29. 絵画
「オイレンブルク卿、お久しぶりです!」
「殿下自らお出迎えいただけるとは光栄の至り。
お久しゅうございますな、お約束通り絵をお持ちいたしました」
夏が終わり木々が色付き始めた頃、コンラートが完成した絵画を献上するため帝都を訪れた。
アンネリーゼは絵画に期待はしつつも、自分が寝ている構図ということもあり恥ずかしさの方が勝っているのだが、絵が完成したと報せを受けてからは馬達の話を聞くのが待ち遠しくこの日を待ち侘びていた。
「道中お疲れ様でした…大丈夫でしたか?」
「はい、ご心配いただきありがとうございます。殿下からご忠告いただいておりましたので、道中都度点検を行い何ごともなく無事に帝都まで来ることが出来ました」
前世ではオイレンブルク侯爵領でミスリルの鉱床が発見された後コンラートが馬車の事故で命を落としたため、アンネリーゼはそこが心配だったようだ。
コンラートの言葉を聞いてアンネリーゼは胸を撫で下ろし微笑む。
「それは良かったわ。今後も気を付けてちょうだいね?」
「もちろんでございます。そう言えば、殿下は剣を習い始めたそうですな」
「ええ!剣聖様とテレーゼ様に教わっていますわ!」
「それはまた羨ましいですな。剣聖様直々とは多くの騎士達が羨むでしょう」
「あぁ、最初はそうだったのだけどね…」
「どうかなさいましたか?」
哀愁漂うアンネリーゼの表情を見てコンラートが首を傾げる。
「剣聖様とテレーゼ様の訓練、もの凄くキツいのよね…。
今はダガーを習っていて、もちろんちゃんと教えて下さるしフォローもして下さるのだけれど、本格的に訓練が始まってからというもの、騎士達からの羨望の眼差しは消え失せたわね…成長が実感出来ていなければ心が折れていたかもしれないわ!」
アンネリーゼは急所の位置を学んだ後、本格的に実戦形式の訓練が組み込まれるようになった。
もちろん武器はダガーを模した木剣を使っており、かなり手心を加えられてはいるのだが、容赦なく打ち据えられるため訓練後は回復魔法で治療を受ける毎日だ。
テレーゼは実戦に勝る鍛練は無いという教育方針らしく、いくらアンネリーゼが皇女とは言え甘えは一切許されていないため、周りにいる者達は皆、毎回血の気の引いた表情で見守っているのだ。
ウンザリとした表情をしつつも妙に嬉しそうに語るアンネリーゼを見てコンラートが苦笑する。
「それでも続けておられるという事は、殿下には剣が向いていたのでしょうな…楽しそうで何よりでございます」
「ふふっ、ええ楽しいわ!ゆっくりでも出来る事が増えるって嬉しいもの!」
そう言って微笑んで振り返ったアンネリーゼだったが、コンラートの率いて来た馬車の一台から降ろされた物を見て目を疑った…それは、縦が約2m、横が約3mはあろうかという巨大な板状の何かだった。
「ねえ…念の為に聞かせて欲しいのだけれど、今日持って来たのは扉…とかでは無かったわよね?」
「?…そのような物を持ってきた覚えは…あぁ、あちらが今日お納めする絵画になります!」
コンラートがアンネリーゼの視線の先を確認し、和かに笑う。
「か…加減というものがあるのではないかしら…」
「わたくしは、この絵を両陛下にご覧いただけるのを心待ちにしておりました!では参りましょう!」
アンネリーゼは、見るからに意気揚々と歩くコンラートとは真逆の絶望感溢れる表情でトボトボと歩いて行った。
***
「久しいなコンラート」
「オイレンブルク卿、壮健そうで何よりだわ」
「両陛下におかれましては変わらずご清祥とうかがい、慶賀に堪えません。この度は貴重なお時間を頂き、心より感謝申し上げます」
コンラートが恭しく頭を下げると、アレクサンダーがニヤリと笑った。
「さて、堅苦しい挨拶はこのくらいでよかろう?」
「陛下、体裁というものがございましょう…」
「あら、アンネリーゼのおかげで人払いも出来たし、今ここには私達しかいないのだから良いじゃない?」
コンラートが苦笑して苦言を呈したが、普段家族以外がいる前では淑女然としているヒルデガルドも寛ぎだし、空気が緩む。アンネリーゼはその姿に呆気に取られた。
「お母様が人前でそのようになさるのを初めて見ましたわ…」
「そうだったかしら?まあ、信頼の出来る相手に堅苦しい接し方をしてもお互い疲れるだけじゃない?
それで、その後ろの大きいのがアンネリーゼの絵かしら?」
ヒルデガルドが身を乗り出し、待ちきれない様子で布をかけられた絵画を見る。
コンラートは頷くと、布を一気に取り払った。
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
「おお…」
「これは素晴らしいわ…」
アレクサンダーとヒルデガルドが感嘆の声を上げ、ゆっくりと絵に歩み寄る。
アンネリーゼは正直乗り気では無かったが、父母が目を奪われる作品を、愛馬達が描かれた作品を確かめたい気持ちが抑えられなくなり振り返った。
そこには、木にもたれて眠るアンネリーゼと、膝枕で気持ち良さそうに眠る白馬、そして、素描の時にはいなかった青毛と月毛の馬が両脇で草を食む姿が描き足されていた。
馬達の安らいだ表情、筋肉隆起した馬体、毛艶の一つ一つから息遣いを感じ、今にも動き出しそうな、それでいてその時の光景を永遠に閉じ込めたかのような絵だった。
「この子達が貴女が迎えたいと言っていた子達かしら?」
描かれた馬達に目が奪われていたアンネリーゼの隣でヒルデガルドが尋ねる。
「はい、とても可愛くて良い子達です…」
「そうね、この絵からもそれが伝わってくるわ…貴女も気持ち良さそうに寝ていて可愛いわ」
「そ、そうでしょうか…」
「ええ、だって私の愛する娘よ?可愛くない訳がないじゃない。
ねえアンネ、やっぱりこの子達全員をお迎えしたいかしら?」
「はい」
迷いなく答えたアンネリーゼにヒルデガルドは苦笑し、アレクサンダーを見て小さく頷いた。
「なら、勉強や剣の稽古を頑張っている貴女に私とお父様からプレゼントするわ」
「…よろしいのですか?」
「ええ、だって貴女はドレスとかは必要な物以外は要らないっていつも断るじゃない?なら、せめて喜ぶものを贈ってあげたいわ」
アンネリーゼはヒルデガルドから向けられる優しい眼差しを受けて喜びで瞳が潤み、感情のままに抱き付いた。
「お母様!俺父様!ありがとうございます!」
「良いのよ…皆を大事にしてあげてね」
ヒルデガルドはそう言って愛する我が子を抱きしめた。




