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38. 頭目

 3人が地下室に続く階段を降りきると、そこにはアンネリーゼの自室程の広さの部屋があり、部屋の奥にあるソファーには右目に眼帯を着け無精髭の生やした大柄な男が目の前のテーブルに足を乗せ、そしてそれに寄り添うように座る女性、ソファーの背後には5人の男達が立っていた。


 「ようこそ、自称第一皇女アンネリーゼ殿下…今日はどの様なご用件で?」


 「貴方がヴィクトルね?挨拶も良いのだけれど、掃除くらいしたらどう?なんか臭いわよこの部屋…」


 魔道具の光に照らされたフローリングにはいくつもの赤茶けた染みがあり、鉄の様な臭いが漂ってくる。


 「すまねぇな、床に染み込んじまって取れねぇんだよ…で、あんたは本当に皇女様なのかい?」


 ヴィクトルに問われ、アンネリーゼ達はフード付きのマントを脱いだ。

 マントの下にはガーランドは帝国騎士の騎士服、カミラは帝室侍女のみが着用を許されたお仕着せ、そしてアンネリーゼは帝室の紋章が刻まれたブローチを着用していた…どれも複製や模造をした場合死罪となるような物だ。


 「おい、確認しろ…」


 ヴィクトルの指示で背後に控えていた幹部がアンネリーゼ達に近付き、念の為手で触れないように確認をし小さく頷いた。


 「カシラ、どれも本物のようです」


 「よし分かった、殿下とお付きの2人に椅子を持って来い」


 「あら、随分簡単に信じてくれるのね?」


 「偽物なんてそんな危ない物用意してまでこんな所来る馬鹿がいたら会ってみてぇよ…まあ、偽物なんて作る馬鹿はチクられるリスク考えねぇだろうがな」


 「まあ、それもそうね…ありがとう」


 アンネリーゼはヴィクトルの言葉に納得しつつ、椅子を持って来た男に礼を言い腰掛ける。


 「それで、帝都民から大人気の皇女殿下がこんな所に何の用だ?俺達に接触してんのがバレたら面倒なんじゃねぇのか?」


 「心配には及ばないわよ、アリバイ工作はちゃんとしてるから。勿体ぶっても仕方がないし、単刀直入に言うわね…貴方達、私の元で働かないかしら?」


 アンネリーゼの言葉に幹部達が動揺したが、ヴィクトルが睨んで黙らせる。


 「どういう意味だ?」


 「どういう意味も何もそのままよ…私の手足となって働いて欲しいの。いえ、耳目かしらね」


 「情報収集でもしろってのか?確かそういうのはオイレンブルク侯爵家が仕切ってんだろ…」


 「そうね…彼等にも頼んではいるけれど、足りないのよ。

 私の為だけに動いてもらう訳にはいかないし、彼等にはもっと深い所を探るのに専念して欲しいの。

 だから、貴方達には帝都や近隣の領で民や商人、貴方達と同じ裏の人間達から情報を集めて報告して欲しいのよ」


 「何故そんな必要がある?侯爵家にさらに深い所を探らせるって事は何かヤベェ案件でもあんのか?」


 「今すぐではないけれど、この国と民のためよ…その為には貴方達の協力が必要なの」


 「何だぁ?仕事をさせてぇってのに詳しくは話せねぇってか?」


 ヴィクトルは声を一段低くし、アンネリーゼを睨み付ける。

 だが、アンネリーゼはそれに怯みもせず真っ直ぐヴィクトルを見据えたままだ。


 「深入りし過ぎたら貴方達も危険だからよ。貴方達も私が守るべき民であることに変わりはないわ…出来る事なら巻き込みたくはないけれど、このままでは足りない可能性もあるからお願いしているの」


 「馬鹿にしてんのか?俺達だってやるからには命とプライド賭けなきゃなんねぇんだ…それを詳しくは話せねぇけどやってくれって言われて犬みてぇに尻尾振る真似が出来るかよ!?」


 ヴィクトルは足を乗せていたテーブルを蹴り上げ、アンネリーゼに食い付かんばかりの剣幕で怒鳴った。


 「なら、別に断っても構わないわよ?他を探すだけだから」


 「こっちはあんたが来たって噂流しても良いんだぜ?例え根も葉もない噂でも、困るのはあんたじゃねぇか?」


 ヴィクトルがそう言い放った瞬間、アンネリーゼの纏う空気が変わった。

 

 「出来るのならすれば良いわ…ここで死んでも喋れる口を持っているのならだけれど」


 急変したアンネリーゼに何かを察したヴィクトルは不機嫌そうにソファーに座り直した。


 「おめぇ、既に誰か殺してやがるな?とんだ皇女殿下だなぁおい…なあ皇女殿下よ、詳しく話せねぇってんなら条件がある…」


 「何かしら?」


 「あんた確か魔力が無くなった代わりに剣を習ってんだって?しかも相当な腕らしいじゃねぇか…俺達は強え奴に従う…うちで一番剣の腕が立つこいつに勝ったら引き受けてやる。力で証明してみせな」


 ヴィクトルは背後に控えていた幹部の1人を指差し、ニヤリと笑ってアンネリーゼを見た。


 「あら、それで良いなら早く言いなさいな…無駄に脅し合う必要無かったじゃないの」


 「馬鹿言うな…どこの誰が皇女殿下が殺しの経験があるって考えんだよ?

 負けた方は勝った方の言う事を聞く…荒事の得意な俺達にとっちゃあ単純だが一番手っ取り早くて確実な方法だからな」


 「分かったわ。で、得物は何かしら?」


 「刃引きしたもんは一通り何でも揃ってるぜ?」


 「ならサーベルとダガーを貸してちょうだい」


 「おい、持って来てやれ」


 アンネリーゼは幹部の1人から刃引きしたサーベルとダガーを受け取り、その場で身体をほぐす。


 「結局無茶するんじゃないですか…」


 「仕方がないじゃない…文句は提案したヴィクトルに言ってちょうだい」


 苦言を呈したガーランドに苦笑し、アンネリーゼは武器を構える。

 既に準備が整っていた幹部の男も長剣を構えて開始の合図を待っていた。


 「始め!!」


 ヴィクトルの合図と共に男は大上段から剣を振り下ろす。

 半身に構えていたアンネリーゼはそれをサーベルの側面で軽くいなし、男が体勢を崩した所に逆手に持ったダガーを繰り出す。

 だが、男もそれを読んでいたのか身を捩って躱し、距離を取る。


 「やるじゃねぇか皇女殿下!」


 「集中出来ないから黙ってなさい!」


 アンネリーゼに怒鳴れ、ヴィクトルが肩を竦める。

 男は怒声を合図に再度攻め込み、アンネリーゼは防戦一方となっていった。


 「アンネリーゼ様大丈夫でしょうか…」


 「大丈夫だよ…相変わらず良く見てるから」


 不安気なカミラを勇気付けるようにガーランドが呟き、カミラは改めて剣を受け流すアンネリーゼを見た。

 少しでも受け方を間違えれば折られかねないサーベルとダガーを巧みに操り、アンネリーゼは危なげなく全ての攻撃を処理している。

 そして、逆に剣を繰り出していた男の方が肩で息をし、苦し気な表情を浮かべていた。


 「そろそろ決まるんじゃないかな?」


 ガーランドがそう言うと同時にアンネリーゼが動いた。

 アンネリーゼは一瞬フェイントを掛け、男の左側に踏み込むと右手のサーベルで下から男の喉元に突きを繰り出す。

 男は突きを払おうとしたが、既にそこにはサーベルは無かった…アンネリーゼは手首を返してサーベルを男の剣の内側に滑り込ませ、逆に払い除けたのだ。


 「おおっ!?」


 ヴィクトルが歓声を上げ、アンネリーゼは踏み込んだ右足を軸に左側に踏み込み、男の首目掛けてサーベルを繰り出す…しかし、男もただそれを待つのではなく背後に飛んで避けようとした。

 だが、男は視界の隅に迫る物を見て目を疑った…ダガーが飛んで来ていたのだ。

 アンネリーゼは左側に踏み込む際、左手に持っていたダガーを男の死角から投げていたのだ。


 「くそっ!?」


 男は苦々し気に呟き、急いで剣を戻しダガーを払い除けたが、そのまま背後に吹き飛んだ…左に踏み込んでいたアンネリーゼが、今度は踏み込んだ左足を軸に再度右側に踏み込み、男の胸目掛けてサーベルを薙ぎ払ったのだ。

 男は床に転がり、胸に走る痛みで呻き声をあげている。


 「見事だった…おい、手当してやれ」


 「待ちなさい」


 ヴィクトルが他の幹部に指示を出したが、アンネリーゼはそれを止め自分が戦っていた男の前に膝を付き胸に手を翳した。


 「私が怪我をさせたのだもの…私が手当するわ」


 「ああ?あんたは魔法が使えねぇだろうが…うちのもんがやるから下がっててくれ」


 そう言ってヴィクトルはアンネリーゼを止めようとしたが、痛みで呻いていた部下の顔が瞬く間に穏やかなものに変わったのを見て目を見開いた。


 「おいおい…使えねぇんじゃなかったのかよ…」


 「ふふっ、内緒よ?」


 「まいったなおい…」


 額に手を当てて呆れるヴィクトルの姿を見て、アンネリーゼはくすくすと笑った。

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― 新着の感想 ―
『まいったなおい ・・・』 意図は伝わった様ですね。 彼等の実力がどれ程か楽しみにしてます。 これで見掛け倒しなら それはそれで笑えますが ・・・(苦笑)
『人知れずこの場に居る全員の  口を封じるなど容易い ・・・』 この言外のメッセージを読み取れ無いなら 仲間にする価値も無し!
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