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52. 悪戯

 「殿下、昼過ぎにはベルタンの使節団が帝都入りするそうです…」


 「ありがとう、分かったわ…何かあったらまた教えてちょうだい。あと、いつも通り1人はこちらに待機しておいてちょうだいね」


 「承知いたしました」

 

 自室の天井裏から聞こえた女性の声に答えたアンネリーゼは読んでいた本を閉じると、部屋にいたカミラとターニャに指示を出し、いつ呼び出しがあっても良いように用意を始める…天井裏の気配は既に無く、声の主は音も無く立ち去ったようだ。

 声の主は以前から急ぎの伝言などがあった時のためにコンラートが派遣したテオバルトとの連絡役であり、諜報や隠密に長けた者達を多く抱えるコンラートの忠実な手駒だ。

 連絡役として女性を選んだのは、アンネリーゼのプライベートに配慮しての事だろう。

 

 忙しかった年明けを乗り切った後、これから訪れるベルタンの使節団を迎えるため皇宮は引き続き慌しかった。

 降り積もっていた雪も溶けて無くなり、春風の心地良い今の時期になっても皆忙しなく走り回っている。


 着替えを終えたアンネリーゼがテーブルに着き、カミラは並べていた宝飾品を片付けターニャがお茶を淹れる。


 「さて、どうなるかしら?」


 「流石に問題は起こさないと思いますが…」


 「じゃあ、私は一波乱ある方に賭けるわね。アンネリーゼ様はどっちに賭ける?」


 お湯を沸かしながら軽い口調で賭けを持ちかけるターニャにアンネリーゼは苦笑する。


 「賭け云々は置いておいて、何かしてくれた方があちらの動向も探れるし私としては都合が良いわね」


 「またそんな物騒な…」


 「別に問題を起こして欲しい訳ではないのよ?こちらに探りを入れようとか怪しい動きを見せてくれたら良いなってだけの事よ…」


 アンネリーゼは不安気なカミラを宥めると、ターニャが淹れたお茶の注がれたカップを手に取り首を傾げた。


 「ねえターニャ、茶葉を変えた?色と香りがいつもと違うようだけれど…それにお茶菓子も見た事がない物だわ」


 「テオバルトのところに珍しいのが入ってたから持って来たのよ」


 「これ、美味しいの?」


 「さあ?」


 首を傾げるターニャを睨み、カミラはお茶の香りを嗅いで眉間に皺を寄せる。


 「なんと言うか嗅ぎ慣れた香りではありますね…」

 

 「…爽やかさとほのかな甘みもあるけど、何だか牧草みたいな香りだわ」


 「早く飲んでくださいよ…私達が飲めないじゃないですか?」


 「貴女ね、主人に毒味をさせるんじゃないわよ…」


 アンネリーゼは飲むかどうかしばらく躊躇していたが、期待に満ちた目を向けてくるターニャに急かされ、諦めて恐る恐るカップに口を付け盛大に吹き出した。


 「げほっ!げほっ!んぐっ…あぁ、強烈だったわ…」


 「だ、大丈夫ですかアンネリーゼ様!?」

 

 「あははははは!やっぱり吹き出した!」


 涙目で咽せているアンネリーゼと慌てるカミラを見てターニャが腹を抱えて笑い出す。

 ハンカチで口を拭ったアンネリーゼは深呼吸をして呼吸を整え、ターニャを睨んだ。


 「…貴女、知っていたわね?」


 「この間交代する時に姉さんと2人で飲ませて貰ったんだけど、これは是非飲ませないとと思って持ってきちゃった」


 「という事は毒ではないのね…」


 「私がアンネリーゼ様に毒なんて盛る訳無いでしょ?帝国より遥か東の国の木の葉を使った健康茶らしいわよ」


 「良薬口に苦しとは言うけれど、流石に限度ってものがあるわよ…まだ舌がおかしいわ」


 「ならそっちのお茶菓子もどうぞ、甘〜いお菓子ですよ」


 アンネリーゼはターニャの含みのある言い方に呆れつつもフォークを持ち、深めの更に入れられている液体に漬かった丸い焼き菓子を刺して持ち上げる。


 「仕方ないわね、とことん付き合ってあげるわよ…」


 そう言ってお菓子を口に運んだアンネリーゼはまたもや吹き出しそうになるのを堪え、手で口を塞いで何とか飲み下した。


 「んぐっ……はぁ、これもまた強烈ね…」


 「ふふっ、言った通り甘かったでしょ?」


 「甘過ぎよ…食べた瞬間虫歯になるかと思ったわ…」


 「それもさっきのお茶とは別の遥か東の国のお菓子らしいわよ」


 「どうしてまたそんな怪し気な物を…」


 お茶をちびりと飲んで顔を顰めたカミラが呆れつつ尋ねると、ターニャは得意気に胸を張った。


 「いやぁ、ベルタンの王女様に嫌がらせ出来たらなって思って持って来たのよ」


 「却下よ…こちらから嫌がらせしてどうするのよ」


 「話のネタにもなるじゃない?」


 「それを言うなら争いの種の間違いじゃないかしら?」


 「ところで、これどうするんですか?」


 カミラがほとんど減っていないお茶とお茶菓子を指差し、3人揃ってため息をつく。


 「取り敢えず手分けしていただきましょうか…」


 「いらないなら捨てたら良いんじゃない?」


 「そんなの駄目に決まってるでしょう…その日の食料すら得られない人達だっているのに、無駄にするなんて許されないわ。

 それに、ここで働いて得たお金をどう使うかは貴女達の自由だけれど、そのお金も税から出ているのだから無駄にして欲しくないの」


 そう言ってお茶菓子を口に運んだアンネリーゼは、あまりの甘さに顔を顰めつつお茶で流し込む。


 「ほら、貴女が持って来たのだから責任取りなさい」


 「わ、分かったわよ…」


 「嫌だなぁ…」

 

 お茶とお茶菓子を差し出され、ターニャとカミラは嫌々ながらも口を付ける。

 3人は黙々とお茶とお茶菓子を口に運び、時折えずきながらも少しずつ量が減っていく。

 やっと半分まで減ったところで騎士団のミーティングに参加していたガーランドが部屋に戻って来た。


 「殿下、遅くなり申し訳ありません…何してるんです?」


 「い、良いところに来てくれたわ…今は貴方が輝いて見えるわ」


 「うぷっ…惚れちゃいそうだわ」


 「ガーランドさん、貴方は救世主です…」


 「えっ…何それ…3人して何か悪い物でも食ったんですか?」


 顔面蒼白になっているアンネリーゼ達から死んだ魚のような目を向けられたガーランドは後退ったが、素早く回り込んだアンネリーゼに扉に鍵を掛けられ、ターニャに羽交締めにされた。


 「えっ!?いや、背中に柔らかいのが当たってるのは嬉しいけど何!?」


 「ガーランドさん、お疲れではないですか?お疲れですよね?お茶とお茶菓子があるのでゆっくりしてください」


 カミラがフォークで刺したお茶菓子を食べさせようとガーランドに口元に差し出す。


 「はい、あーんしてください」


 「嫌だ!絶対変なやつだろそれ!?」


 「隙ありです!」


 カミラはガーランドの口が開いた瞬間を見逃さず、お菓子を口に詰め込んだ。

 ガーランドはあまりの甘さに羽交締めにされたまま悶える。


 「あら、苦しそうね?お茶もあるから飲みなさいな」


 アンネリーゼがテーブルに戻り、冷めたお茶をカップに注いで戻ってくる。

 ガーランドは口を閉じ涙目で首を振って拒否したが、鼻を摘まれて呼吸が出来なくなってしまい、苦しさで口を開けてしまった。

 

 「はいどうぞ」


 隙を見逃さずアンネリーゼはガーランドの口にお茶を流し込むと、すかさず手で口を塞いだ。

 口を塞がれ吐き出すことも出来ないガーランドはそのまま飲み下すことしか出来なかった。


 「ふう、何とか片付いたわね…カミラ、口直しに普通の紅茶をお願い」


 「はい、すぐにご用意いたします…まったく、ターニャさんは二度と変な物を買って来ないでくださいね!」


 「分かってるわよ…」


 「ほら、ガーランドもそんなところで蹲っていないで口直ししましょう?」


 アンネリーゼが声を掛けるが、ガーランドは返事もせず震えている。


 「汚された…酷えよ皆んな…」


 結局、傷付き震えるガーランドが元に戻ったのは使節団の先触れが来てアレクサンダーから呼び出しが来てからだった。

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