43. 交代
ターニャがアンネリーゼの専属侍女として皇宮に来て2週間が経ち、今日は姉のミレーナと交代するため、午前中にテオバルトの商会を訪れている。
2人の交代はテオバルトへの使いという名目でおこなわれる事になっているため、今回はアンネリーゼが欲しい商品の注文も併せて行う。
何故2週間交代にしているのかだが、最初の半年は2週間交代にする事で離れる期間を短くし感覚を忘れないようにすると共に皇宮の構造とアンネリーゼの周辺の人間関係を早い段階で把握出来るようにというアンネリーゼの提案だ。
商会を訪れたターニャがカーテンの閉め切られた応接室へ通され、テオバルトが来るのをソファーに座って待っていると、商会の受付の制服を着た女性が紅茶を持ってやってきた。
だが、ターニャはその女性を見て顔を顰めた…姉のミレーナだったのだ。
化粧は薄く眼鏡をかけて髪型も変えているため印象は違うが、双子の姉妹であるターニャが見間違えるはずがない。
「何してるのよ姉さん…」
「何してるって仕事だけど?」
「いや、何でここで…私聞いてないんだけど?」
「だって貴女が行ってから決まったし」
「いや、だから何で?」
ミレーナはターニャの対面に座り持って来た紅茶を一口飲むと、小さく息を吐いた。
「そっちで私達のどちらかに何かあった時、もう一方が他の依頼とかで連絡が付かない状況を避ける為よ。
殿下のお側を離れている間、私達だって何もしない訳にはいかないでしょ?かと言って他の依頼も受けられない…だから、兄さんとテオバルトの許可を得てここで働かせて貰ってるのよ」
「ああ、そう言うことね……ん?まさかそれって私もやらなきゃいけないの!?」
「当然でしょう?」
ミレーナに即答され、やっと休めると期待していたターニャは肩を落とした。
「それより貴女、殿下のところではちゃんとしていたの?」
「殿下達の前以外では姉さんと入れ替わっても気付かれないようにちゃんとしてたわよ…」
「貴女ね、常にちゃんとしときなさいよ…何処で誰が見聞きしてるか分からないのよ?」
姉の小言に憮然としながら紅茶を啜ったターニャは、何かを思い出したように手を叩いた。
「あ…姉さん、念の為忠告しておくけど覚悟しておいた方が良いわよ?」
「何がよ…」
「殿下の剣の訓練はマジで地獄よ」
「でしょうね…だって剣聖と疾風の弟子でしょ?」
だからどうしたと言いたげなミレーナを見て、ターニャは勢いよく首を振る。
「いやいやいやいや!私もある程度は動ける方だけど、あれはヤバいって!!」
「貴女が普段真面目に訓練しないからよ」
「いくら姉さんが真面目でも、そう言っていられるのは今のうちだけよ…」
ターニャはこれ以上言っても無駄と判断し、紅茶を飲み干して立ち上がる。
「さっさと着替えましょう?」
「はいはい」
扉に鍵をかけ、2人は着ている服を交換する。
2人が着替え終わりしばらくするとテオバルトが現れた。
「ターニャ殿、お待たせして申し訳ない…」
「あの、ターニャはそちらです…」
「やっほー!今日からしばらくよろしくねー」
テオバルトは服を入れ替えていた2人を見比べ眉間を指で摘むと、深くため息を吐いた。
「間違えてしまい申し訳ない…あまりに似ているもので」
「構いませんよ、私達の見分けがつくのは今のところ兄だけですから」
「そうそう、むしろ私達は気付かれない方が都合が良いんだから気にしなさんなって!」
「ご配慮感謝します…では、早速始めましょうか」
テオバルトが席に着き、互いの情報を交換しアンネリーゼからの注文を伝える。
ミレーナはターニャから得た皇宮の情報をメモし、読み直して記憶した後それを処分した。
「遅くなっては殿下が心配されますし、私はこれで…テオバルト殿、妹が真面目にやらないようでしたら是非私に教えてください」
「真面目にやるって!さっさと行きなさいよ!」
ミレーナはターニャにもう一度釘を刺し、馬車に乗って皇宮へと向かった。
***
皇宮に着いたミレーナは、ターニャから得ていた皇宮の構造の通りに中を進み、扉の前で深呼吸をする。
ーー頼むわよターニャ…間違えていたらタダじゃおかないわよ。
意を決したミレーナは扉をノックし、返事を待つ。
「はい」
そう言って扉を開けた人物の顔を見てミレーナは安堵した…扉を開けたのはカミラだった。
「ただいま戻りました」
「お帰りなさいミレニアさん、アンネリーゼ様がお待ちですよ」
カミラは笑顔で出迎え、ミレーナを部屋の中に通す。
ミレーナが部屋に入ると、紅茶を飲みながら本を読んでいたアンネリーゼが立ち上がり微笑んだ。
「お帰りなさい、貴女も紅茶を飲まない?」
「ありがとうございます、いただきます」
カミラが扉を締め、紅茶の用意を始める。
アンネリーゼに席に案内されミレーナは頭を下げた。
「ご無沙汰しております…殿下のご用命により参上いたしました」
「ふふっ…見た目はこんなに似てるのに、本当にターニャとは真逆ね」
「お恥ずかしい限りです…妹は真面目にやっていましたでしょうか?」
「ええ、ちゃんとやってくれていたわよ…まぁ、剣の訓練はかなり嫌そうだったけど」
「申し訳ございません…次会う時に注意いたします」
「気にしないで…あれはあれで先生も楽しそうだし、私も楽しくやらせてもらってるわ」
ミレーナが改めて頭を下げると、カミラが紅茶を運んで来てヴィルマとガーランドも交えささやかな歓迎会を行う。
「ガーランドさんとカミラさんもお久しぶりです…そちらの方はヴィルマさんでよろしいでしょうか?」
「ああ、普通の対応がこんなに嬉しいとは…覚えていてくれてありがとうミレーナ殿」
「この人は無視で構いません…。お久しぶりですミレーナさん」
最近、女子率高めでなにかと空気と化していたガーランドが感動に震え、それを一瞥してカミラが頭を下げた。
ヴィルマは若干おどおどとしながらミレーナを見る。
「あ、あの…本当にターニャさんじゃないんですか?」
「はい、ターニャの姉のミレーナと申します。貴女のことは妹から聞いているわ…可愛い妹分だからいじめるなってね」
ミレーナがウインクをしてそう言うと、ヴィルマは顔を真っ赤にして俯いた。
「ふふっ、本当に妹が気に入りそうな女の子だわ…妹共々よろしくね」
「は、はい!ターニャさんにはお世話になってます!こちらこそよろしくお願いします!」
皆のやり取りを笑顔で見守っていたアンネリーゼが手を叩き、ミレーナを見る。
「剣の訓練についてなのだけれど、貴女は今日はどうする?皇宮内を散策ついでに貴女を案内しようと思って今日は休みにする予定なんだけど…」
「皇宮内の構造は私達が行ける範囲は妹から聞いておりますので、私は剣の訓練でも構いません。空けてしまえば下手な詮索をされかねませんし、普段通りがよろしいかと思います」
「そう?なら、お茶が済んだら行きましょうか」
お茶会が終わり、ミレーナがターニャの忠告を軽く受け止め訓練する事を選んだ自分を心底恨んだのは、それから一刻後の事だった。




