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4.昏睡

 アンネリーゼが魔力暴走により倒れて一週間が経ち、医師による再診察の日が訪れた。

 その間、何とか継続して常に魔力を抑え付けていたが、今にも噴き出そうとする魔力が体内で荒れ狂っており、まだ5歳という幼い子供の身体でそれに抵抗していたアンネリーゼは、昨夜から昏睡状態に陥っていた。


 「アンネリーゼは大丈夫なの!?」


 「はっ…それが、熱は続いてはおりますが、意識が戻らぬこと以外はお身体自体に異常は見られません…」


 「では何が原因で…。ああ、アンネ…何故目を覚ましてくれないの…」


 ヒルデガルドは医師の説明を聞き、可哀想にと呟いて涙ながらに震える手でアンネリーゼの頬を撫でる。

 昨夜、アンネリーゼが昏睡状態に陥ったと報告を受けたヒルデガルドは自ら夜通し付き添っており、その表情には誰の目にも疲労が溜まっているのが伺えた。

 

 「皇后陛下、少々よろしいでしょうか…」


 医師に呼ばれ、ヒルデガルドは意識の無いアンネリーゼに一言行ってくるわねと告げ、後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる。


 「…原因が分かったのかしら?」


 「原因と言えるかは判断しかねますが、その…殿下の魔力が回復していないのです。いえ、むしろ一週間前に残っていた魔力すら全て無くなっており、枯渇した状態でございます。恐らく、今後回復するかも分からない状態です…」


 医師の報告を受け、ヒルデガルドはその場にくずおれた。

 その場に居た侍女達が慌てて駆け寄り、ヒルデガルドを支えソファへ案内する。


 「そんな…それでは、アンネリーゼの継承権は…」


 ヴァルドシュタイン帝国の継承権は長子継承ではなく、皇帝が50歳を迎える年に最も魔力量の多い子供が帝位を継承することになっている…魔力を完全に失い回復も見込めないアンネリーゼは、継承権を失ったことになる。

 ヒルデガルドは両手で顔を覆い、愛する我が子に降りかかった不幸に涙する。

 居た堪れず誰も声を発せずにいると、公務を終えたアレクサンダーが部屋を訪れた。


 「ヒルデ、アンネリーゼの容態は…」

 

 「あなた…」


 アレクサンダーは言葉が続かないヒルデガルドを抱き締め、医師を見る。


 「失礼致します…」


 逡巡し頷いた医師は、アレクサンダーの斜め後ろに立って屈み、小さな声で耳打ちした。涙を流すヒルデガルドを気遣ってのことだろう。

 報告を受けたアレクサンダーは深く長い溜息の後、ヒルデガルドの頭を胸に抱き寄せる。


 「そうか、アンネリーゼの魔力が…」


 アレクサンダーの上着を掴んでいたヒルデガルドの手が小さく震える。

 アレクサンダーはその手に自身の手を重ねて優しく包み込み微笑んだ。

 

 「ならば、今まで以上に愛してやろうではないか…継承権を失ったことを後悔せぬくらい、今まで以上に愛情を注いでやれば良い。

 クラウスは多少やきもちを焼くかもしれんが、あれはあれで兄妹思いの優しく聡い子だから心配はいらぬだろう」


 「はい…はい、あなた…」


 ヒルデガルドは顔を上げ、弱々しく微笑んで答える。

 泣き腫らした瞼は赤くなっており、白い肌も相まって余計に痛々しい。

 アレクサンダーはハンカチを取り出すと、擦らないよう優しく押し当てながら頬を濡らす涙を吸い取らせた。

 そして、アレクサンダーはヒルデガルドをゆっくりと立ち上がらせ、支えながらベッドに近づき手を伸ばすと、震える手でまだ意識の戻らないアンネリーゼの頬を優しく撫でた。

 気丈に振舞ってはいても、心配であることは変わらない…そこにあるのは、ヴァルドシュタイン帝国皇帝アレクサンダーではなく、ただ一人の父親の姿だった。


 「余はヒルデを休ませる。皆も疲れておるだろう…随時交代で休みを取り、何かあればまた報せてくれ」


 そう言って部屋を後にするアレクサンダーとヒルデガルドを見送り、残された者達は率先して仕事を探し始める。

 その姿を見たカミラは一度アンネリーゼに目を向け困ったように小さく笑うと、テキパキと動く同僚達を見て手を叩いた。その音に皆が動きを止めてカミラに注目する。


 「皆さんがアンネリーゼ様のことが心配で心配でいてもたってもいられないのは理解出来ますが、陛下が私達を慮ってくださってのご指示なのですから、この場に二人を残して交代で休みましょう」

 

 「では、まずは貴女が休むことをお勧めしますよ」

 

 そう言ったのは、診察用の器具を片付けていた医師だった。その言葉に、皆が一様に頷く。


 「いえ、最初は私が残ります!私が一番アンネリーゼ様に信頼していただいていると自負していますから!」


 カミラは得意げに胸を張る。暗い雰囲気を振り払うように明るく振舞っているが、目が落ち窪み、くっきりと隈が浮いているのが見て取れる。

 ただでさえ連日付きっきりで世話をしていたうえに、昨夜アンネリーゼが昏睡状態に陥ってからは一睡もしていないのが原因だ。

 そんなカミラの様子を見て、医師は部屋に響き渡るほど大きな溜息をつき、呆れと怒りの籠った目でカミラを見た。


 「そう自負しているのであれば、貴女が真っ先に休むべきではないのですか?」


 「そうはいきません!もしアンネリーゼ様が目覚めた時、安心していただきたいからこそ私が残るんです!」


 「いや、尚更駄目でしょう…。

 私も、殿下がどれほど貴女を信頼しているかは承知しているつもりです。

 ですが、殿下が目覚められた時に、信頼している貴女がそんな疲れ切った表情をしているのを見て、どう思われるかを考えていますか?」


 「それは…」


 「貴女も疲れが溜まって冷静な判断が出来なくなっているのですよ。そのような状態でまともな仕事が出来ますか?今は気が張っていて大丈夫と思っているのかもしれませんが、ふとした瞬間に気が抜けてしまったらどうしますか?もしそのタイミングで殿下の容態が変化した場合に適切な対応が出来ると思いますか?」


 医師の言葉に反論出来ず、カミラは唇を噛んで俯いている。

 その姿を見て小さく溜息を吐いた医師は苦笑してカミラの肩を軽く叩いた。


 「貴女はゆっくり休んで自身の体調を整えるべきです。

 目覚めた殿下が疲れ切った貴女を見たら、また倒れてしまいかねませんよ?」


 「そ、それは困ります!」


 「ならば、安心していただくためにどうすべきかは判りますね?」


 「はい…」


 医師とカミラのやり取りを見守っていた者達は緊張が解けて空気が和らぎ、話し合いでは埒が明かないとくじ引きで組み分けをし始めた。

 その様子に安堵した医師は荷物を持って立ち上がり、もう一度カミラを見た。


 「では、私はこれで。釘を指すようですが、貴女はしっかりと休んで万全の状態で殿下にお使えしてください。

 枯渇してしまった魔力の件もありますし、私も診察に伺う頻度を高めますので、その際に皆さんの状態も見させていただきます」


 「ありがとうございます…。それと、申し訳ありませんでした」


 「いえいえ、殿下のことが心配なのは皆同じです…貴女は決して一人ではありませんよ。皆を信じて、頼るのも大事なことです」


 それが仲間と言うものですと言いながら部屋を後にする医師の背中に、カミラは深く深く頭を下げた。

 

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