59. 矜持②
翌日、アンネリーゼはレベッカを連れて騎士の訓練場を訪れていた。
アレクサンダー達も誘ってはいたのだが、公務の都合が付かなかったため2人のみでの観戦だ。
アンネリーゼとレベッカの護衛騎士であるガーランドとジェラールは、今回は試合には参加せず2人の護衛を務めている。
試合に出る騎士達が二手に別れて並び、アンネリーゼ達はそれぞれの国を代表する騎士達に声を掛けていく。
「他国の騎士達と手合わせが出来るこの様な機会はそう得られるものではないわ…武器も訓練用に刃引きしているとは言え、当たりどころが悪ければもちろん命に関わりますから、気を引き締め胸を借りるつもりで戦いなさい…ベルタンの騎士の方々も今日はよろしくお願いいたしますわね。
それと、今日の試合で良い戦いを見せてくれた者達にはベルタンの騎士には私から、こちらの騎士にはレベッカ王女殿下から褒美を与える事になっているから楽しみにしていなさい」
代表者達は褒美という言葉に沸き立ち、惜しくも代表から外れてしまった者達は皆ため息を吐き肩を落としている。
それを見ていたアンネリーゼは苦笑しながら後ろに下がり、次にレベッカが前に出て騎士達に微笑んだ。
「今日は皆の日々の努力の成果をこの目で見させていただきますわ…ですが、先程アンネリーゼ皇女殿下が仰った通り危険な事に変わりありませんので、無理や無茶はせぬよう気をつけるようにしてくださいね。
アンネリーゼ殿下は黙っていらっしゃいましたが、代表になれなかった方々にも心ばかりの品を用意していますから安心なさってね」
剣を握る者としてその危険性を熟知しているアンネリーゼの凛々しさと厳しさの中に気遣いの籠った言葉と、優しくただ騎士達の無事を祈るレベッカの言葉を受け、代表者達の表情が変わる。
だが、それ以外の者達の表情を見てアンネリーゼは眉間に皺を寄せた。
「なってないわね…試合に出ないからと言って気が抜け過ぎているわ」
ボソリと呟いたその声が聞こえていたのか、後ろに控えていたガーランドがアンネリーゼの耳元に顔を寄せる。
「注意して来ましょうか?」
「まだ待ちなさい…試合が始まってもあのままなら私から言うわ」
「承知しました…」
返事をしたガーランドは気の抜けた表情の騎士達に憐憫の目を向けながら後ろに下がる。
アンネリーゼは騎士団長の顔を立て普段こそ口煩く注意をするような事はないが、テレーゼが去りレオンハルトが亡くなってからというもの以前にも増して剣に対して真摯に向き合っているため、騎士達のその姿が許せないのだ。
「どうかしたのか?」
ため息を吐きながら戻って来たガーランドを見て近くにいたジェラールが首を傾げて尋ねると、ガーランドは首を竦めて苦笑し、顎をしゃくって観戦している騎士達の方を見るように促した。
「いや、アンネリーゼ殿下がたいそうお怒りだからさ…」
「アンネリーゼ殿下は自らも剣を握るとは聞いていたがそれ程厳しいのか?」
「他人にはそうでもないけど、自分にはとにかく厳しいよ…妥協を知らないって感じかな?」
「そうか…それでは相当な腕なのだろうな」
「あの年齢でありながら疾風と剣聖様が認めてベタ褒めした弟子だぜ?この国でも上から数えた方が早いだろうさ…俺だって手合わせしたら8割負けるし…」
「そこまでか…出来れば一度で良いから見てみたいものだが今は遠慮願いたいな…」
ジェラールが目を見張り呟くと、ガーランドは肩を落としてため息を吐いた。
「残念ながらたぶんすぐに見れるさ…あの調子じゃ近いうちに教育的指導が入りそうだし…」
「相当苛立っているな…皆気付けば良いが…」
椅子にもたれ掛かり、腕と足を組んで不機嫌そうに指を動かしているアンネリーゼを見て、2人は不安で胃が痛くなる。
だが、最初の試合が終わると同時にアンネリーゼが椅子を蹴るように立ち上がり、ガーランドを振り返った。
「あの…アンネリーゼ殿下、どうかなさいましたか?」
「ガーランド、サーベルとダガーを持って来なさい…」
レベッカの声が聞こえていないのか、アンネリーゼは見向きもせず低い声で指示を出す。
ガーランドは冷や汗を流しながらアンネリーゼを落ち着かせようと首を振った。
「い、いや…レベッカ王女殿下もいらっしゃいますしここは穏便に…それにさっきは注意するって言ったじゃないですか」
「ガーランド、聞こえなかったの?私は剣を持って来いと言ったのよ…。
神聖な訓練場で…国を代表する騎士達が鎬を削るこの場であんな緩み切った姿を見せられて黙っている訳にいかないでしょう…この場に、そして真剣に試合っている彼等に対する侮辱を見過ごすなんてこの私が許さないわ」
「た、ただいま持ってまいります…」
アンネリーゼの怒気に気圧されたガーランドは急いで剣を取りに行き、息を切らしながら戻って来た。
「お、お待たせしました…どうかお手柔らかに…」
「ご苦労様、口出しは無用よ…レベッカ殿下、少々お目汚しいたしますわね」
「は、はい…えっ…な、何をなさるおつもりですか!?」
「緩み切った騎士達の根性を叩き直してまいりますわ」
状況を理解出来ていないレベッカに笑顔で答え、アンネリーゼは騎士達の前に立ちサーベルを抜いて切先を向けた。
「そこの貴方と貴方、剣を持って前に出てらっしゃい…」
それぞれ帝国騎士とベルタンの騎士から1人を指名し、アンネリーゼはサーベルとダガーを構える。
その2人は真剣に試合っている者達の姿を見て楽し気に笑い、賭けをしていた者達だ。
「早くなさい…」
「で、殿下…これはどういう…」
焦る帝国騎士が状況を理解出来ぬまま手にした剣をサーベルで掬い上げられ、ダガーによる斬撃を脇腹に受け倒れる。
ベルタンの騎士はそれを見て急ぎ剣を構えたが、アンネリーゼに懐に潜り込まれ、後方に飛んで避けようとしたところを軸足を踏まれて転倒し、サーベルの切先を喉元に突き付けられた。
あっという間の出来事に、ベルタンの騎士達だけでなく帝国騎士達も息を呑んでいた。
アンネリーゼはサーベルとダガーを鞘に納め、地に伏している騎士達を見下す。
「貴方達、ここを何処だと思っているの?」
「く、訓練場です…」
「真剣に試合っている仲間を見て笑い、賭けをするのが騎士のする事ですか!?恥を知りなさい!!
貴方達は私が最初に何と言ったか覚えているの!?レベッカ殿下は何と言いましたか!?」
普段見せないアンネリーゼの剣幕に見守っていた帝国騎士達は押し黙り、ベルタンの騎士達もその苛烈さに言葉を失っていた。
アンネリーゼは皆から向けられる視線に構わず言葉を続ける。
「私は命に関わるから気を抜くなと言ったわ…レベッカ殿下は貴方達の日々の努力の成果を見ると…貴方達の無事を祈ってくださったわ…それが試合に出る者達だけに向けた言葉だと思っているの!?」
「も、申し訳ございませんでした…」
脇腹を打たれた帝国騎士が跪き頭を下げ、ベルタンの騎士もそれに倣い頭を下げた。
「貴方達、私が誰か言ってみなさい…」
「ヴァルドシュタイン帝国第一皇女アンネリーゼ殿下であります…」
帝国騎士がそう答えると、アンネリーゼは首を振った。
「違います…剣を持ち、貴方の前に相対している時点で私は貴方にとって戦うべき相手よ…武器を持ち相対せば老いも若きも男も女も関係無いわ…当然立場もよ。
ベルタンの貴方…貴方は私が剣を持って指名した時、どう思ったかしら?所詮女と侮ったのかしら?」
「め、滅相もございません!」
慌てて否定するベルタンの騎士を見下ろしながらアンネリーゼは鼻で笑った。
「なら、何故貴方は私が彼を倒してすぐに反応出来なかったの?私を侮っていたから?状況が理解出来ていなかったから?そんなもの言い訳でしかないわ。
ここは国を守る騎士が日々努力し、己を高める場よ…明らかに実力が劣る相手に手心を加えるのは良いわ…それは指導のうちだもの…でも、相手を侮り力量を知りもせずに全力を出さないのはただの手抜きよ…手心を加えるのと手を抜くのは全く違うものだわ。
それに、状況が理解出来ていなかったとしたらそれは気が抜けている証拠よ…そんな事でいざという時レベッカ殿下を守り通せると思っているのなら、今すぐに剣を置きなさい」
アンネリーゼは2人に背を向け歩き出し、治療の為待機していた救護班に顔だけ向けて指示を出す。
「誰か2人を治療してあげて」
「は、はっ!ただいま!」
席に戻ったアンネリーゼはガーランドにサーベルとダガーを渡し、もう一度騎士達を振り返ると、椅子に座る前に手を叩いた。
「聞きなさい!貴方達が休みに何をしようが私は何も言わないわ!お酒を飲んで笑って馬鹿騒ぎをしようが賭けをしようが貴方達の自由よ!だけど、せめてこの場においては騎士の矜持を持って行動なさい!」
両国の騎士達は揃ってアンネリーゼに一礼し、試合を再開する。
その後は皆気の抜けた態度は見せず、勝ち負けに拘らず互いの健闘を讃えながら進行していった。
その様子に満足気に頷くアンネリーゼを見て、レベッカが微笑む。
「どうなる事かと思いましたが、丸く納まり安心いたしましたわ」
「お見苦しいところをお見せしましたわ…」
「そんな事はございません、殿下が仰った通りですもの…常に気を張る必要はございませんが、時と場所を選ばなければ怪我の元ですから」
「ええ…息抜きは必要ですが、騎士は命の危険に晒されるものですから…あっ、終わったようですわ!」
最後の試合の決着がつき、アンネリーゼは椅子から立ち上がり拍手をする。
それを見たレベッカは背後を振り返り、ジェラールが顔を寄せる。
「やはりこの方しかおりませんわ…」
「承知いたしました…エマにも伝えます」
「いえ、私が伝えますわ…これは私が伝えるべき事ですから…」
レベッカはそう言うと、一筋の涙を流した。




