45. 初心
「ミレーナ、ここ数ヶ月貴女とターニャと見て来て、貴女達は信頼出来ると思ったから伝えておきたい事があるの…聞いてくれる?」
「何でしょう?」
身体を洗い終え、泣き止んだアンネリーゼは湯船に浸かりながら隣にいるミレーナに話しかけた。
「私、貴女達やヴィクトルに仕事を依頼した時に詳しく話さなかったでしょう?」
「私達を深入りさせないため…だったでしょうか?」
「ええ、だから確認したいの。これからする話を聞いたら、後戻りは出来ないわ…少なくとも私の目的が達成されるまでの間は辞める事も逃げる事も許さないし、もしそんな事をしたら…」
アンネリーゼは言葉をそこで切り、ミレーナの目を真っ直ぐに見据える…「殺さなければならない」と続けなかったのは、ミレーナとターニャに対する情があったからだ。
ミレーナはそれを察したのかくすりと笑い、小さく頷いた。
「途中で仕事を放棄するような事はいたしません…それが私達の流儀ですから。
それに、私自身今の生活が心地よく感じてきていますし、殿下を裏切るようなことはいたしません」
「ありがとう…ターニャはどうかしら?」
「あの子は口では色々と言ってますが、何だかんだここでの生活を楽しんでいるようです…それに、あの子は私以上に情に厚いので心配無いと思います」
「分かったわ…」
アンネリーゼは深呼吸をし、今まで隠していた自身の死に戻りや帝国の未来について語る。ミレーナはただ黙ってそれを聞き続けた。
「これが貴女達に黙っていたことの全てよ。一応、主犯についてはカミラやガーランド、レオンハルト先生にも伝えていないわ…知ったらそいつを前にして冷静でいられるかわからないしね」
「承知いたしました…」
「何か質問はあるかしら?」
アンネリーゼが問い掛けると、ミレーナはしばらく考えて苦笑した。
「殿下が何故あれほど剣の訓練をなさるのか、何故魔力を隠し高めようとしているのかがやっと腑に落ちました…」
「何の理由も無くあんなキツいことするはずないじゃないの…出来ることなら私だって年頃の女の子みたいに暮らしたいわよ」
「それは困りますね…」
「何故かしら?」
「それだと、私達と殿下の接点が無くなってしまいますから」
「それは困るわね…今では貴女達との訓練も私の生活の一部なんだから」
2人はくすくすと笑い合うと、帰りが遅いと心配したカミラが様子を見に来るまで他愛もない会話を続けた。
***
湯浴みを済ませて部屋に戻ったアンネリーゼは、カミラの淹れてくれた冷たいミルクティーを飲んで一息つく。湯船に浸かり熱った身体に甘く冷たいミルクティーが染みる。
「お風呂上がりはやっぱりこれね!」
「まったく、長風呂しすぎですよ…ガーランドさんも心配してたんですよ?」
「ごめんなさい…」
素直に謝罪したアンネリーゼを見てガーランドは苦笑し、訓練中の自身を追い詰め痛々しさと息苦しさを感じさせる程の雰囲気が和らいでいることに安堵する。
「まあ、風呂は疲れた身体だけじゃなく気もほぐれますからたまには良いんじゃないですか?」
「貴方とミレーナには気を遣わせてしまったわね…カミラとヴィルマにも随分と心配を掛けてしまったし、これでは皇女として失格ね」
「いや、むしろ大人過ぎるんですよ殿下は。慕っていた方が倒れて目覚めないともなれば、誰だって取り乱します…そして、それを支えるのが周りにいる人間の役目です」
「そうですよ、アンネリーゼ様が倒れた時も目覚めなくなった時も大変だったんですよ?両陛下が毎日のように様子を見にいらっしゃってましたし。でも、その度にアンネリーゼ様を頼むと私達の事を頼っていただけている、信頼していただけているという実感が湧くのは嬉しかったですし、もっと頑張ろうと思えました…ですので、アンネリーゼ様ももっと私達を頼ってください」
ガーランドとカミラの言葉を聞き、アンネリーゼは目を閉じ2人の気遣いと思いを噛み締めるように小さく頷いた。
「本当に貴方達の言う通りだわ…駄目ね、頼って貰えるのって嬉しいものなのに忘れていたわ」
「そうです。殿下は先程のようにもっと周りに頼っても良いんです…その方が私も嬉しいですし、妹もそうだと思います」
「ええ、今度からはそうさせて貰うわ」
「何かあったんですか?」
先程から冷たく甘いミルクティーの美味しさに夢中になっていたヴィルマが、飲み切ったグラスを名残惜しそうにテーブルに置いて首を傾げる。
アンネリーゼはその姿に苦笑しカミラにもう一度ミルクティーを頼んでミレーナを見た。
「彼女にも話したのよ…貴女に話したみたいに私の事やこれからの事を」
「そうだったんですね…」
「ええ…先生も今はあんな状態だし、これからどうなるか分からないわ。それに、しばらく一緒に過ごして来てミレーナとターニャの人柄は理解出来たし黙っているのも2人を騙しているみたいで悪いと思ったのよ」
「殿下の悪い所は自分で抱え込み過ぎる所ですね…内容的に打ち明ける相手を選ばないといけないとは言え、この国のに起こる問題であるなら殿下だけでなく、私達全員で解決すべきです。間違えた流儀はかえって周りに迷惑をかけてしまいますし、今後は皆を頼ってください…貴女が信じた者達は皆、貴女に頼られて嫌と言う者はいないと思います」
「そうね…カミラに泣き付いたあの日の方が、今の私より問題に対して余程しっかりと考えていたのかも知れないわ。なまじ下手に努力して成長したせいで抱え込めるものが増えて、私だけでも解決出来る事も増えて初心を忘れてしまったのね…今後は皆んなにも相談するわね」
皆が頷き、アンネリーゼは安堵の笑みを浮かべた。
「取り敢えず今は先生のことが気掛かりだし、明日様子を見に行ってみるわ…」
「是非そうなさって下さい…出来れば、これからは毎日でもそうなされた方がよろしいかと思います」
「ええ、別れは急にやってくるものですものね…少しでも同じ時間を過ごしたいわ。こんな大切なことにも気付かないフリをしていただなんて本当に自分の愚かさに呆れるわね」
ミレーナの言葉に自嘲気味に笑ったアンネリーゼは、少しだけぬるくなったミルクティーを飲み干し、自分の視野の狭さと未熟さに深く溜息を吐いた。




