47. 別離
アンネリーゼとの話を終えたレオンハルトは視線をガーランドに移し手招きをする。ガーランドは頷くと、ベッドに近寄り膝を付いた。
「ガーランドよ、お主もよう頑張っておる…このまま腐る事なく鍛錬を続けよ」
「はい…」
「以前もお主には申したが、お主の剣は殿下を守る剣である事を忘れるでないぞ…いくら殿下や他の者達との手合わせで負けることがあろうと、いざと言う時に殿下をお守りする事…それを成す事がお主にとっての勝ちである。訓練での勝ちなどくれてやれば良い」
「はっ!心得ております!」
「うむ、それならば良い。殿下をお守りする事は儂にはもう出来ぬ…殿下の剣の役目はテレーゼに託したが、盾の役目はお主に託したぞ」
レオンハルトがガーランドの肩に手を置きそう伝えると、ガーランドは涙を堪え力強く頷き鼻を啜った。
次にレオンハルトはカミラとターニャを手招きすると、優しく微笑む。
「カミラ嬢、其方の淹れてくれた茶は実に美味かった。殿下が殿下らしくおられるのは偏に其方のおかげであろう…これからも変わらず殿下のお側で笑顔を絶やさずお仕えして欲しい。
それと、お主はターニャだな?お主も姉のミレーナもあまり見てやれんで申し訳なかったのう…だが、お主達にも才がある。これからも鍛錬を続け、ガーランドと共にお主達にも殿下をお守りして欲しい」
「はい、またいつでも言ってください…何度でもご用意いたします…」
「付き合いは短いし訓練はキツかったけど、殿下の話も聞いちゃったし私達なりに頑張るわ…ありがとう先生」
カミラは大粒の涙を零しながらレオンハルトの手を取り、そう多くは同じ時間を過ごせないと理解しつつも約束し、仕事柄別れに慣れているターニャはカミラの後ろに立ちながら頭を下げた。
「ミレーナにも言葉を掛けてやりたかったが、残念だのう…ターニャよ、お主が代わりに伝えてくれ」
「ええ、姉さんも心配していたし必ず伝えるわ…まあ、次私達が交代するまで先生が生きてたら自分で伝えられるんじゃない?むしろそうしてあげて欲しいわ」
「なかなか無茶を言いおるのう…」
レオンハルトは肩を揺らして笑ったが疲れが出たのかふらついてしまい、アンネリーゼに支えられてベッドに横たわった。身体を冷やさぬようにアンネリーゼが毛布を掛けていると、公務を終えたアレクサンダーとヒルデガルドが部屋を訪れた。
「レオンハルトよ、目覚めたと聞き安堵したぞ…」
「ご心配をおかけしてしまい申し訳ございませぬ」
「何、其方は働き過ぎだからな…まあ、隠居中の其方にアンネリーゼの剣の師を頼んだ余が言う事ではないが、たまにはゆっくりするが良い」
「そうですわ…貴方には前騎士団長として、そして娘の師としてお世話になったのですから今は身体を休めてくださいな」
アレクサンダーとヒルデガルドの労いの言葉を聞き、レオンハルトは苦笑し首を振る。
「有難いお言葉にございます…ですが、自分の身体の事は自分で分かっておりますからなぁ。恐らく、そう遠く無いうちに暇をいただく事になりましょう…。
先帝陛下の時分より剣に生きて幾星霜、実に良い人生でございました…最期に陛下の計らいで良き弟子にも恵まれ、悔いはあれども満足のいくものでございました」
「其方にそう言って貰えるならば、余も頼んだ甲斐があったというものだ。
其方も知っての通りアンネリーゼの生まれた翌年に先帝である父が崩御し、その時は其方も既に引退していたため随分寂しく思ったものだ…余にとって其方は剣の師であり第二の父のようなものだったからな」
「えっ…お父様も先生から習ってたのですか!?あ…申し訳ありません…」
アレクサンダーとレオンハルトの会話を見守っていたアンネリーゼが初めて知る事実に素っ頓狂な声を上げてしまい、恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして俯く。
それを見たアレクサンダーは苦笑してアンネリーゼを手招きし、肩を抱いた。
「お前程才には恵まれなかったが、余はお前の兄弟子なのだ…驚いたか?」
「陛下は剣に関しては不器用でしたからなぁ…何度手を滑らせて剣を放り投げたことか」
「娘の前で言うでない…まったく、そう言う所は昔から変わらんな…」
アレクサンダーとレオンハルトが笑ったのを見て、アンネリーゼは愛馬達を迎えたあの日、2人がやけに気心知れた仲に見えた理由がやっと腑に落ち苦笑する。
「では、私の才は何方から受け継いだのでしょう?」
「それはまぁ、お前の祖父…先帝だな」
「お祖父様ですか…どのような方だったのですか?」
アンネリーゼが問い掛けるとアレクサンダーはヒルデガルドと目を合わせ、どう答えたものかと言いたげに唸った。
「なんと言うか、突飛な方だったわよ…今の貴女にそっくりなね…」
「懐かしいですなぁ…ちょっとそこまでと言って隣国に行くわ酒場で民と肩を組んで呑んだくれるわ退屈とは縁遠いお方でございました」
「…流石にそこまではありませんわよ?」
「そうだったら困ります」
ヒルデガルドにピシャリと言われアンネリーゼが肩を竦めると、レオンハルトはそれを見て優しく微笑んだ。
「先帝陛下程とは申しませぬが、殿下はもっと自由になさいませ…人生は楽しんだもの勝ちですからのう」
「ほどほどに…ほどほどに楽しみますわ…!」
ヒルデガルドからの刺すような視線を受けながら頷くと、アンネリーゼはレオンハルトの手を取り上目遣いで見た。
「先生、先程お父様が先生の事を第二の父と仰ってましたわよね…もし先生がよろしければ、私もお祖父様とお呼びしてもよろしいでしょうか?私には先帝陛下の記憶はございませんし、以前から先生のことを本当のお祖父様のように思っておりましたの…」
遠慮がちに頼むアンネリーゼを見てレオンハルトは不敬に当たるのではないかと困惑し、アレクサンダーとヒルデガルドに助けを求めると、2人は小さく頷いた。
「其方が良ければそうさせてやってくれ」
「ええ…この子には祖父母と呼べる方はもういないし、貴方がそう呼ばせてくれるなら私達も嬉しいわ」
家族を持たないレオンハルトは2人の言葉を聞き目頭が熱くなるのを堪え、アンネリーゼの頭を優しく撫でる。
「よもやこの歳になって孫を持つとは、長生きはしてみるものですな…。では儂の命尽きるまでの間、殿下のお好きなようにお呼びくだされ」
「ありがとう、お祖父様!」
アンネリーゼが抱き付き、レオンハルトは嬉しそうに笑う。その場にいた者達は皆2人の姿を優しく見守った。
それから数日の間、アンネリーゼはレオンハルトの元を足繁く訪れカミラの淹れたお茶を飲みながら会話を楽しみ、ターニャは特別に許可を得てミレーナと交代し挨拶をする機会を設けたりと忙しくも楽しく過ごしたが、目覚めて1週間後、レオンハルトは皆に見守られるなか眠るように息を引き取った。
享年71歳…この世界では大往生とも言える年齢まで忠節と剣に生き、レオンハルトはその生涯に幕を閉じた。
レオンハルトの葬儀は長年の功績を讃え国葬として行われ、帝国貴族や帝国民のみならず、剣聖と称され騎士の鑑であった彼の死に近隣諸国からも多くの軍事貴族の家の者や名のある冒険者などが弔問に訪れたが、テレーゼだけは帰ってこず、ただレオンハルトとアンネリーゼに宛てた手紙のみをケンプファー辺境伯に預けて来ただけだった。
テレーゼはアンネリーゼ宛の手紙にレオンハルトへの別れの挨拶は済ませてあった事、次会う時はあちら側でと約束をしている事などを書いてあった。
本当であれば飛んで戻って来たいであろうテレーゼの想いにアンネリーゼは涙し、レオンハルトへ宛てられた手紙を彼の眠る霊廟に供えた。




