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57. 協力

 ベルタンからの使節団が来訪して3日目になり、大使をはじめ使節団の主だった者達の半数は今日から本格的に帝国領の中でも特に耕種農業や畜産農業に力を入れている近隣の領の視察に回り、もう半数は帝都内のガラスや陶器の工房、建築などの農業以外の技術の視察を行っている。

 使節団に同行して来たレベッカは皇宮に残り、使節団とは別に帝都の民の暮らしを視察するなど、技術以外のものを見て回る予定だ。

 今日はアンネリーゼの案内で帝都民の暮らしを見るため、一緒の馬車で市民街に向かう。


 「来る時にも思いましたが賑わっていますわね…」


 馬車の窓から外を見ていたレベッカは、人の多さに目を白黒させる。

 それを見たアンネリーゼは苦笑し、笑顔で手を振る民達に手を振りかえす。


 「今日は特別ですわ」


 「何故でしょう?」


 「だってレベッカ殿下がいらっしゃいますもの…帝都の民達は私の事なんて見飽きてますわ」


 「流石にそのような事は無いと思いますわ…」


 レベッカが信じられないと言いたげに顔を向けると、アンネリーゼは窓から目に付いた民達について語り出す。


 「あそこの赤髪の垂れ目の女性は先日結婚した肉屋の娘さんでその隣の小太りの男性が旦那さん、あっちの青髪の男の子はパン屋の末っ子で将来は騎士になるのが夢って言っていたわね…あの子の家のパンは美味しいのよねぇ。あっ…あのお婆さん腰はもう大丈夫なのかしら…」


 「あの…まさか帝都民全てを覚えていらっしゃるのですか?」

 

 「流石に全てではないですわ…でも、たまにこちらに遊びに来た時に関わった方達は皆覚えておりますわね」

 

 「凄いですわ…私など本国では街に出ることすら殆ど許されず、このように民の暮らしを見る機会もない為アンネリーゼ殿下が羨ましいですわ」


 「こちらに滞在される間はいつでも仰ってくださいな…いくらでもご案内いたしますわ。

 それこそ先程お話しした肉屋やパン屋に行っても良いですし、屋台で買い食いもお付き合いいたします」


 寂しそうに笑うレベッカを気遣いアンネリーゼが戯けて言うと、レベッカは嬉しそうに小さく頷いた。


 「それは楽しそうですわ…エマ、その時は内緒にしていてね?」


 「承知いたしました」


 エマは困ったような表情で仕方ないと言いたげに頷いたが、その口元は微かに綻んでいる…レベッカとは良い関係を築いているようだ。

 生地の一件で昨日は休んでいたレベッカの侍女達だったが、特に症状が出た者もおらず今日から仕事に戻っている。

 エマからは今朝皇宮を発つ際に医師の派遣などの対応に感謝され、アンネリーゼやカミラともやや打ち解けた印象だ。


 レベッカとエマのやり取りを満足気に眺めていたアンネリーゼを見て、カミラが眉間に皺を寄せる。


 「まあ、アンネリーゼ様はご自身が街に出る口実が欲しいだけだと思いますので付き合っていただけたら助かります」


 「何を言ってるのかしら?」


 「事実でしょう?」


 「…ほんの少しだけよ」


 バツの悪そうなアンネリーゼの表情が余程可笑しかったのか、レベッカがくすくすと笑う。


 「本当に仲が良いのですね…お2人は長いのですか?」


 「私が生まれた時からですから13年ですわね…侍女に迎えてからは8年になりますわ。

 この子は私の乳母の子で、元々は歳の近いクラウス兄様の侍女になる予定でしたの…」


 「それを我儘を言ってアンネリーゼ様が自分の侍女になさったんですよね?」


 「そうよ…そうなのだけれど、我儘ではなくてたっての願いとか他にも言い方があるでしょう?」


 「にこにこと満面の笑顔で私の手を握って離さなかったんですよね?」


 「ええ…そうよ…だからやめてちょうだい」


 珍しく耳まで真っ赤に染め、アンネリーゼは俯いてしまう。


 「ふふっ、良いものが見れましたわ…ね、エマ」


 「発言は控えさせていただきます…」


 「…エマさん、カミラと変わらない?最近この子が生意気なのよ」


 「アンネリーゼ様、それ酷くないですか!?私はアンネリーゼ様が出回らないように皇后陛下に見とくように言われてるだけなんですよ!?」


 「はいはい、冗談に決まってるじゃない…」


 アンネリーゼが半泣きのカミラを宥めながら外を見ると、右目に眼帯を付け無精髭を生やした背の高い男と目が合った…ミレーナとターニャの義兄ヴィクトルだ。

 ヴィクトルの近くでは酒場にいた彼の手下2人が男を羽交締めにし、路地裏に連れて行った。


 「ちゃんと仕事をしてるの初めて見たわ…」


 「はい?何か仰いましたか?」


 「いえ、知り合いが真面目に働いていたので感心していただけですわ」


 レベッカに尋ねられ誤魔化したアンネリーゼは、もう一度ヴィクトルを見て小さく微笑む。

 ヴィクトルはそれに気付くと、ひらひらと手を振りながら部下達を追って路地裏に歩いて行った。


 「あの、アンネリーゼ様…あちらのご婦人のご様子が…」


 窓から帝都民に手を振っていたレベッカが蹲る女性に気付きアンネリーゼに声を掛けた。

 レベッカの指差した女性を見て、アンネリーゼは馬車を飛び降りた。


 「貴女、大丈夫!?」


 「ア、アンネリーゼ様…申し訳ございません…」


 「何を謝っているの!いったいどうし…」


 アンネリーゼは女性の腹部を見て言葉に詰まった…女性は妊娠しており、破水していたのだ。


 「殿下、どうかなさいましたか!」


 「ガーランド、この方を馬車に!近くに医師はいるかしら!?」


 駆け付けたガーランドに急いで指示を出し、アンネリーゼは近くにいた若い女性に尋ねる。


 「こ、この通りの先に診療所があります…」


 「ありがとう!誰か、この方に謝礼を!」


 御者に指示を出して馬車に戻り、アンネリーゼは女性の隣に乗り込む。

 カミラは既にレベッカとエマの隣に移動していた。


 「レベッカ殿下、このような事になってしまい申し訳ございません…埋め合わせは後日必ず」


 「お気になさらないでください…出産はおめでたい事なのですから喜びこそすれ迷惑だとは思いませんわ。貴女も気を強く持って…ね?」


 レベッカは女性の手を握り、勇気づけるように優しく声を掛ける。


 「申し訳ございません…申し訳ございません…」


 「レベッカ殿下も仰っていたでしょう?貴女自身が新しい命を喜んであげないと生まれてくる子供が可哀想じゃない…だから気にしては駄目よ」


 「はい…あ、ありがとうございます…」


 騎士達が道を作り、集まっていた帝都民達も自発的に協力したため馬車は程なくして診療所に到着し、ガーランドに女性を運ばせる。


 「先生はいらっしゃいますか!?」


 「ひえっ!な、何事ですか!?ア、アンネリーゼ殿下!?」


 診療所にいた女性が駆け込んで来たアンネリーゼに驚き椅子から転げ落ちた。

 アンネリーゼは手を差し出し起きる上がるのを手伝うと、手短に状況を説明する。


 「妊娠中の女性が破水したようなのですが、助産師を探す時間が惜しかったためこちらに…先生はいらっしゃいますか!?」

 

 「今は患者様を診るため出ております…」


 「そんな…」


 アンネリーゼは医師が不在と聞き目の前が暗くなった…だが、女性の苦しげな声を聞いて自分の頬を両手で叩き急ぎカミラを呼んだ。


 「カミラ、お湯と布を集めてちょうだい…」


 「…どうなさるおつもりですか?」


 「決まってるでしょう…私達でやるしかないじゃない」


 そう言ったアンネリーゼは手は震えている…本で読んだ知識はあるとは言え、もちろん実際に経験した事は無い。

 だが、苦しむ女性をそのままにしておくことは出来なかった。


 「ガーランドは他の騎士に頼んでこの方のご主人を探して連れて来て差し上げて…あと、医師がいつ戻るか分からないから助産師も呼んでくるように伝えて…」


 「承知いたしました…では、行ってまいります」


 「さてと、貴女は医師見習いか何か?」


 ガーランドに指示を出したアンネリーゼは診療所にいた女性に歩み寄り、手を握る。


 「は、はい…一応…」


 「なら、頑張りましょう…」


 「で、ですが経験なんてありませんよ!」


 「私も無いわよ…でも、見捨てる訳にいかないでしょう?

 貴女もいずれ医師になるのなら、助けられるかもしれない人を見捨てるような人にはならないでちょうだい…」


 「わ、わかりました」


 「貴女、お名前は?」


 「ア、アルマです!」


 「私はアンネリーゼ…今だけは第一皇女ではなくただのアンネリーゼよ…だから必要な物とかあったら遠慮なく言ってちょうだい」


 不安気ではあるものの力強く頷くアルマに安堵したアンネリーゼは、指示に従いながらいきむ際に掴めるよう診察台の上から布を垂らし、手早く準備をする。


 「お湯を持って来ました!」


 「ありがとう…申し訳ないけれどもっと沸かしておいて貰えるかしら」


 カミラが再度駆け出そうとしたが、目の前に現れた人物を見て立ち止まる。


 「私達もお手伝いいたしますわ…人手はあった方が良いでしょう?」


 「レベッカ殿下!?大事な客人である貴女にそこまでしていただく訳には…」


 「私も火属性の魔法は使えますしお湯を沸かすお手伝いくらいは出来ますわ…それに、エマも役に立つと思いますわ」


 「ですが…」


 「アンネリーゼ殿下、揉めている場合ではございませんわ…それに、出産という素晴らしい場に立ち会えるのですから視察としてもこれ以上良い経験があるでしょうか?」


 レベッカの笑顔に呆れたアンネリーゼは諦めたようにため息を吐き、手に持っていた布を手渡した。


 「そうでしたわ…レベッカ殿下は私に負けず劣らず頑固者でしたわね…」


 「そういう事ですわ、頑張りましょうね」


 「ええ、感謝いたしますわ」


 2人は握手を交わすと協力しながらアルマを補助をし、医師が戻るまでの間立場を忘れ奔走した。

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