60. 提案①
騎士達の試合を観戦した翌日、レベッカに話があると言われアンネリーゼは自室で待つ。
昨日の試合はアンネリーゼが檄を飛ばした後、観戦していた両国の騎士達も態度を改め満足のいくものになったため、試合に出た代表者達には順位を付けそれぞれに褒美を、観戦していた者達にはその日の給与とは別に日給相当の金銭を、そして試合後の交流会の為にワインとエールの樽を5本ずつ振る舞ったため、夜遅くまで訓練場の灯りが消えることは無かった。
護衛に就いていたガーランドも昨夜は遅くまで飲んでいたのか、朝から欠伸が止まらず気を抜けば立ったまま船を漕いでいるようだ。
「座って休んでいても良いのよ…貴方も遅くまで飲んでいたの?」
「あ、いえ…俺とジェラール殿は試合に出ていませんでしたし、今日に響かせる訳にいかないので早々に切り上げましたよ…」
「ならなんでそんなに眠そうなのよ…」
アンネリーゼが尋ねると、ガーランドは欠伸をかみ殺し肩を落とした。
「訓練場と宿舎が近過ぎるせいで五月蝿くて寝付けなかったんですよ…今朝顔を洗う時にジェラール殿も俺と同じ顔をしてましたよ…」
「言ってくれたら部屋を用意してあげたのに…何だか悪かったわね」
「いえ、そうある事ではないですし仕方ないですよ…すみません、もう一度顔を洗って来ます」
「ふふっ、行ってらっしゃい…あ、この前の苦〜いお茶を用意してあげましょうか、目が覚めるかもしれないわよ?」
「ひえっ…今の言葉だけで目が覚めた気がします」
「冗談だから行ってきなさいな…早くしないとレベッカ殿下達が来てしまうわ」
顔面蒼白になったガーランドを笑顔で見送り、アンネリーゼはカミラにいつでもお茶を淹れられるようにお湯を沸かさせ窓から外を見てため息を吐く。
ベルタンからの使節団と共にレベッカが訪れてから数日が経ったが、特に怪しい素振りは見せていない事が気掛かりなのだ。
何も無いのが一番ではあるが、不問にした生地の件を除けば使節団は意欲的でレベッカは人当たりが良い人物であるという事しか残らない…このままでは何も得られず帰ってしまう事になりかねないのだ。
アンネリーゼがもう一度ため息を吐くと、扉がノックされガーランドが顔を覗かせた。
「どうしたの?戻って来たなら早く入りなさいな…」
「えっと、レベッカ殿下達をお連れしました…」
バツの悪そうなガーランドを見て苦笑し、アンネリーゼは立ち上がる。
「丁度良かったじゃない、入っていただいて」
「はい…どうぞ」
部屋に通され、レベッカとエマが一礼する。
ガーランドとジェラールは2人して何故か気まずそうだ。
「アンネリーゼ殿下、おはようございます」
「おはようございます…ところで2人はどうしたのですか?」
「こちらに伺う途中に顔を洗って来たガーランド殿とばったりお会いしたのですが、2人が顔を合わせた途端どちらともなく欠伸をしてしまい、それが私とエマにも移ってしまいましたの…しかもそれを近くにいた方に見られてしまったせいで私に恥をかかせたと思って気にしているようなのですわ…気にしなくて良いと言っていますのに…」
「あら、まだ眠気が残っているのね?なら、特別なお茶を淹れるから目を覚ましなさい…ミレニア、2人にあれを淹れてさしあげて」
アンネリーゼがニヤニヤと笑いながら指示を出すと、ターニャは見るからに嬉しそうに棚から箱を取り出し、中から木の葉を捻って棒状にした見た目の茶葉をティーポットに入れお湯を注ぐ。
ミレニアは時間をかけて抽出し、笑いを堪えながらカップに注いだお茶を2人に差し出した。
「…どうぞ」
「珍しい色をしていますのね…香りも紅茶の芳醇なものとは違い爽やかですわ…」
「彼等の反応を見た後味見してみられますか?皆で試してみましょう…ほらガーランド、ジェラール殿も早く飲んでくださいな」
アンネリーゼはカップに注がれたお茶をまじまじと観察しているレベッカに苦笑しつつガーランド達に飲むように促した。
「ふぐっ…はぁ…はぁ…」
「待て、そんなにか…」
震える手でカップを持ち、顔面蒼白になりながら涙を浮かべているガーランドを見てジェラールが躊躇する。
だが、それをただ見ているだけのアンネリーゼではない…2人は無言の圧力に負け、一気に飲み干した。
『んぶっ!?』
「どう?目は覚めたかしら」
2人がほぼ同時に吹き出しそうになったところで両手で口を押さえ、ニヤけ顔のアンネリーゼの言葉に何度も頷くと、仲良くうがいをしに部屋を出て行った。
「そ、そんなに凄い味なのですか?」
「凄く苦いお茶ですわ」
「まだ飲むとは言ってませんわ!」
「健康茶ですから心配はいりませんわ…何より早く消費したいので付き合ってくださいな」
アンネリーゼは自ら追加で5人分カップを用意し、お茶を注ぎながら答える。
そして、お茶とは別に魔法によって冷蔵されていたシロップ漬けの焼き菓子も皿に取り出した。
「あの、これは…」
「こちらは歯が溶けそうな程に甘〜いお菓子ですわ」
「こ、これも消費を手伝えと言うのですか…」
「理解が早くて助かりますわ!さあ、早速いただきましょう?」
そう言ったアンネリーゼは自ら率先してカップを口に運び、顔を顰める。
「皇女にあるまじきお顔をなさってますわ…」
「そのくらい苦いのですわ…さあ、レベッカ殿下も飲んでくださいな」
「アンネリーゼ殿下の事を信じておりましたのに…このような仕打ちを受けるとは思っておりませんでしたわ…」
「大袈裟ですわ」
アンネリーゼは悪びれもなく言い、菓子にフォークを刺して口に運びまたもや顔を顰めると、自分はどちらも口にしたのだから早くしろと言いたげに胸を張る。
「エマ…今までありがとう…」
「殿下お一人では行かせません…」
覚悟を決め、レベッカとエマはお茶を口にする…だが、2人は吹き出す事はなかった…むしろ不思議そうに首を傾げている。
「確かに苦いですがそこまでではございませんわ…むしろ後味が甘く感じます」
「はい、私もです…」
「えっ、ちょっと待って…味覚死んでます?」
予想外の反応に驚いたアンネリーゼはつい失礼な言葉を使ってしまう。
だが、レベッカはそれを苦笑するだけに留め菓子に手を伸ばした。
丁度うがいをして来たガーランド達も部屋に戻って来たため、ジェラールとエマも菓子にフォークを刺し、口に運んだ。
「アンネリーゼ殿下、流石にその言い方はちょっと…いえ、まあ構いませんわ…では、次はこちらを」
「うっ…私はこちらは苦手です…」
「もう一度うがいに行ってまいります…」
「あらそう?私はこちらも結構イケるのだけど…」
エマはお茶で口をゆすぎ、ジェラールはまたもや退室して行った。
だが、レベッカだけは気に入ったのかお茶と皿に取り出していた菓子をほぼ1人で平らげてしまった。
「味覚王よ…味覚王が現れたわ…」
「…それは褒めてらっしゃいませんわよね?」
「いえ、普通に驚きましたわ…まさかどちらも平然と口にするなんて…残った物を全て差し上げましょうか?」
「あら、良ろしいのですか?では、何処で購入したかも教えていただけると助かりますわ」
平然と答えるレベッカに呆れ、アンネリーゼは茶葉と菓子を箱に詰めて差し出す。
レベッカの嬉しそうな表情を見るに、演技などではないようだ。
「口直しをしましょう…カミラ、お茶を淹れなおしてちょうだい」
「はい!」
「助かったわね…」
レベッカがお茶と菓子を平らげたため、難を逃れたカミラとターニャは安堵して意気揚々と新たなお茶を淹れ始める。
アンネリーゼは恨めしそうにその姿を見た後、レベッカに視線を戻した。
「随分とおしゃべりが過ぎてしまいましたわね…」
「ふふっ、そんな時間があっても良いと思いますわ」
「それで、私にお話とは何でしょう?」
「そうですわね…お話と言うよりお願いでしょうか?」
そう言って微笑んだレベッカの目の奥に潜むものに気付いたアンネリーゼは、警戒する。
「私に出来る事であればお聞きしますが…」
「恐らく殿下は聞いてくださいますわ」
「随分と自信がお有りなのね…このまま断っても良いのだけど、一応聞いて差し上げますわ」
「貴女にとって…いえ、この国にとって悪い話ではありませんから安心してくださいな」
「それを判断するのは私だし、内容次第だわ…」
警戒を強めるアンネリーゼを見て、レベッカは顔の前で手を合わせて首を傾げ、無邪気な表情でくすりと笑った後、ジェラールが戻るのを待ってから指を鳴らし、防音の魔法を展開した。
「アンネリーゼ殿下…良ければ私と共にベルタンを滅ぼしません?」
レベッカの言葉が聞こえたのかカミラがティーポットを床に落とし、室内に陶器の割れる音が響く…だが、それに反応する者はいなかった。




