50. 年末
アンネリーゼが死に戻ってから約7年、12歳最後の年末が訪れた。
明日から迎える新しい年は、既にベルタンからの使節団が帝国を訪れるという気の重くなる予定が決まっている為、アンネリーゼはいつもと違う憂鬱な年末を過ごしている。
ただでさえ今年はテレーゼがケンプファー辺境伯領へ発ち、レオンハルトが亡くなったため慕っていた師2人が不在という状況なうえ、アレクサンダーの意向で皇宮に勤めている侍従や侍女はじめ、多くの使用人達に年末年始は家族と過ごさせようと休みを与えているため、広い皇宮内には当番の騎士やアンネリーゼ達帝室の身の回りの世話をする者達以外限られた人間のみしか残っていない。
今回アンネリーゼの侍女で残っているのは古参の侍女が1人とターニャだ。
昼食を済ませたアンネリーゼは自室の窓辺に移動させた椅子に座り、しんしんと降り積もる雪を眺めながらため息を吐く。
「はぁ…静かね…静か過ぎるわ…」
読み掛けていた本を閉じ、立ち上がったアンネリーゼは椅子を元の位置に戻してベッドに横たわり目を閉じた。
ーーこんなに静かで寂しい日を過ごすのは今世では久しぶりね…。
去年までの年末年始はまだレオンハルトとテレーゼがおり、訓練やお茶に付き合って貰っていたため寂しさを感じる事は無かったが、今年からはそれらは叶わない事を改めて意識してしまい、アンネリーゼは目頭が熱くなる。
「駄目ね…独りだと余計な事ばかり考えてしまうわ…」
アンネリーゼはベッドに横たわったままベッドサイドチェストに手を伸ばし、置いてあった呼び鈴を鳴らした。
「お呼びでしょうか」
呼び鈴の音を聞いて現れた侍女を見て、アンネリーゼが呆れた表情を浮かべる…現れたのはカミラだったのだ。
「何で貴女がいるのかしら?」
「交代して貰いました。ちなみに、ガーランドさんも残っているそうですよ」
「まったく、2人して何を考えてるのよ…いつも私に付きっきりだからたまには休みなさいと言ったでしょう?
て言うか、せっかくの計らいを無碍にして残ったのなら、せめて私のところに報告に来なさいな…気を遣って損をした気分だわ」
アンネリーゼが憮然としていると、カミラはニヤリと笑ってベッドを指差した。
昼間からベッドに横たわるのは、アンネリーゼが暇を持て余している時の悪い癖だからだ。
「まあまあ、良いじゃないですか…外が雪だからどうせお暇だったのですよね?」
「一応、さっきまで本を読んでいたわよ…それで、何でわざわざ交代なんてしたのかしら?」
「だって両親はどの道新年の挨拶で皇宮に来ますし、それならこっちに住んでる人と代わってあげた方が良いじゃないですか…まあ、それに今回はアンネリーゼ様と過ごした方が良いかなと思いましたし」
カミラはヒルデガルドの生家と繋がりの深い伯爵家の次女として生まれ、実家のある伯爵領は帝都から南に10日程の位置にある。
カミラの母がアンネリーゼの乳母だった繋がりで知り合い、元々は歳の近いクラウス付きの侍女になる予定だったのだが、アンネリーゼがカミラを気に入って指名したためそれ以来の付き合いだ。
アンネリーゼが幼い頃から共に過ごしてきたため、カミラは細かいところまで良く見ている…今回残ったのも、レオンハルトとテレーゼと別れ、来年訪れるベルタンからの使節団について悩んでいるであろう事を見越して交代したのだ。
アンネリーゼはカミラの気遣いに素直に嬉しくなると同時に、先程の自身の言葉が恥ずかしくなった。
「気を遣ったつもりが逆に気を遣わせてしまったわね…ありがとうカミラ」
「年末年始はアンネリーゼ様達も予定が入っていない分私達も普段よりはかなり暇ですし、十分休めますからね…それに特別手当も出るのでむしろお得です!」
「ふふっ、確かにそうね…でも、貴女は私と一緒であまり服飾品とかお洒落にお金を掛けないでしょう?いったい何に使うの?」
「老後の為に貯めてるんです!私が引退してアンネリーゼ様のお側を離れた時、先立つ物が無いと困りますから!」
拳を握って力説するカミラを見てアンネリーゼは首を傾げた。
「えっ…貴女結婚はしないの?そう言えば話を聞かないけど婚約者はいないのかしら?」
「結婚するつもりはありませんし、婚約者なんていませんよ?そんな暇もありませんし」
「えっ?」
「えっ?」
2人の間に長い沈黙が流れる…互いの認識の違いに困惑しているようだ。
「そう…貴女は結婚しないのね…残念だわ」
「えっ…した方が良いんですか?」
「貴女の子供を甘やかすのが私の密かな夢だったのに…それに、全てが解決したあと、私が将来結婚して子供を産んだ時には貴女に乳母をお願いしたかったの…貴女とはずっと一緒にいたかったから…でも、そうなのね…貴女は結婚しないのね…はぁ……」
アンネリーゼはベッドの上で膝を抱え、ボソボソと呟きながらどんどん表情が暗くなっていく…相当残念だったようだ。
「…そんなヘコむ事あります?」
「…夢破れた私に掛ける言葉がそれなの?」
「そう言われましても、相手なんて降って湧いてくるものでもないですし…」
虚な目で見てくるアンネリーゼを見かね、カミラは隣に腰掛けて苦笑した…すると、しばらくブツブツと何やら呟いていたアンネリーゼが急に顔を上げた。
「クラウスお兄様ってまだ婚約者が決まってなかったわよね!?ならお兄様の婚約者に…って、それじゃ駄目だわ!乳母になれないじゃないの!それに、いずれ私がこの国を出る時に連れて行けないわ!」
「アンネリーゼ様!声!声!!」
カミラは慌ててアンネリーゼの口を塞いで遮ると、深く息を吐いて周囲を確認し、近くに誰もいない事に安堵した。
今回は防音の魔法を展開していなかったため、部屋の外に漏れたら危なかったからだ。
「ごめんなさい…気が抜けていたわ…」
「何でそこまで必死になってまで私に結婚させたがるんですか…」
「他の皆はもちろんだけど、貴女とガーランドには幸せになって欲しいのよ…全てが片付いてからにはなってしまうけれど、普通の人生を送って欲しいの…あ、そうだわ!ガーランドとかどうかしら!?」
「急に話が戻りましたねぇ…」
「で、どうなの?ガーランドは顔は良いと思うし冗談は言うけど真面目よ?」
「無いですね」
「え?」
「無いです」
「そ、そう…」
有無を言わさない迫力に負けたアンネリーゼが押し黙ったのを見て、カミラがニヤリと笑う。
「そう言うアンネリーゼ様はどうなんです?ヒルデガルド様が婚約者探しに奔走していたみたいですが決まりましたか?」
「剣と馬ばかりの私の伴侶になりたいと思う奇特な殿方がいるとでも?そもそもこの国から出る予定の私が婚約者なんて選ぶわけ無いじゃない」
「ならアンネリーゼ様がご結婚されるまで乳母とか悩む必要は無いのではないですか?」
「…それもそうね、何かごめんなさい」
「いえ、ご理解いただけたなら良かったです…まあ、アンネリーゼ様がどうしてもと望まれるなら今後は私も考えてみます」
「本当!?」
「もう、喜ぶには早すぎますよ…」
アンネリーゼの表情がパッと明るくなり、カミラは満更でもない表情で苦笑する…憂鬱だった年末は、カミラの気遣いで楽しいものへと変わった。
訪れる新しい年が、帝国の未来がより良いものになるよう願いながらアンネリーゼは12歳最後の日を過ごした。




