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51. 新年

 新しい年を迎えて20日が経ち、アンネリーゼ達帝室の面々は新年早々公務で忙殺されている。

 静かだった皇宮は年明け5日目から人が戻り始めそれぞれの職務を務めているが、毎年の恒例行事である帝国貴族達の新年の挨拶回りが始まり、ここ数日の間は息つく暇もない状況だ。

 ヴァルドシュタイン帝国には300を超える貴族家があり、その全てが数日に分けて挨拶に訪れるため、帝室の面々はもちろんのこと皇宮で働く者達も皆心身共に疲弊している。

 

 「き、今日はもう終わりでしょうか…流石に疲れてきましたわ…」


 「俺も疲れたよ…早く部屋に帰りたい」


 アレクサンダーとヒルデガルドを振り返り、表情筋が笑顔のまま固まったアンネリーゼとクラウスがうんざりした声で尋ねる。


 「ええ…毎年のこととはいえ、私も連日は疲れるわ」


 「これでも昔よりはマシなのだ…あと2日耐えるしかあるまい」


 訪れていた者達が退室し、それまで平静を装っていた流石のアレクサンダー達も玉座にもたれ掛かり深くため息を吐いた。


 昔は全ての貴族家が一同に会し、爵位の高い家から順に挨拶をしていくという形をとっていたのだが、300以上ともなると各貴族家の近況など覚えることも多くなり1日では到底回らないため、先帝の鶴の一声で1日に会う数を50として数日に分け、その代わりコミュニケーションを取る時間を設けたのだ。

 とは言え、身体の弱いギルベルトと幼いリーゼロッテにとってはそれでも負担が大きいため、無理をさせないように早々に退室させている。

 アンネリーゼも参加しだしたのは10歳になってからだが、普段鍛えているとは言え流石に疲労困憊だ。


 「では、私は部屋に戻りますわ…」


 「俺も…」


 「うむ、ゆっくり休むが良い」


 アンネリーゼとクラウスはアレクサンダー達に一礼し退室する。

 2人はふらふらとした足取りでゆっくりと歩いていく。


 「そう言えば、ここ数日は剣は握ってるのか?」


 「早朝ランニングの時にいつもより早めに起きてやっていますわ」


 「良く起きられるな…俺には無理だよ」


 「完全に慣れですわね、ここ数年は日の出前には必ず目が覚めますもの」


 けろりとした表情で答えたアンネリーゼを見てクラウスが呆れていると、廊下の奥からリーゼロッテが走ってくるのが目に入った。その後ろにはギルベルトの姿もある。


 「元気なのが来たぞ」


 「この時期だけはリーゼの幼さが羨ましいですわ…」


 「子供の体力は凄えよな」


 「お兄様!お姉様!」


 アンネリーゼは飛びついて来たリーゼロッテを抱き締め、頭を撫でる。


 「もう、走っては危ないわよ?」


 「また母上から怒られるぞ?」


 「えへへ、ごめんなさい」


 はにかみながら謝るリーゼロッテを見て、アンネリーゼとクラウスはどうせすぐにまた走り回るのだろうと苦笑し、追いついて来たギルベルトに一礼した。


 「ギルベルト兄様、お身体はもう大丈夫ですか?」


 「ありがとう、もう大丈夫だよ…2人には苦労ばかり掛けてしまって申し訳ないよ」


 「兄上は気にするなって!こういう面倒なのは俺や無駄に元気なアンネリーゼに任せておけば良いんだよ」


 「…無駄に?」


 クラウスの言葉に気分を害したアンネリーゼはリーゼロッテを右腕で抱き上げたまま左手を伸ばし、思い切り尻を抓った。


 「いっ!!!?」


 毎日剣を振っているアンネリーゼの握力は同年代の女性どころか男性にも劣らない。

 ギリギリと音が聞こえる程に力を込められているため、クラウスはあまりの痛みに悲鳴すら上げられず悶えた。


 「誰が無駄に元気なのでしょう…?」


 「おっ…おっ…まえっ!


 「あら、ちゃんと人間の言葉で喋っていただかないと理解出来ませんわよ?」


 「アンネリーゼ、そこまでにしてあげなさい」


 「わかりましたわ」


 ギルベルトに嗜められ、アンネリーゼは素直に手を離す。

 解放されたクラウスは涙目でその場に倒れ込み、抓られていた箇所を手で押さえた。


 「こんの馬鹿力!冗談に決まってるだろうが!」


 「言われた側が笑えないものを冗談と言いませんわ」


 アンネリーゼが再度手を伸ばすと、毒付いていたクラウスは両手で口を塞ぎ黙った。


 「今のはお前が悪いよ…」


 「分かってるよ…ああ、くそっ…尻の肉が千切れるかと思った…」


 差し出されたギルベルトの手を掴み、クラウスは尻をさすりながら立ち上がる。


 「そう言えば、ギルベルトお兄様はリーゼと何をなさっていたの?」


 「本を読んで欲しいとせがまれてね…先程までセシルと共に読んであげていたよ」


 「あら、セシル様もいらっしゃったのですか?」


 「うん、君にお礼を言いたかったらしいんだけど、後日改めて来ると言って先程帰って行ったよ」


 セシルがお礼を言いたかったのは、ベルタンの使節団に同行してくる第二王女の件での事だろう。

 アンネリーゼは抱き上げていたリーゼロッテを降ろして苦笑した。


 「お礼ならお父上であるヘルムート宰相からお聞きしましたから気にされなくても良かったのに…本当に律儀な方ですわね」


 「いや、僕からも改めて礼を言わせて欲しい…ありがとうアンネリーゼ」

 

 「セシル様はおっとりしてらっしゃいますし、どのような人柄かも分からないレベッカ王女のお相手をしていただくのは可哀想ですもの…そういう相手は私の方が向いていますわ」


 ギルベルトの婚約者であるセシルは、しっかりしている父親のヘルムートとは対照的に非常におっとりとした女性だ。

 花で例えるならばアンネリーゼは薔薇、リーゼロッテは向日葵、セシルは蒲公英の綿毛だろうか…セシルはふわふわとして人当たりの良い優しい性格なのだ。

 もしレベッカ王女が苛烈な性格であった場合、そんなセシルでは散ってしまうかもしれない…そう思ったからこそアンネリーゼも引き受けたのだ。


 「セシルを気遣ってくれてありがとう…やはりアンネリーゼは優しいな」


 「あら、褒めても何も出ませんわよ?先月リーゼに買い与えすぎて、お母様に今月の私が自由に出来る予算を減らされたばかりですもの」


 「またかよ…何度目だよお前…」


 「3ヶ月ぶり7度目ですわ」


 「君もそろそろ懲りるという事を覚えた方が良いね…」


 ギルベルトとクラウスに呆れられ、アンネリーゼは鼻で笑いリーゼロッテに抱き付いた。


 「何を言ってますの?可愛いリーゼに買い与えるのは姉としての義務ですわ!こんな可愛い妹に何も買ってあげない月があっては罪以外の何物でもありません!ねえリーゼ、貴女もそう思うわよね!?」


 「孫を甘やかして買い与える祖父母かお前は…」


 「君が結婚して子供が生まれた時が心配になるよ…」


 抱き付かれて喜ぶリーゼロッテに夢中になっているアンネリーゼには、最早2人の言葉は届いていない。

 2人はそんなアンネリーゼを見てそれ以上言うのを諦め、放置して部屋に戻って行った。

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