35. 買物
コンラートと繋がりのある商会に皇宮に来るように使いを出して10日後、皇宮の広間は商会が持ち込んだ大量の商品で溢れ返っていた。
持ち込まれた商品は主に絵本を含む書籍類、ぬいぐるみや人形、宝石や金細工などの装飾品、ドレスやその生地類、香水、茶器、美術品など多岐にわたる…だが、その殆どはアンネリーゼが依頼していた物ではなかった。
「何故こんなに多いのかしら…頼んだ覚えのない物も沢山あるじゃない…?」
アンネリーゼが運ばれてくる商品の多さに首を傾げていると、広間の扉が開きアンネリーゼに似た小さな少女が入って来た。
「お姉様!リーゼが来ましたわ!」
「あらリーゼ、今日も元気いっぱいね!欲しい物があったら何でもお姉様に言うのよ!」
抱きついて来たピンクゴールドの髪を持つ少女リーゼロッテを愛おしげに抱きしめ返したアンネリーゼは、先程までの疑問も忘れて頬がほころぶ…アレクサンダーの赤髪とヒルデガルドの金髪を受け継いだ天真爛漫で愛らしい妹の登場にアンネリーゼの心は別世界へと旅立っている。
そうやってアンネリーゼがリーゼロッテを抱きしめながら柔らかな髪を撫ていると、少し遅れて別の人物が現れた…ヒルデガルドだ。
「良かったわ…追加でお願いしていた分も持ってきてくれたようね」
「げぇっ、お母様!?」
「何かしら?私がいては都合が悪いのかしら?」
「そ、そんな事はありませんわ!…ですが、追加で依頼したというのはどういう意味でしょう?」
アンネリーゼに問われ、ヒルデガルドは和かに笑うがその目の奥には沸々と怒りが煮えたぎっているのが見て取れた。
それに震え上がったアンネリーゼは、しゃがみ込んでリーゼロッテの陰に隠れた。
「貴女が商会を招いたと聞いて調べさせたら、またリーゼの物ばかり買おうとしているのが見え見えだったのだもの…だから貴女も買えるように追加で依頼したのよ。
そして、私が来たのは貴女がちゃんと自分の物も買うように監視するためよ」
「何もそこまでなさらなくても…私は現状困っていませんわよ?」
「今困らなくてもこれから困るのです!これからは貴女も慈善活動や公務も増えるし、お茶会など交流の機会も増えることを理解しているの!?何かと言えばリーゼの物や馬具、書籍類ばかりで自分の物は私やお父様が与えた物や献上品…そろそろ自分の物は自分で買い揃えるようになさい!」
ヒルデガルドの言う事が正論過ぎてぐうの音も出ないアンネリーゼは、ヒルデガルドの剣幕に隣で涙ぐんでいるリーゼロッテを抱き寄せる。
「お母様、可愛いリーゼロッテが泣きそうだわ!私の物もちゃんと買いますから今日はそのくらいにしてください!」
「言質…取りましたよ?ごめんなさいねリーゼ…でも、貴女もお姉様が綺麗な方が嬉しいわよね?」
ヒルデガルドはアンネリーゼからリーゼロッテを奪い、抱き上げて撫でながら優しく問い掛ける。
すると、リーゼロッテは鼻を啜り小さく頷いた。
「ん…」
「ああああああっ!可愛い!リーゼ可愛いわ!!買いましょう!貴女と私でお揃いのドレスや宝石とか色々と買いましょう!!お母様、私が今まで使っていなかった分がかなりありますわよね!?それも全部使いましょう!!」
広間の床で急に悶え始めたアンネリーゼにドン引きしながらヒルデガルドはため息を吐いた。
「はぁ…どうして貴女はそうも極端なのかしら?買いなさいとは言いましたが贅沢をしなさいと言った訳ではなくてよ?私達の生活は民によって支えられています…私達は民の保護や国の安全保障などで返していかねばなりません。
それらを踏まえ、民や国のためになるよう心掛けて品を選び購入なさい」
「はい…肝に銘じますわ…」
釘を刺されたアンネリーゼは身体を竦め過ぎて見るからに小さくなりつつも頷き、商品を選び始めると、身なりの整った背の高い男が近付き恭しく頭を下げた。コンラートの部下で商会の会頭を務めているテオバルトだ。
「テオバルト、見苦しい所を見せてごめんなさいね…今日はこんなに持って来て大変だったでしょう?」
「いえいえ、いつもご利用頂きありがとうございます…我々も追加でご依頼いただいた時は殿下にお伝えしようとは思ったのですが、なにぶん口止めをされておりまして…」
「でしょうね、お母様はたぶん私が知ったら断ると思ったのでしょう…大正解だわ。流石は私のお母様…私のことをよく理解しているわね」
アンネリーゼはリーゼロッテと共にぬいぐるみを選んでいるヒルデガルドを横目で見てため息を吐き、いくつかの指輪と首飾りを2人にバレないように選んだ。
「これからは来て貰う際に装飾品類をいくつか買わせていただくわ…今後必要になると思うから、その分は献上品として後日納めてちょうだい。
その分は納品記録には残さず金額だけ上乗せしておいてね、心付けとして処理出来る範囲でお願いするわ」
「承知いたしました…あと、後程お時間をいただきたく」
「ええ、私も貴方と話がしたかったの。後で応接間で金額の確認と一緒にさせていただくわ」
「お姉様、私これが良いわ!」
アンネリーゼとテオバルトが話をしていると、自分の背丈ほどもあるウサギのぬいぐるみを抱えたリーゼロッテがヨタヨタと駆け寄って来たため、アンネリーゼは笑顔で抱き止めた。
「あら良い物を見つけたわね!テオバルトは相変わらずリーゼ好みの物を揃えてくれるわね…私以上にリーゼの好みに詳しくてなんだか悔しいわ」
「商人からその才を取ったら仕事にならないでしょう…ごめんなさいね、アンネリーゼが変な事を言って」
ヒルデガルドが苦笑しながら頭を下げ、テオバルトは慌てて首を振った。
「これは皇后陛下!殿下のお言葉はわたくしの才を認めてくださっているからこそのものでございます!」
「そうですわお母様…嫉妬する程素晴らしいという意味ですわ」
「本当かしら…リーゼが絡むとどうも信用ならないのよね貴女は…」
「そんな事は…あるかも知れませんわ」
「まあ良いでしょう…それで、ドレスは決まったの?」
「今回は2種類4着をお願いし、内3着はお母様、私、リーゼでお揃いのデザインに出来たらなと思っています…あとは生地なのですが、それぞれ好きな色を選ぶのはどうかと考えていますわ」
「あら、私のも?」
意外な提案に目を丸くしたヒルデガルドにアンネリーゼは笑顔で頷く。
「お母様にはご心配ばかりお掛けしていますし、いつも贈っていただいてばかりですもの…たまには私からもお返ししたくて」
「そう…なら、ありがたく選ばせて貰うわね。貴女はどんな色にするのかしら?」
「私は薄い水色にしようと思いますわ」
「なら、私は赤にしようかしら…リーゼは何色が良いかしら?」
ヒルデガルドに問われ生地の束を眺めていたリーゼロッテは、ある一つの生地に目を奪われ手を伸ばした。
だが、それを見ていたアンネリーゼが急に駆け出す。
「この色きれーい!」
「それに触れては駄目よ!!」
そう叫んだアンネリーゼは飛び掛かり、リーゼロッテが生地に触れる寸前で阻止して2人揃って床に倒れ込んだ。
「アンネ!リーゼも大丈夫!?」
「殿下、ご無事ですか!?」
ヒルデガルドとテオバルトが泣き出したリーゼロッテと、泣きじゃくる最愛の妹を震えながら抱き締めるアンネリーゼに駆け寄った。
すると、アンネリーゼは震える手をゆっくりと伸ばし、先程リーゼロッテが触れようとしていた生地を指差した。
「テオバルト、あの生地は貴方が選んだ訳では無いわよね…」
「どちらの生地で…誰だ!?誰がこの生地を選んだ!?」
テオバルトは厚手の布で手を覆い、慎重に生地を手に取り同行していた商会の者達を問いただす。
その生地は美しく珍しい見事な緑色をしていた。
その色は花緑青…強い毒性を持つヒ素化合物を顔料として使用した物だった。




