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30. 奉迎

 アンネリーゼが死に戻りをしてから2度目の春を迎え、とうとう馬達を迎える日が訪れた。

 大切な日ということもあり、今日は日課の早朝ランニングと剣の稽古は休みにしていたのだが、あまりに楽しみにしていたアンネリーゼはほぼ一睡も出来ないまま朝を迎えてしまった。

 

 「待っていましたわ、この時をね…」


 「アンネリーゼ様…寝ました?」


 「…眠れると思っているのかしら?」


 「でしょうね…目が充血してますよ…」


 カミラは目がギラギラと輝いているアンネリーゼに呆れつつカーテンを開ける…その瞬間、アンネリーゼはあまりの眩しさにベッドの上で悶えた。


 「目がっ!目がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 「ちゃんと寝ないからですよ…どうされます?起こしに来ますから今から少しでも眠られますか?」


 「…いえ、このまま眠ってしまったら起こされても気付かない可能性もあるし、少し早めに行って新しい厩舎でも見てみようかしら」


 アンネリーゼはベッドから這い出ると、徹夜明けでいつもより重く感じる頭を右に左にと揺らしながら立ち上がり着替えを済ますと、カミラに支えられながらおぼつかない足取りで新しく建てられた厩舎へ向かった。


 「初めて見たけど立派ねぇ…」


 「そうですね…本当に大丈夫ですか?思いっきり船を漕いでますけど」


 「なんかヤバそうですねぇ…ここまで酷い状態の殿下を見るのは訓練後以外では初めてですよ」


 アンネリーゼは左腕をカミラに、右腕を先程合流したガーランドに支えられて何とか厩舎に辿り着き、先日完成したばかりの厩舎を見上げてしみじみと呟いた。


 この新しい厩舎はアンネリーゼが馬を3頭引き取る事になったため、これまでのものでは手狭になるという事で新しく建てられた。新厩舎完成から今まで、アンネリーゼは馬達が来る日までは見ないと決めていた…初めては同じ日にとのアンネリーゼなりのこだわりだ。

 

 「よし、行くわよ…」


 アンネリーゼは頬を両手で叩き、目を覚させて緊張した足取りで厩舎の中に入る。

 厩舎内にある馬房には既にアレクサンダーやヒルデガルド、ギルベルト、クラウス、ヘルムートの馬達が入っていた。

 それぞれの馬房には、アレクサンダーの馬にはグリュー、ヒルデガルドの馬にはフライヤ、ギルベルトの馬にはジーク、クラウスの馬にはアーベント、ヘルムートの馬にはヴィルの名札が付いている。


 アンネリーゼは空いている馬房を探しながらゆっくりと進む。

 すると、ヘルムートの馬の隣の馬房から聞き覚えのある声が聞こえ、アンネリーゼ達は中を覗き込んだ。


 「あら、先生?」


 「おお、これは殿下!見たところ馬の到着が待ち切れず一足先に厩舎を見に来たといったところですかな?」


 「当にその通りですわ…しかも、楽しみ過ぎて一睡も出来ませんでした」


 「はっはっは!年相応で大変よろしいですな!」


 レオンハルトに笑われ、アンネリーゼは恥ずかしさに頬を染めたが、レオンハルトの隣にいる濃い栗毛の馬に目が止まった。


 「その子は先生の馬ですか?」


 「うむ、儂が騎士団長を引退した際に陛下から贈っていただいた馬ですな…名をアドルファスと申します。

 儂がこちらで世話になっておる間はこやつもここに入れていただけることになりましてな。

 ただ、こやつはなかなか頑固な性格でして、新しい馬房に慣れるまではこうして様子を見に来ておるのです」


 「凛々しい子ですわね…」


 「なんの!こやつは餌の好き嫌いも多ければ気分屋で手掛かりますわい!」


 「あら、そうなんですのね…でも、手が掛かる子程可愛いのではないですか?」


 「仰る通りです。して、殿下は馬達の名を決めておられるのですかな?」


 レオンハルトに問われ、アンネリーゼは目を瞑りゆっくりと頷く。

 アンネリーゼは白馬の名前は前世と同じにと心に決めていたが、青毛と月毛の2頭に関してはずっと悩んでいた。それこそ、決まったのはつい先日だ。

 目を開けたアンネリーゼは和かに笑う。


 「青毛の子は夜空のような黒い毛を持っているのでナハト、月毛の子は夜空に輝く星のような毛を持っているのでリヒト、白馬の子は唯一の牝馬なのですが純粋で汚れのない白い毛を持っているのでユングフラウにいたしましたわ!」

 

 「はっはっは!良い名を考えましたな!殿下に可愛がっていただける馬達は幸せ者ですなぁ…是非大事になさいませ」


 「もちろんですわ!」


 アンネリーゼはしばらくの間レオンハルトがアドルファスの手入れをする姿を眺めながら愛馬達が来るのを楽しみに待った。



 ***



 レオンハルトがアドルファスの手入れを終え、アンネリーゼ達がアレクサンダー達の馬を見学していると、厩舎の外が賑わって来た。

 外に出てみると、そこにはアレクサンダー、ヒルデガルド、ギルベルト、クラウス、ヘルムートの5人が揃っていた。


 「勢揃いでどうなさったの?」


 アンネリーゼが尋ねると、アレクサンダーが気恥ずかしそうに頭を掻いて苦笑する。


 「いやな、今日其方の馬達が来るであろう?」


 「ええ、そうですわね…」


 「待ち遠しそうな其方の姿を見ていて、余もたまにはグリューの様子でも見てみようと思ってな…。

 普段は任せきりであまり立ち寄らぬゆえ、今日は其方の馬達が来るのもあって良い機会だと考えたのだ…」


 「それで、皆同じ考えだったと…」


 アンネリーゼからの呆れたような視線を受け、皆恥ずかしそうに俯いた。


 「お母様とギルベルト兄様はまだしも、お父様とクラウス兄様、ヘルムート宰相はもっと来てあげてください!皆んなあんなに可愛くて良い子達ばかりなのに可哀想ですわ!」


 「う、うむ…」


 「ごめん…」


 「申し訳ございません…」


 アンネリーゼは3人が心から反省しているのを見て溜飲を下げ、厩舎を振り返る。そこには、必死に笑いを堪えているレオンハルトが立っていた。


 「レオンハルト…笑うでない」


 「ぶふっ…いや、これは失敬!殿下にかかれば皆形無しですな!」


 「これからは出来るだけ立ち寄るようにしよう…」


 アレクサンダーが忌々し気にレオンハルトを睨んで呟くと、1台の箱馬車と3台の馬運車が入って来た。馬達が到着したのだ。


 「あら、先触れはなかったのかしら…」


 「あ…」


 先触れが無かった事を疑問に思い首を傾げていたアンネリーゼが何者かの呟きに振り返ると、ヘルムートが「しまった」と言いたげな表情で立っていた。


 「申し訳ございません…」


 「いえ、サプライズと思えば悪い気はしませんわ…」


 「ありがとうございます…」


 アンネリーゼが苦笑してフォローすると、ヘルムートが安堵して頭を下げた。


 馬車列がアンネリーゼ達の前で止まり、箱馬車からコンラートが降りてきて目を丸くした。

 帝室の面々と宰相が揃い踏みなうえ、何故かアンネリーゼ以外皆浮かない顔をしていたからだ。


 「これは皆様お揃いで…どうかなさいましたか?」


 「…何でもございませんわ」


 「左様でございますか…」


 コンラートは察したのか、それ以上追求せずに恭しく頭を下げた。


 「帝室の皆様におかれましては、ご清祥のこととお慶び申し上げます」


 「ぶふっ!あいや失敬…」


 またもやアレクサンダーに睨まれ、レオンハルトが肩を竦めた。

 コンラートは苦笑しつつもそのまま挨拶を続ける。


 「本日はアンネリーゼ殿下へ献上させていただく馬達をお連れいたしました」


 「オイレンブルク卿、無事に連れて来ていただき感謝いたします。この日を待ち侘びておりましたわ」


 「大変お待たせいたしました。わたくし共もこの晴れの日を楽しみにしておりました…殿下のこれからの道のりを我が領の馬達が共に歩んでいくことを光栄に思います」


 「私も嬉しいわ…ずっと大切にするわね」


 コンラートはアンネリーゼに頭を下げ、馬運車の御者達に合図をする。

 スロープが架けられ扉が開き、馬達が引かれてゆっくりと出てくる。

 月日が経ち、更に美しく成長した馬達の姿にその場にいる者達は皆目を奪われた。


 「おぉ…これは素晴らしい」


 アレクサンダーは感嘆の声を上げる。


 「あの絵から飛び出してきたようだわ…」


 ヒルデガルドは愛娘と馬達が描かれた絵画を思い出す。


 「これはアンネリーゼが惚れ込むのも分かるなぁ…」


 ギルベルトは苦笑し、可愛い妹を優しく見守る。


 「俺の時も感動したな…これからはもっと会いに来てやらないと…」


 クラウスは愛馬との初めての出会いに思いを馳せる。


 「アンネリーゼ様、おめでとうございます…」


 ヘルムートは愛馬達と再開したアンネリーゼを祝福する。


 「あぁ…皆んな、会いたかったわ…」


 アンネリーゼはしばらく会えずに忘れられてはいないかと心配になり、ゆっくりと愛馬達に歩み寄り手を伸ばす…すると、馬達はアンネリーゼに顔を擦り寄せた。忘れてはいなかったのだ。

 瞳に涙を浮かべ、アンネリーゼは愛馬達を抱き締める。


 「ああ、あの絵の通りだわ…本当にあの子は馬達から愛されているのね…」


 ヒルデガルドの言葉に皆が無言で頷く。


 「皆んな、これからよろしくね…」


 アンネリーゼはそう言って優しく微笑むと、愛馬達の額に口付けをした。

 

この話で第一部が終わります。

次回から第二部に入ります。

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