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48. 羨望

 レオンハルトの国葬から1ヵ月以上が経った。

 アンネリーゼはレオンハルトが亡くなった日も、国葬の日も、そして今日までの間も休む事なく毎日剣を握り、短時間であろうと必ず素振りを行なっている。

 それはレオンハルトから一番最初に教わった事であり、何より彼が毎日の様にアンネリーゼに伝えて来た言葉でもあったからだ。


 いつもの場所で、集中し、一つ一つの動作を確認しながら構え、レオンハルトへの感謝と想いを込めて振り続ける。

 

 「ふぅ…」


 半刻程振り続け、汗の浮かぶ額を手で拭ったアンネリーゼは、いつもレオンハルトが座っていた椅子に一礼し、カミラからタオルを受け取る。

 隣で素振りを行なっていたミレーナも手を止め、カミラからタオルを受け取って汗を拭きアンネリーゼに一礼した。


 「お疲れ様でした」


 「ええ、貴女もお疲れ様…いつも悪いわね」


 「いえ、私も身体を動かしたいと思っていましたので…まあ、寂しさを紛らわせたいというのが本音ですが」


 「私もよ…でも、先生から休まず剣を握れと言われていたし、私がいつまでも悲しんで立ち止まっていては先生もゆっくり休めないかもしれないし、頑張らないとと思ってね…」


 レオンハルトの定位置になっていた椅子を眺めながら話をしていた2人は、訓練場の入り口から明るい声が聞こえて振り返る。

 そこには、肩車をしてもらいご満悦なリーゼロッテと、妹を落とさないように必死にバランスを取るクラウスがアンネリーゼ達の方に歩いてくる姿があった。


 「お姉様!」


 「こら!落ちるからやめろって!」


 アンネリーゼは、はしゃぐリーゼロッテを気にし過ぎてふらふらと足元の覚束ないクラウスに駆け寄ると、肩の上からリーゼロッテを降ろして抱き上げた。


 「もう、駄目でしょうリーゼ…」


 「楽しかったわ!」


 「反省しろって…」


 ニコニコとご満悦なリーゼロッテを見てクラウスはため息を吐くと、地面に座り込んでしまった。

 兄妹思いのクラウスは、万が一にも落とさないようにと気を張っていたようだ。


 「クラウス兄様がリーゼを連れてこちらに来られるなんて珍しいですわね?」


 「ん?あぁ、ちょっとな…」


 「リーゼ、あちらでカミラがお茶とお菓子を用意しているから食べてらっしゃい。ミレニア、リーゼをお願いね」


 「お任せください。リーゼロッテ様、あちらへ参りましょう」


 口籠るクラウスを見たアンネリーゼは、ミレーナにリーゼロッテを任せてクラウスの隣にしゃがんだ。


 「私に何かご用でしたか?」


 「いや、レオンハルト殿が亡くなってもお前は剣の訓練を休まなかっただろ?無理してるんじゃないかと思ってさ…。

 俺だけだと上手く話せるかわからなかったからリーゼを連れて来たんだよ…でも、必要無かったみたいだな」


 「心配してくれて嬉しいわ…ありがとう兄様」


 「礼を言われるような事じゃないし良いって…兄妹なんだから当たり前だろ?

 それにしてもお前は凄いよな、レオンハルト殿が亡くなっても教えを守ってこうして前を向いているんだから…。俺だったらしばらくは立ち直れないよ」


 アンネリーゼがクラウスの優しい言葉に苦笑し、隣に座ってレオンハルトの椅子を見ると、クラウスも釣られて椅子に目を向けた。


 「俺さ、お前が羨ましかったんだよ…」 


 「あら、それはお互い様ですわ」


 「は?俺の何が羨ましいんだよ」


 「クラウス兄様は私達兄妹の事を良く見て下さるし、小さな変化も見逃さないでしょう?ギルベルト兄様が体調が悪いのを黙っている時に誰よりも早く気付くのはいつもクラウス兄様ですもの…私には真似出来ないわ。

 だから私はクラウス兄様には感謝しているし、そうやって周りの些細な変化も見逃さないところが羨ましいわ」


 「そりゃあ俺は兄上を尊敬しているしお前やリーゼを可愛い妹だと思ってるんだから当然だろ?」


 「では、兄様は私の何が羨ましいんですの?」


 アンネリーゼが尋ねるとクラウスは口籠った…先程話を遮られてしまったため改めて口に出すのが恥ずかしいようだ。


 「…何が羨ましいんですの?」


 早く言えと言わんばかりに圧を掛けるアンネリーゼに屈し、クラウスは深いため息の後ボソボソと語り出した。


 「お前が父上に剣を習いたいってお願いして師匠になったのがレオンハルト殿とテレーゼ殿だっただろ?それ自体はあの訓練を見たら羨ましいって気持ちは無くなったけどさ、お前が楽しそうにどんどん剣の腕が上達していくのを見て、何で俺にはお前程の才能が無いんだろうって羨ましくなったんだよ…」


 「剣を習い始めたのは必要だったからですわ…それがたまたま私に向いていただけの事です。

 恐らく、必要に迫られていなければ興味すら持たなかったかもしれません…結果として良い先生方に恵まれたのは望外の喜びでした」


 「そうか…いや、そうだな。俺もせいぜいお前から羨ましがられる兄でいられるように頑張るよ」


 「隣の芝は青く見える物ですわ…私も兄様に失望されないよう頑張りますわね」


 「失望なんてするかよ…」


 「兄様!姉様!食べ終わりましたわ!」


 お菓子を食べていたはずのリーゼロッテが飛び付き、クラウスとアンネリーゼはそのまま後ろに倒れ込む。


 「危ないじゃないの…」


 「お前の小さい時よりお転婆だな…」


 クラウスが立ち上がって背中に付いた土を払いながら苦笑しつつ呟くと、リーゼロッテが首を傾げた。


 「私、お姉様より元気?」


 「そうね、とても元気よ」


 アンネリーゼは記憶の中にある前世のリーゼロッテとの違いに多少困惑しつつも、可愛く元気に育ってくれている事に感謝し優しく頭を撫でて抱き上げる。


 「リーゼは今日はクラウス兄様に遊んでいただく前は何をしていたの?」


 「えっとね、ギルお兄様に本を読んで貰ったの!」


 「あら良かったわね、楽しかった?」


 「楽しかったわ!」


 「私も読んであげましょうか?」


 「お姉様の本は難しいから楽しくない…」


 可愛い妹から断られ、アンネリーゼの顔が引き攣る。

 それを見ていたクラウスは笑いを堪えながらアンネリーゼの肩を軽く叩いた。


 「もう少し女の子らしい部屋にすべきだったな…」


 「今更ですわ…」


 クラウスの言葉にアンネリーゼがため息を吐く。

 すると、クラウスが何かを思い出したかのようにもう一度アンネリーゼの肩を叩くと顔を寄せ耳打ちする。

 

 「そうだった、恐らく近々お前にも父上達から話があると思うが、ベルタンの使節団が来るらしい…隣国とは言え、長いこと大々的な交流も無かったのにな…しかも、その中にベルタンの第二王女もいるって話だ…第二王女が滞在中はお前が相手をさせられるかもしれないから一応教えとく」


 クラウスの言葉にアンネリーゼは驚愕した…前世ではベルタンから使節団が訪れた事は無かったからだ。

 アンネリーゼは前世と違う性格のリーゼロッテを抱く腕に力を込める…リーゼロッテと同様に、アンネリーゼの行動が原因で前世と齟齬が出ているのかもしれない。

 

 ーー先生が亡くなったこのタイミングで…まさか見計らった?だとしたら、良い度胸をしているわね…。


 「お姉様、痛いわ!」


 「あぁっ、ごめんなさい!大丈夫?」


 アンネリーゼは痛みに耐え切れず涙目で訴えたリーゼロッテの声で我に返り、慌てて謝罪し頭を撫でる。


 「うん…」


 「本当にごめんなさいね…」


 「うん、許してあげる…」


 許されたアンネリーゼはほっと安堵し、改めて使節団を送ってくるベルタンの思惑に思考を巡らせながらカミラ達の元に歩いて行った。

 

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