23. 帰還
アンネリーゼが戻ると後発の騎士達も到着しており、襲撃をした賊の数名が捕縛されていた。
ガーランドや他の護衛の騎士達は軽い傷はあるものの皆無事だったらしく、今は手当を受けているようでアンネリーゼは安堵し、姿を隠していたマントを脱いだ。
「皆ご苦労様、無事で良かったわ」
「アンネリーゼ様!?」
「殿下、ご無事でしたか!?」
アンネリーゼの無事に安堵したカミラが涙ながらに駆け寄り抱き締め、騎士達はその場で膝を折り頭を下げる。
人を殺めた手で抱き締め返す事を躊躇したアンネリーゼだったが、カミラが震えている事に気付き優しく背中に腕を回した。
「ちゃんと戻って来たでしょう?ほら、泣いてばかりじゃ貴女の可愛い顔が台無しよ?」
「だっでぇ…」
「ほら、涙を拭いて鼻をかみなさいな」
「ぐすっ…ずびばぜん…」
くすくすと笑いながらハンカチを取り出してカミラの頬を拭き、アンネリーゼは騎士達を振り返る。
物言いたげな騎士達だったが、アンネリーゼが頭を下げたのを見て慌てだした。
「殿下、頭を上げてください!」
「いえ、勝手なことをして貴方達に余計な心配を掛けてしまったのは私よ。本当にごめんなさい…」
「…あの者から報告は受けておりますので問いはいたしませんが、今後は一言ご相談いただければ助かります」
「貴方の言う通りよ…ごめんなさい。貴方もカミラを守ってくれてありがとう」
アンネリーゼは部隊長に再度謝罪し、カミラを託した斥候にも頭を下げる。
そして、一度深く息を吸い居住いを正した。
「部隊長…それとこの場にいる皆も、今日私が単独行動をしたことは他言無用に願います。
まだ理由は明かせませんが、この国の為ということだけは伝えておきます…いずれ必ず理由は分かるから、それまでは待っていて」
「………」
「いいですね?」
「…承知いたしました」
念を押され不承不承ながらも頷いた騎士達に苦笑し、アンネリーゼは捕縛された賊に歩み寄り見下ろした。
「貴方達、とんだ貧乏くじを引いたわね」
「さっさと殺せ…どうせ死刑になるんだろ?」
頭目らしき男が睨め付け吐き捨てるように呟き、アンネリーゼはため息を吐く。
「そうもいかないわ、取り調べとか色々あるもの」
「はっ…!俺達は何も知らねえよ!」
「それを判断するのは私ではないわ」
「けっ…!さっさと失せろ」
アンネリーゼは立ち上がり頭目に背を向けたが、立ち止まったまま悲しげな表情で俯き賊達に聞き取れるよう呟く。
「そうさせて貰うわ…貴方達がなぜその身を賊に窶したのかその理由は私には理解してあげられないし、今回のことも貴方達はこの国の皇女が標的だとは知らなかったのかもしれないけれど、やってしまった事の責任は取らされるわ。
願わくば、貴方達に来世があるのなら同じ過ちを犯さないよう祈っているわ…貴方達に残された時間は短いけれど、どうか安らかに」
アンネリーゼの言葉を聞き、賊達は呆気に取られた。
まさか、命を狙った自分達にその様な言葉をかけられるとは思ってもいなかったのだ。
その言葉はアンネリーゼの偽りの無い本心だった。
彼等が道を誤った理由は皆それぞれだろうが、そうなる理由があり、そこには帝国の至らない部分が少なからず関わっていたのではないかとアンネリーゼは考えているのだ。
他国に比べ栄えている帝国ではあるが、民の暮らしには貧富の差があり、それに伴う犯罪もある。
国と民を愛するアンネリーゼだからこそただ無慈悲に彼等を切り捨てることが出来なかったのだ。
賊達と話を終え、アンネリーゼは再出発の準備を終えた騎士達に声を掛ける。
「皆ご苦労様、侯爵家の騎士達も連日の野営で疲れているでしょうし、今日は宿でしっかりと休んでちょうだい。
無事に帝都に戻ったら改めてお礼をさせて貰うから楽しみにしててちょうだいね」
その言葉に騎士達が色めき立ち、喜ぶ騎士達の姿にアンネリーゼも嬉しくなる。
騎士達は連日の野営で荷の減った馬車に賊達を乗せ、帰路最後の街へと向かい出発した。
***
天気が良ければ数km先からでも視認可能な程に巨大な帝都の外壁の門を抜け、アンネリーゼを乗せた馬車が民達の暮らす街並みを進む。
馬車に乗っているのがアンネリーゼだと気付いた大人達が手を振り、子供達が楽しそうに追いかけてくる姿を見たアンネリーゼは無事に帰って来た事に安堵しつつ手を振り返す。
「ようやく戻ってこれましたね」
「ええ…こうして民達の顔を見ると安心するわ」
帝都民が暮らす市街地や貴族街を通り、2つの門を抜けた馬車が皇宮の前で止まり、アンネリーゼはガーランドの手を取り降り立った。
「アンネリーゼ!!」
「ああっ!アンネリーゼ、無事なのね!?」
「ゔっ…」
先触れで帰路での出来事を知らされていたアレクサンダーとヒルデガルドが駆け寄り、アンネリーゼを抱き締める。
あまりの勢いに呻き声を上げてしまったアンネリーゼは、小さく咳をし苦笑して2人を抱き締め返した。
「お父様、お母様、ご覧の通り私は大丈夫ですわ」
「本当に…本当に怪我とかはないのよね!?報告を受けてからどれだけ迎えに行きたいと思ったか…!!」
「お前は何故こうも厄介ごとに巻き込まれるのだ…」
両手でアンネリーゼの頬を包み込み顔を覗き込むヒルデガルドの肩に手を置き、アレクサンダーが苦々しく呟く。
「それは言っても栓なき事ですわお父様…。
私の護衛騎士達と侯爵家の騎士達のおかげで無事に帰ってこれました」
「うむ…此度の其方等の働き、ヴァルドシュタイン帝国皇帝として、何より1人の父として感謝する」
「勿体なきお言葉にございます」
アレクサンダーは侯爵家とその騎士達にそれぞれ褒美と帰る際の物資の提供をすることを約束し、それらの準備と労いのため2日程皇宮への滞在を許した。
アンネリーゼも騎士達に改めて礼を言い、アレクサンダーとヒルデガルドに頭を下げる。
「流石に疲れてしまいましたので、明日改めてお話しをさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」
「うむ、あまり無理するでないぞ」
「明日貴女の部屋に伺うわね。私も久しぶりに貴女とお話ししたいわ」
「はい、お待ちしておりますわ」
アンネリーゼは騎士達に目礼し、カミラとガーランドを連れて自室に戻ると、そのままベッドに飛び込んで大の字に寝転がった。
「あぁ…やっぱり自分のベッドと枕が落ち着くわね」
「はしたないですよ、アンネリーゼ様…」
「誰も見ていないじゃない?」
「いや、俺とカミラ嬢がいるでしょう…」
カミラとガーランドに注意され、アンネリーゼはベッドの上に座り直して頬を膨らませる。
幼い身体で長旅の疲れも溜まっているのか、いつになく子供っぽい仕草にカミラとガーランドは苦笑する。
「むぅ…じゃあお茶を淹れてちょうだい」
「今淹れてますのでお待ちください」
「あら、早いわね…貴女、私の心が読めるの?」
「そりゃそうですよ…だって、アンネリーゼ様は部屋に帰って来たら何より先に「カミラ、お茶を淹れてくれない?」が口癖なんですから」
「そ、そうだったかしら…言われてみたらそんな気がしてきたわ…」
「少なくとも、俺が護衛騎士になってからは毎回ですね」
2人にツッコまれたアンネリーゼは顔を真っ赤にし、枕を抱いて顔を埋める。
カミラはそんなアンネリーゼの姿にくすくすと笑い、テーブルにティーセットを3人分並べた。
「ご用意出来ましたよ」
「ありがとう…」
紅茶を一口飲んで息を吐いたアンネリーゼが指を鳴らし防音魔法を展開する…今回の件の情報共有をするつもりのようだ。
「流石に疲れてるから手短に話すわね。
結果として、私の予想通り襲撃班の中に監視役がいたわ…しかも帝国貴族よ」
「そんな…」
その報告にカミラが絶句し、ガーランドはただ黙して続きを待っている。
アンネリーゼはもう一口紅茶を口に含み、ゆっくりと飲んで話を続ける。
「監視役はザッハー伯爵家当主のローレンツだったわ…今後ケンプファー辺境伯領の件でも動く予定だったそうよ」
アンネリーゼはそのまま話し続け、ローレンツから得た情報を2人に伝える。
そして、一通り話し終えたところでガーランドが神妙な面持ちで手を挙げた。
「それで、伯爵はどうされたのですか…捕縛していらっしゃらなかったようですが」
その問いにカミラがハッとしてアンネリーゼを見る…聞きたくない、信じたくないと言いたげな表情だ。
だが、そんなカミラの願いを裏切るように、アンネリーゼは自分のした事を包み隠さず口にした。
「私が殺したわ…どのみち生かしておいても死刑になるかあの男に殺されるだけだったし、捕縛して伯爵が自白したとしても揉み消されるのは目に見えているわ…それ程の権力を持っているのよ私の敵は」
「申し訳ありません…」
ガーランドが唇を噛み締め、拳を強く握りながら頭を下げる。
「どうして貴方が謝るの?」
「それは俺がやるべき事だからです…」
アンネリーゼは悔しさの滲むその言葉を聞き、苦笑して首を振った。
「それは違うわ…貴方の役目は私を守ることよ。
伯爵を殺したのは未来を知っている私が…一度死んでチャンスを与えて貰った私がやるべき事よ。今生きている貴方達がやるべき事ではないわ」
「でも、アンネリーゼ様だって今生きているじゃないですか!」
「そうね…でもねカミラ、私は二度目なのよ」
アンネリーゼの突き放すような言葉に言い返す事が出来ず、2人はただ悔しさを噛み締める事しか出来なかった。




