聞いた事がございます…そうすると、生息地から最も近い水源があるのはここかと思いますわ」


 地図上をさらに指を滑らせたレベッカが指し示したのは、アンネリーゼの前世でケンプファー辺境伯や精鋭の騎士達がドラゴンと闘い相打ちとなった山だった。

 その山には滝と泉があり、そこから水に混ざって流れたドラゴンの血が不作と疫病をもたらした結果、あの日ベルタン侵攻を許してしまったのだ。

 

 前世の記憶と繋がった事に内心歓喜したアンネリーゼだったが、深呼吸をして気持ちを落ち着かせレベッカを見た。


 「その件に関して何か動いてらっしゃるの?」


 「いえ、一応手は回しているのですが、なに分手が足りず上手くいっておりませんわ…こうやってお知らせする事しか出来ず申し訳ございません」


 「でしたら敢えて邪魔をせずに好きにやらせましょう…その方がレベッカ殿下達もリスクを回避出来ますわ」


 「…よろしいのですか?」


 「ええ…今はケンプファー領に私が最も信頼している方が居りますから、その方に文を送りますわ」


 「どなたがいらっしゃるのですか?」


 「剣聖レオンハルトの弟子にして私の剣の師である疾風のテレーゼ様ですわ…あの方ならうまく動いてくださるはずですわ」


 アンネリーゼは前世の記憶からテレーゼにケンプファー領の事を伝え既に手を打っているのだが、それを知らないレベッカとジェラールがテレーゼの名を聞き目を見開く。


 「それは素晴らしいことですわ…天が味方してくださったようですわね」


 「そうね…一応、レベッカ殿下は今後目立つような動きは避けていただけますか?既成事実を作るため泳がせますわ」


 「協力してくださるのですか?」


 「まだ全てを信じた訳ではありませんわ…ただ、対策をしておくに越した事は無いというだけです。

 そういえば今の話を聞いていて気になったのですけれど、あの生地を入れたのはレベッカ殿下ではありませんか?」


 「はい…申し訳ございません…タカ派の動きを牽制するため紛れ込ませたのです」


 「貴女はお父様に犯人を見つけ出すと仰ってましたわよね…どうなさるおつもりだったのですか?」


 アンネリーゼに問われレベッカが押し黙ると、エマが服の内側から液体の入った小瓶を取り出し頭を下げた。


 「私が主犯として全ての罪を引き受けるつもりでございました…」


 「それでベルタンに賠償を負担させてタカ派を牽制し、この国を攻める計画を邪魔しようとしたのね…馬鹿な事を考えたものだわ」


 「理解していただこうとは思っておりません…数の少ない私達にはそれしか選べる手段が無く、ベルタンとはそのような国であるという事ですわ」


 悲痛な表情で呟くレベッカを見て、アンネリーゼは深くため息を吐いて目を閉じ思案する。

 この数日の間、彼女達と共にする時間が多かったアンネリーゼは2人の絆を理解しているため、どうにかしたいと思っているのだ。

 しばらくの沈黙の後、アンネリーゼは決意したようにターニャを見た。


 「ターニャ、貴女は誰にも気付かれる事なく皇宮から出る事は可能?」


 「…可能だけど良いの?」


 本名で呼ばれたターニャは一瞬戸惑ったが、それには追求せずレベッカ達をちらりと見て聞いた。


 「あの…その方の名はミレニアだったのでは?」


 「ミレニアは偽名なのよ…取り敢えずエマを見捨てる訳にはいかないし、貴女達にいくつか私の秘密をバラすわ…もしそっちのタカ派の連中やこっちの裏切り者が今後この秘密を知るような事があったら、貴女がバラしたと考えて協力関係は解消するから他言無用にしておいてね」


 アンネリーゼはレベッカに手短かに説明すると、魔法を使いエマをターニャの姿に、ターニャをエマの姿に変えた。

 魔力が枯渇していると思っていたレベッカ達は言葉を失っているようだ。


 「これは…枯渇していたのではなかったのですか…?」


 「この反応にも慣れて来たわね…」


 アンネリーゼは何とか声を絞り出したレベッカに答えて苦笑する。


 「これ程の力があれば次期皇帝の座も狙えたのでは…」


 「それは望んでいないしなったとしても4年後よ…それじゃどちらにせよ間に合わないでしょ?」


 「確かに…」


 まだ状況を理解出来ていないレベッカから視線をエマに移し、アンネリーゼは優しく微笑んだ。


 「今から貴女にはカミラと一緒にある場所に行ってもらうわ…そこにターニャの姉のミレーナという子がいるから入れ替わって来て欲しいの」


 「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか…」


 「ミレーナとカミラが戻って来たら貴女に掛けた魔法を解くから、事が片付くまでの間はそこで身を隠しなさい…愚かな国の為に貴女が死ぬ必要は無いでしょう?今からカミラに案内させる所は私が信頼している相手のところだから貴女を必ず守ってくれるわ」


 「ありがとうございます…」


 「お礼の言葉は全てが片付いてからいただくわ…ほら、しばらく2人に会えなくなるのだから別れを伝えなさい」


 アンネリーゼは涙ながらに頭を下げるエマの背に優しく手を添えレベッカの前に押し出すと、再度ターニャに目を向ける。


 「貴女はミレーナが来たら夜までエマとしてレベッカ殿下の側にいなさい…皇宮を抜けた後はいつも通りお願いね」


 「了解よ」


 「手間を掛けるわね…」


 「慣れたわよ…それにしても随分と甘いわね」


 「私も我ながらそう思うわ」


 「でも、貴女のそういう甘い所は嫌いじゃないわ」


 ターニャがエマの姿でニヤリと笑い、手を振りながらレベッカの隣に歩いていく。

 それを見て苦笑したアンネリーゼは、別れを惜しんでいるレベッカ達に聞こえるように手を叩いた。


 「別れの挨拶は済んだかしら?急いだ方が良いしそろそろ行ってちょうだい」


 「殿下、ジェラール様、お身体にはお気を付けて…」


 「貴女も元気でいてね…必ずまた会いましょう」

 

 「また会おう…達者でな」


 レベッカとジェラールはエマを見送り、アンネリーゼに向き直ると深々と頭を下げた。


 「アンネリーゼ殿下、エマを救っていただき感謝いたします…受けた御恩には釣り合いませんが、こちらを受け取ってください」


 「これは…」


 「私達が調べ、裏が取れている帝国内の裏切り者達のリストと、ベルタンのハト派の貴族や協力者のリストですわ。

 もしベルタンで情報を得る場合には、そちらに記載してある者達を頼ってくださいませ」


 レベッカから折り畳まれた紙を渡され、中を見たアンネリーゼは目を見開く…そこにはレベッカの言葉の通り、コンラート達が割り出した帝国内に潜む裏切り者達の名に加え、候補には上がっているがまだ裏が取れていない者達や、まだ手の回っていない者達の名が書かれていた。


 「これで全てでしょうか?」


 「ハト派の者達に関してはそれが全てですが、裏切り者に関してはどうしても掴めない者がいるのです…至らず申し訳ございません」


 「いえ、これだけでもありがたい情報ですわ」


 そう言ったアンネリーゼはもう一度裏切り者達のリストに目を通し、あの男の名がない事を確認し天井を見上げた。


 「いるかしら?」


 アンネリーゼが声を掛けると天井の一部が開き、女性が降りて来た。

 急な展開にレベッカが驚き、ジェラールは剣の柄に手を掛けている。


 「心配いらないわ…彼女は仲間だから大丈夫よ」


 レベッカ達を落ち着かせ、アンネリーゼはリストを女性に手渡す。


 「そのリストに載ってる者達をすぐに探るように伝えなさい」

 

 「承知いたしました」


 女性は受け取ったリストを懐にしまうと、天井から出て行った。

 それを見送ったアンネリーゼはレベッカに笑顔を向ける。


 「レベッカ殿下には明日から人質になって貰いますわね」


 「人質でございますか?」


 「はい、先程の女性はオイレンブルク侯爵家の諜報機関の者なのですが、念の為こちらでもリストの裏取りをしなければなりませんし時間が必要なのです…それに、エマさんの事をお父様達に黙ってはおけませんし、ベルタンとのやり取りをより優位にするため、そして時間稼ぎのためにレベッカ殿下自ら責任を取る形で人質になって欲しいのですわ」


 「承知いたしました…その様にさせていただきますわ」


 「後は逃げたエマさんへの捜査の目を逸らさせる方法なのですが、彼女の背格好に近い女性の遺体を用意させ、擬装するように手配いたしますわ…正直気は進みませんが、犯人が死んだとなれば捜査を早めに切り上げるでしょうしね。

 ねえターニャ、ヴィクトルの知り合いとかにそういうのを頼める人はいないかしら?」


 「お金を積めば用意してくれる奴に心当たりがあるわ…口は堅いし仕事に関しては信頼できるけど私は苦手なのよね」


 「では、そちらのお金は私がご用意いたしますわ…何もかも頼る訳にいきませんから」


 「決まりね…では、皆ここでの会話は墓場まで持って行って貰うわよ…良いわね?」


 アンネリーゼが念を押し、皆が頷く。

 その後もしばらく今後についての話を詰め、カミラがミレーナを連れて戻るのを待ち解散した。

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