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3.実践

 医師が到着し、診察を受ける。

 部屋にはアレクサンダーとヒルデガルドの他に、アンネリーゼの信頼の厚いカミラだけが残り、診察の様子を固唾を飲んで見守っている。

 診察を終えた医師が一息吐いて振り返ると、静まり返っていた室内に唾を飲む音が響いた。


 「娘の…アンネリーゼの容態はどうだったのだ?」


 「魔力暴走を起こした際、体内の魔力を全て放出してしまったことが原因かと。

 個人差はありますが、ある程度心身共に成長していれば年齢と共に魔力量も増え、その受け皿となる器も成長しているため比較的問題は少ないのですが、まだ幼い殿下の身体では耐えられなかったのでしょう」


 「では、回復するのですね?」


 「はい。稀にではありますが前例のある事ではございますし、大人に比べ回復に時間は掛かりますが問題は無いかと。

 ただ、念のため後日改めて診察をいたしましょう」


 三人はその言葉に安堵し、カミラは医師を見送り、アレクサンダーとヒルデガルドはもう一度アンネリーゼの手を優しく握る。


 「現状問題が無いようで安心したが、しばらくは身体を休め回復に努めなさい」


 「貴女に無理をさせるわけにはいかないし、また改めて様子を見に来ますからね」


 「はいお父様、お母様」


 アンネリーゼが素直に返事をすると、二人は頭を撫で、カミラに後を任せて部屋を出る。

 戻って来たカミラに何かあればベルを鳴らすと伝え、アンネリーゼも休むことにした。


 ーー都合が良いわ。


 一人になったアンネリーゼはベッドの中で歓喜の笑みを浮かべている。

 

 ーー以前は試せなかったけれど、今の状態なら出来るかもしれないわ。


 アンネリーゼは目を閉じ、意識を集中する。

 放出し切ってしまい非常に弱くなっているが、体内の魔力の流れを探し、その元を探る。

 魔力とは泉のように湧き出し、器を満たすものだ。その湧き出す場所を見落とさぬよう慎重に探り出したアンネリーゼは、そこに蓋をした。


 「ぐっ…うぅ…っ!」


 頭に、胸に、身体の節々に激痛が走り、アンネリーゼは身悶える。

 水の出ている蛇口を塞いだ時のように、蓋をされた魔力がそこをこじ開けようと抵抗しているようだ。

 アンネリーゼはあまりの激痛にのけ反らせるように身体を硬直させているが、意識を保つよう必死に耐える。


 ーーこの身体ではキツいわね…でも、中身が17歳だったことだけは不幸中の幸いだったわ。


 5歳の精神では耐えられぬであろう激痛を、アンネリーゼは不屈の精神で抑えつける。

 あの時の屈辱を、後悔を、悲しみを、激情を思えば今感じる痛みなど些細なことだと何度も繰り返し念じ続ける。


 蓋をしてから一刻程が経過し、アンネリーゼは呼吸を整えてゆっくりと起き上がった。

 髪と衣服は滴る程の大量の汗で湿り、シーツもびっしょりと濡れている。


 ーー何とか抑え込めたけれど、これは日が経つにつれて厳しくなりそうね…。

 問題は、これが本当に効果があるかどうかなのだけれど、様子を見てみないとなんとも言えないわね…。


 一応は抑え込めているが、体内では魔力が蓋をこじ開けようと激しく暴れているのを感じる。

 場合によっては、少しずつではあるが蓋を緩めることも必要になるだろう。ただひたすらに抑え付けてしまえば、行き場を失った水のせいで水道管が破裂するように、同じ事が起きてしまうかもしれないからだ。


 アンネリーゼがこのような行動を取っているのには、前世で偶然手にしたとある未完成の論文が関係している。それは、器を成長させ少ない魔力量を増幅するという内容のものだった。


 魔力量には個人差があるが、それは生まれた時から成長していき、成人を迎える頃には固定され、その後は増えないというのがそれまでの定説だった。

 だがその論文には、魔力を限りなくゼロの状態にし回復を阻害することで器の成長を促せると記載されていた。

 魔力の器とは盃のようなものではなく風船に近いものであり、ただ魔力回復を阻害しただけでは、解放した際に溢れ出る魔力の量に耐え切れず壊れてしまう可能性がある。

 そこで、精密な魔力操作で精神を鍛えて強度を増し、魔力回復の解放に耐え得る器を形成するというものだ。


 魔力量を増幅出来るのならば非常に魅力的ではあるが、問題はその論文が未完成であったことだ。

 器と魔力量は年齢と共に成長してしまうため、成長すればするほどに魔力をゼロにすることが難しくなる。保有する魔力量と魔力制御の問題もあるが、何より脳が無意識に危険を察知してしまい魔力の完全放出を妨害してしまうのだ。

 よって、実際にこの方法を試すには、魔力量が少なければならないという事と、魔力を完全放出してしまう程に魔力操作が未熟で精神が発達していないことが前提になり、その後は器を鍛えるために卓越した魔力操作が必要になるという当に机上の空論でしかないという代物だったのだ。


 ーーでも、今の私なら実践出来る。


 そう、5歳の精神で魔力暴走を起こし魔力量が限りなく0になったアンネリーゼだったが、今ここにいるのは17歳の精神を持ち、子供より遥かに高度な魔力制御を行えるアンネリーゼだ。実践するのにこれ以上の素材はないだろう。


 「あぁ、今から本当に楽しみだわ!」


 堪らず歓喜の声を上げてしまう。

 良い結果が出れば国を、民を、家族を守る力になるだろう。そして、ベルタンを滅ぼす力にもなる。

 神が与えたもうた恩寵か、それとも悪魔の甘い罠かは知らないが、二つの相反する感情に心が踊り、嬉しくて、楽しくて笑いが止まらない。


 ひとしきり笑ったあと、アンネリーゼは小さくくしゃみをした。寝汗を放置していたせいで体温を奪われてしまったらしい。

 

 ーーカミラに着替えを用意して貰おうかしら。


 そう思案しているうちに、もう一度くしゃみが出てしまう。

 観念したアンネリーゼはベルを鳴らしてカミラを呼ぶと、間を置かず、扉で続いている侍女用の控室からカミラが入ってくる。

 

 「御用でしょうか?」


 「あの、着替えを用意して欲しいのだけど良いかしら?」


 汗で湿った髪が束になっているのを見て、カミラは慌てて駆け寄りアンネリーゼを確認する。


 「このままではお風邪を召されてしまいますわ!すぐにお着替えと替えのシーツをご用意いたします!」


 「あのねカミラ…おねしょじゃないのよ?悪夢を見てしまってそれで…」


 アンネリーゼが恥ずかしげに頬を染めて俯くと、カミラは一瞬きょとんとして優しく微笑む。


 「大丈夫です、分かっておりますわ。だって、おねしょでしたら髪まで濡れませんから」


 振り返ったカミラはそう言ってウインクすると、アンネリーゼの着替えを手伝いシーツを替える。

 アンネリーゼはテキパキと作業を行っているカミラの姿を見ながら安堵のため息をついた。

 ただ同時に、ベルの音にはすぐに反応したのに、笑い声には反応しなかったのか?聞いていないふりをしているのかもしれないと思い不安になった。

 

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