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28. 急所

 「はぁ、疲れたわ…」


 「本当にお疲れ様です…」


 本格的にダガーの訓練が始まってから数日が経ち、アンネリーゼは訓練終了後の夕食までの短い間、ゆっくりとした時間を過ごしている。今はカミラとガーランドと3人で庭園のガゼボで夕涼みの真っ最中だ。


 レオンハルトから非常に優れた観察眼を持っているとお墨付きを得ているアンネリーゼは、目で見て思考し、ある程度繰り返せばすぐに大抵のことは出来るようになるのだが、テレーゼからの指導は非常に苦戦していた。

 若くして戦場で恐れられる程の剣の腕を持つテレーゼの実力は、努力もさる事ながら生まれ持った才能も大きく寄与している。

 ただ、大雑把な性格のテレーゼは自分の動きを客観的に説明することが非常に不得手なため、分からないところを聞いても余計に混乱してしまうのである。


 「テレーゼ様の動きを見て覚えようにも、早過ぎて覚えきれないのよね…まあ、そんなことより一番の問題はあの抽象的過ぎる説明なのだけれど」


 「あぁ…あれは酷いですよね」


 「あれをあれして…」


 ガーランドがボソリと呟くと、アンネリーゼがうんざりとした表情でため息を吐いた。


 「何をどうしろと?って感じよね…ただ、必死さが伝わってくるし、やってる事が凄過ぎるぶん余計に空回ってタチが悪いのよねぇ…」


 「剣聖様からの圧も日に日に増していますし、テレーゼ殿も焦ってらっしゃるのでしょう。

 ところで殿下、疲れたとか言いながら終わってまで練習ですか?」


 ガーランドは30cm程の木の棒を手の平でくるくると回しては握るという行動を繰り返しているアンネリーゼを見て呆れたように呟いた。

 ダガーの訓練が開始した日にテレーゼから順手と逆手を素早く切り替えられるようにと課題を出されているのだが、まだ型の最中だと失敗する事が多いため、暇さえあれば練習をしているのだ。


 「仕方ないじゃない、出来ないと悔しいんだもの…。

 それにしても、習い始めて改めて思ったけど実戦でダガーやナイフを使う人って本当に凄いわよね…何なのよあの異常な手数は。リーチの差を手数と技術で埋めるというか何というか…」


 「テレーゼ殿もですが、熟練者は本当に体の一部かのように扱いますからね…正直、俺は普通に剣を使う相手の方がやりやすいですね。

 ダガーは両手に持って単純に手数を増やすのもありですし、体術を絡めたりと当に変幻自在ですからやり難いのなんの…。

 テレーゼ殿が殿下に手本を見せるって言った時、順手で突きを放ったと思って避けたのに、いつの間にか逆手に持ち替えて首を切りに来てた時は木の棒とは言え死を覚悟しましたよ」


 「あれにサーベルと足技も絡めてくるのよね…」


 「むしろサーベルがメインでしょう…」


 「別にあのレベルを目指さなくても良いじゃないですか?」


 アンネリーゼを扇子で煽いでいたカミラが乾いた笑いを漏らす2人に首を傾げた。

 それを見たアンネリーゼは遠い目をしてしみじみと呟く。


 「ふっ…良いかしらカミラ、壁は高ければ高い程越えたくなるものなのよ。

 ガーランド、貴方が先生を目指した理由がやっと理解出来たわ…あの時はごめんなさいね、私が浅はかだったわ」


 「ご理解いただけましたか…」


 「そのたまーに2人で通じ合うのやめていただけますか?」


 死に戻った事で強さを求めた影響か、アンネリーゼは前世では興味が無かった事にも目を向けるようになった。その際たるものが「いい感じの棒」と「剣術」だ。

 そのため、大人になっても少年の心を忘れない生き物である男のガーランドとの相性が良くなったようだ。

 

 その後も冗談を言い合い、夕飯を済ませた後、アンネリーゼは今日もぐっすり眠って疲れを癒し、明日に備えた。



 ***



 翌日、アンネリーゼは午前中の淑女教育と昼食を済ませ、今日も意気揚々と訓練場に向かう。

 レオンハルトもテレーゼもスパルタ気味な指導で訓練は厳しいが、出来ないことが出来るようになるのが嬉しいらしく、アンネリーゼは疲れたとは言いつつも訓練の時間を毎日楽しみにしている。

 今日は何をするのだろうかと思い、既に定位置と化している訓練場の端で準備運動をしていると、テレーゼとレオンハルトが手ぶらでやってきた。


 「殿下、今日は図書館で訓練です!」


 「…?図書館は静かに本を読む所ですわテレーゼ様…もしかして図書館をご存知でない?」


 「…辛辣過ぎやしませんか?流石に私も傷付きますよ?」


 テレーゼはアンネリーゼの言葉に涙目になったが、頬を叩いて気を取り直し胸を張った。


 「とにかく今日は図書館です!説明は行ってからいたします!」


 「承知しましたわ…。先生、これは先生が?」


 アンネリーゼは歩きながらレオンハルトに尋ねる。


 「んにゃ、今日のは彼奴の提案だのう。ちゃんと殿下のことを考えての提案のようであったし、ダガーを覚えるなら必須とも言えるからのう…まあ行けば分かるわい」


 思わせぶりな言葉に首を捻るアンネリーゼを見てレオンハルトは目を細める。

 

 図書館に着くと、テレーゼは皆をその場に待たせて1人奥に行き、棚から複数の本を持って来てアンネリーゼに差し出した。


 「医学書…ですか?しかも解剖学など人体に関する本ばかりのようですが…」


 「そうです!今日は身体の構造について学びます!何故だか分かりますか?」


 「身体の使い方…ではありませんわよね?だとすると、人体の急所ですか?」


 「正解です…何でそんなにすぐ分かっちゃうんですか…」


 「そう言われましても…」


 「まあ良いですよ…取り敢えず説明しますね」


 そう言ってテレーゼは構えを取る。

 普段テレーゼがダガーを構える体勢だ。

 左手を前に半身に立ち、右手にダガーを持って背を丸めている。


 「次はこれです」


 次はダガーを持つ右手を前にし、真半身になる…レイピアを持つような体勢だ。


 「人によって構えは若干変わりますが、どちらの構えにも共通しているところがあります…何か分かりましたか?」


 アンネリーゼはテレーゼの取った構えを真似し、小さく頷いた。


 「どちらもやり方は違えど急所を守っています」


 「正解です!いつもの私の構えは左手を前に出すことで相手からの攻撃を防ぎ、首や心臓、胃などを守ります。

 ただ、普段私は右手にサーベルを持って左手のダガーでいなしたりしていますね。

 2番目の型ですが、あれはレイピアを使う時と同じで、相手に対して真半身になる事で急所を隠して守っています」


 「守り方もですが、攻撃の仕方も違いますわよね?」


 「そうです!最初のは刺突も斬撃もどちらも対応しやすいですが、間合いが狭くなります。

 逆に次に見せた型は刺突が主な攻撃手段になりますが、深く踏み込める当にレイピアでの戦い方ですね。

 殿下にダガーをお教えする際に最初の型をメインにしているのは、2番目の型はレイピアをお教えする際に学ぶので後回しにしてるという感じです」


 「テレーゼ様は何故最初に見せてくださった型を好んで使われるのですか?」


 テレーゼは良くぞ聞いてくれたと言いたげな表情で胸を張る。


 「相手の間合いの内側に入りさえすれば小回りが効く分ほぼ勝ち確だからですね!

 ダガーの短所はリーチの短さですが、逆に間合いの内側に入りさえすればその短さが長所に化ます!

 例えば、密着した状態で刺突を躱されても、逆手に持ち替えて腕を引く際に斬るとか、相手が距離を取ろうとしたとしても逆手に持ち替えて薙ぎ払うとか、相手は防戦一方なのにこちらは距離さえ詰めれば攻め続けられます!

 それに、ダガーでなくとも左手で相手を掴んで投げる、足技を繰り出す等応用もしやすいのです!

あ、だからと言って2番目の型が劣っているという訳では無いですよ?使い分けが大事です!」


 「ありがとうございます、参考になりました。

 それで、今日は急所の位置を把握するというのが目的でよろしいんですわよね?」


 「はい!ダガーの短所はやはりリーチの短さですので、的確に急所を狙うのが一番です。

 自分の身を守る為にも相手を倒す為にも覚えておいて損はないかと思い今日はこれにしてみました!

 何だかんだ人体の急所って結構多いので、早めに覚えておくに越した事はないですからね!」


 「ご配慮感謝いたします。本を借りて行き、自室でも読んで覚えるようにいたしますわ。

 それにしても、今日はいつものが無かったので非常に分かりやすかったですわ」


 「いつもの?」


 「あれをあれしてとか」


 「……それ、わざわざ言わなくて良くないですか?」


 「冗談ですわ。今日はありがとうございます。テレーゼ様がお勧めの本などがありましたら是非お教えください」


 アンネリーゼはその日は結局日が暮れるまで本を読み漁り、自室に戻っても寝る時間までひたすら読み続けた。

 

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