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42. 図鑑

 「し…死ぬ…」


 騎士団の訓練場の片隅…そう、アンネリーゼが剣の訓練に精を出しているいつもの場所で、ターニャが仰向けで倒れている。

 ヴィルマとのお泊まりの先を越されたことに対するアンネリーゼの憂さ晴らし…と言う訳ではなく、ただひたすらにレオンハルトから素振りをさせられたのだ。


 「まだまだだのう…力任せに振っていてはいつまで経ってもあの音は出せんぞ?」


 疲れ果てて起き上がれないターニャを見て、レオンハルトは苦笑しつつアンネリーゼを指差した。


 「で、殿下はいつからあれをされてるんですか…」


 「儂と初めて会った日からだのう…確かまだ6歳だったか」


 「ば、化け物だわ…そりゃあ強いはずよね…」


 「化け物と一言で片付けるでないわ!あのお方は確かに才能はあるが、何より努力を惜しまんからこそあの歳であの域まで達したのだ!お主も殿下の護衛の1人なのであれば努力せい!」


 レオンハルトが怒鳴ると、それを聞きつけたアンネリーゼが苦笑しながら歩いてくる。


 「まあまあ先生、彼女はまだ日が浅いですし無理をさせては気の毒ですわ…」


 「た…助かった…」


 「あら、まだレオンハルト先生は優しい方ですわよ?生かさず殺さずの加減が絶妙ですもの。それに比べてテレーゼ様は…」


 「テレーゼってあの疾風?」


 「ええ、私の直接の剣の師匠はテレーゼ様ですわ。

 あの方の訓練はまぁ…生かさず殺すという感じでしょうか?とにかく実戦形式の訓練ばかりで何度も死を覚悟しましたわね…今となってはあの地獄の日々が懐かしいですわ」


 「殿下は吸収が早いせいか早々に基礎が出来ておったのも災いしたようなものでしたからな…しかも、あれは手加減も手心を加えるのも下手だったしのう…何度儂が止めに入ったことか…。そう言えば、あやつは元気にしとるかのう?」


 2人が遠い目をしているのを見て、テレーゼの訓練を想像したターニャはガタガタと震えだした。


 「よ、良かった…死ぬ心配はなさそうよ姉さん…」


 「死ぬ前に強制的に回復させるから大丈夫よ…息さえしていれば次の日には動けるくらいには戻ってるはずよ。体力はね…」


 「心が死んだら意味がないと思うわ…」


 「取り敢えず今日はこのくらいにしましょう。ヴィルマの手伝いもしたいしね。

 先生、今日もありがとうございました。明日もまたお願いいたします」


 「うむ、また明日お待ちしておりますぞ」


 アンネリーゼはレオンハルトに一礼し、汗を拭う。


 「助かった…。で、結局ヴィルマは何をしてるの?仕事以外は本ばかり読んでるみたいだけど」


 騎士団付きの治癒士のおかげで回復したターニャが立ち上がり、伸びをしてアンネリーゼに尋ねる。


 「あの子は生まれつき魔力が少ない事を悩んでいたから、それを解消するための方法を探してるのよ」


 「ああ、そう言えばあの方法は使えないんだっけ?」


 「ええ…だからこそ何かしてあげられないかと思ってるんだけどなかなかね…」


 「まあ、私にも手伝える事があったら言ってよ。姉さんと交代した時にでも色々調べてみるからさ」


 「ありがとう、助かるわ…正直、2人だけだと限界があるし他にも協力が欲しいところだったの」


 ターニャとミレーナには死に戻りに関する事はまだ話してはいないが、魔力増幅の方法に関してだけは伝えている。

 ただし、未来のヴィルマの事だけは秘密にしているため、アンネリーゼが考え辿り着いた方法という事になっている。


 ガーランドは訓練を続けるとの事で護衛はターニャに一任し、アンネリーゼは2人で訓練場を後にする。

 2人は自室の前に辿り着き、扉を開いて中を見て固まる…部屋中が大量の書物で溢れていたのだ。


 「これはまた凄い事になっているわね…」


 「すみません、ヴィルマさんが本を探されていたので…」


 重ねた書物を棚にしまっていたカミラが振り返り、よろけながら頭を下げる。

 アンネリーゼは素早く駆け寄ってカミラを支え、一緒に片付ける。


 「構わないわ。それで、ヴィルマは?」


 「今は読み終えた本を図書館に返しに行ってます」

 

 「あの子、今日休みだったわよね?出掛けたりしないのかしら…」


 新たに書物の山を抱えてきたターニャの言葉にカミラが苦笑する。


 「私も息抜きに出掛けたらどうかとは言ったんですけど、本を読むのが息抜きだと言って結局こちらに籠ってます」


 「本当に本の虫ね…まあ、あの子がそれで良いなら私達がどうこう言うことではないわね」


 「あら、こんな本も読んでたの?」


 アンネリーゼはターニャの持って来た本の山からいくつか手に取り首を傾げる。

 それは、昆虫や爬虫類などの生物図鑑、植物図鑑、毒物や薬物に関する図鑑等およそ魔法とは縁遠いと思われるものだった。


 「魔力に関係あるっけ?」


 「無くはないけれど、そんなに多くは無かったはずよ…」


 「ただの暇潰しに読んだとかですかね?」


 3人が片付けの手を止めていると、扉が開き2冊の本を大事そうに胸に抱いたヴィルマが戻って来た。

 ヴィルマはアンネリーゼとヴィルマが戻って来ているのを見て嬉しそうに駆け寄る。


 「アンネリーゼ様、ターニャさん、訓練お疲れ様でした!」

 

 「ああ、ヴィルマお帰りなさい…その本、1冊は医学書よね?もう1冊は…」


 「はい、医学書と閲覧可能な事件記録です!」


 「医学書はまだ分からなくはないけれど、事件記録なんてどうしてまたそんなものを?」


 アンネリーゼが尋ねると、ヴィルマは持って来た本をテーブルに置いた。


 「少し長くなるかも知れませんので、お茶でも飲みながらお話しいたします。私がご用意しますので皆さんは休んでてください!」


 「うーん…それは嬉しいのだけど、私達は貴女が紅茶を淹れている間に少し片付けておくわね」


 「ああっ!も、申し訳ありません!!」


 「気にしないで良いわ。自由に読んで良いと言ったのは私なのだし、貴女に喜んで貰えるなら片付けくらいいくらでもするわ」


 慌てるヴィルマを見て苦笑したアンネリーゼは、カミラとターニャと共に本を片付け始める。

 ターニャがまとめて運び、アンネリーゼとカミラはそれを手分けして本棚に入れていき、茶葉の蒸らしが終わる頃にはほぼ全ての本が元の位置に戻されていた。


 「お待たせしました!」


 「こちらもほぼ終わったわ。じゃあ、ヴィルマの淹れた紅茶をいただこうかしら?頑張って練習した成果を確認しなきゃね」


 「私の審査は厳しいですよ?」


 「私のより不味いってことはないでしょ」


 「お、お手柔らかにお願いします…」


 香りを確認し、アンネリーゼから口を付け、カミラとターニャもゆっくりと紅茶を口に含んだ。

 ヴィルマは緊張した面持ちで3人を見つめている。


 「ど、どうでしょうか?」


 「うん、美味しいわ」


 「まあまあですね…茶葉は新鮮な物を選んでいますしジャンピングも出来ていますから風味は出ていますが、少し渋みが出ているので次は蒸らす時間を減らすと良いですね」

 

 「カミラ厳しすぎない?私のより遥かに美味しいんだから良いじゃない…渋いならミルク入れたら?」


 ターニャの指摘にカミラの表情が渋くなる。


 「ターニャさんはまず茶葉の違いを勉強した方が良さそうですね…ヴィルマさんが淹れてくださったのはミルクティーにするにはあまり向かない茶葉の代表格です」


 「えっ…茶葉って種類があるの!?」


 「ふふっ、紅茶なんて貴族や商家でもなければ嗜まないし知らなくても仕方ないわよ…これからゆっくり覚えていけば良いわ」


 「流石は殿下!分かってるじゃない!」


 「アンネリーゼ様は甘過ぎます!」


 憮然として抗議するカミラに、アンネリーゼは紅茶を一口飲んで優しく微笑む。


 「あら、私は貴女にも十分甘いと思うのだけど…たぶん虫歯になるくらい甘くしてるわよ?反応が可愛くて仕方ないんだもの」


 「そ、それは…確かにそうかもしれませんけど…」


 照れてもじもじとし出したカミラに苦笑し、アンネリーゼはヴィルマを見た。


 「それで先程の本の事もなのだけれど、生物図鑑や植物図鑑、毒物や薬物の図鑑とかは何に使っていたの?」


 「えっと、最初はずっと魔法関係の本を中心に読んでいたんですけど、なかなか良さそうな物が見つからず、気晴らしに他の本も読んでみようと思って生物図鑑と植物図鑑を手に取ってみたら気になる事がありまして…」


 「気になる事?」


 「はい、生物や植物は毒や薬になるのもありますよね?もしかしたら、思わぬ効果があるのも存在するのかなと思ったんです…それで次に毒物や薬物の図鑑で成分を調べまして、他にも何か使えないかと思い図書館に行っていました」


 「ああ、確かに医学書なら毒物や薬物で人体にどの様な効果があるか詳しく記されているし、事件記録であればそれらがどの様な事件でどの様に利用され、どの様な結果に至ったかが記されているものね…確かにその中には図鑑に記されている以外の思わぬ効果があるかも知れないわ」


 「はい、複数の毒物や薬物の組み合わせでどういう結果になったかを調べれば、もしかしたら魔力増幅に役立つものも見つかるかなと思いまして…」


 毒物や薬物は種類も多く、組み合わせや使い方次第では毒が薬になり、逆に薬が毒になる事もある…そして、その組み合わせは無限大だ。

 もしかしたら、強制的に魔力を消費してしまうような組み合わせもあるかもしれない…ヴィルマはそう考えたのだ。

 仮にそれが可能になるならば、大人でも魔力を完全放出させ押し込めるというアンネリーゼと同じ方法が使えるようになるかもしれない。

 

 アンネリーゼはヴィルマの考えを聞き俯いた。


 「医学については専門の育成機関はあるけれれど、現状毒物や薬物についてはその育成の一環として学ぶだけでしかないわ…そもそも種類が多過ぎるし学んだり研究するには時間と資金が必要だもの。 

 でも、それは他国も同じようなものだし、帝国が他国に先駆けて専門の機関を設立するのは良いかもしれないわね…この前の花緑青の生地の件もあったし、知らないだけでまだまだ沢山の危険な物が潜んでいる可能性はあるから」


 「もしそれが出来たら、私達だけじゃ出来ない事が一気に解決するかもしれませんね!」


 「ええ…じゃあ、早速お父様とお母様を言い包めるための作戦会議をするわよ!」


 アンネリーゼが拳を振り上げ、ターニャとヴィルマが拍手をする。

 だが、カミラだけは「説得じゃないんだ…」と心の中でアレクサンダーとヒルデガルドを憐れんだ。


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― 新着の感想 ―
効果が人にとって益になるか害になるかで、 呼び名が変わるだけですからね。薬と毒なんて。 強心薬は匙加減一つでどちらにも早変わりです。 架空の魔法薬の登場及び効果が楽しみです。
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