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22. 魔女

残酷表現ありです。

 陽の光の届かない薄暗い森の中を何かが駆け抜けている。

 姿は見えないが、春落ち葉が舞い上がり散っていく。


 「身体強化って凄いのね…いつもの何倍くらい速度が出てるのかしら」


 見えない何かはそう独りごち、くすくすと満足気に笑う…マントで姿を消していたアンネリーゼだ。

 同行する他の者達がいないため、ガーランド達に追い付こうと魔法を使っているのだ。

 魔法による身体強化は身体能力の強化だけでなく、強化された身体に対応出来るように思考の処理速度にも補正が掛かるため、一陣の風と化した今のアンネリーゼは木々の隙間を危なげなく駆け抜けている。


 遠くから爆発音が聞こえ、アンネリーゼはそちらに方向転換し駆け出す。


 「一発目の爆発音…恐らく賊ね」


 爆発音のした場所の近くまで辿り着いたアンネリーゼは太い木の枝に飛び乗り、状況を確認する。

 アンネリーゼは人数差を物ともせず有利に戦う騎士達と、ガーランドの指示を受けて馬車の中に逃げ込む御者の姿を確認し、安堵の息を漏らす。

 

 「斥候の彼の報告通りね。装備もバラバラだし何より統率が取れてない…これなら問題無さそうだわ。

 さてと、私は自分のやるべき事をやらないとね」


 地面に降り、アンネリーゼは探知魔法を展開する。

 すると、自分の居る森とは街道を挟んだ側に喧騒とは逆方向に走る者を見つけ出し、素早くそちらに向かって跳んだ。


 「ちょっ…!?跳びすぎよ!!」


 思いの外勢いが付いてしまい、道幅が15mはあろうかという街道を超えて木に衝突しそうになったアンネリーゼは、慌てて近くの木の枝を掴んで勢いを殺し、地面に着地して大きく息を吐いた。


 「焦ったわ、加減が難しいわね…」


 そう言ったアンネリーゼは戦う騎士達を見て気付かれていないことを確認し、改めて探知魔法を使って遠ざかっていく何者かの追跡を再開した。


 「このあたりね…」


 しばらくして追跡対象が立ち止まったのを確認したアンネリーゼは距離を取って立ち止まり、音を立てないように落ち葉の薄い箇所を選びながらゆっくりと近づき、防音と隠蔽の魔法を展開し気配を殺して耳を澄ます。

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…な、何故だ!何故あれだけの装備が揃っている!?作戦がバレていたのか!?」


 アンネリーゼが身を隠していた木から少しだけ顔を覗かせて確認すると、そこには中肉中背で粗末な服を着た男が肩で息をしながら怒鳴る姿があった。

 男の顔を見たアンネリーゼの目に強い殺意が宿る…知っている顔だったのだ。

 その男は帝国貴族であり、伯爵位を持つザッハー家当主のローレンツだった。

 皇室主催の晩餐会などで何度となく挨拶をされたことのある見知った顔に、アンネリーゼは強い殺意と失望を覚えたのだ。


 「あぁ…あのお方になんと報告すれば…」


 「あら、誰に報告するつもりかしら?」


 「だ、誰だっ…!?」


 声の聞こえた方を勢いよく振り返ったローレンツは倒れた…それは驚きただ倒れたのではなく、支えを失ったかの様に崩れるように倒れたのだ。

 ローレンツは自分の足元を確認し、あるべき物が無くなっているのを見て深く息を吸い、叫んだ。


 「ひいぃぃぃぃぃっ!?わ、私の足がぁぁぁぁぁっ!!」


 「痛みは無いでしょう?一瞬で凍らせてあげたんだもの…」


 フードを取ったアンネリーゼは木の影から姿を現し、失った両足を探すようにのたうち回る男を見下す。

 ローレンツはその姿を恐怖と怒りに満ちた目で見上げた。


 「ア、アンネリーゼェェ…貴様ぁ…!」


 「あら、誰に向かってそんな目を向けているのかしら…。

 それと、貴方がお探しの汚らしい足だったらそこよ?」


 アンネリーゼが笑みを浮かべながら指差した先には、強烈な冷気を帯びて凍り付いた膝から下の脚が佇んでいた。

 それは血液すら凍り付き、少しの衝撃でも砕けてしまいそうな程だった。


 「き、貴様…魔力が枯渇したはずではっ!?」


 「ふふふっ…まだ分からない?騙していたのよ貴方みたいな連中を」


 アンネリーゼは軽い足取り近づき、膝を折ってローレンツの顔を覗き込む…その表情は新しい玩具を前にした子供のような、無邪気に虫の命を奪ってしまうような残酷な笑顔だった。

 その表情に底知れない恐怖を覚えたローレンツは懐に隠し持ったナイフを取り出そうとしたが、出来なかった…腕の近くから何かが折れる音が聞こえ目をやると、両足と同じく腕も芯から凍り付き、折れて地面に取り残されていた。


 「あははははっ!貴方、学ぶって事を知らないのかしら?

 貴方みたいな愚かな人間が身内にいるなんて「あのお方」と呼ばれてる者が哀れでならないわ!

 あぁ、それともその「あのお方」も愚かだから気付かなかったのかしら?」


 「あ、あのお方は貴様が愚弄して良いようなお方では…!」


 「ーーーー…貴方の言う「あのお方」ってこの人でしょう?」


 顔を近づけアンネリーゼが周囲には聞き取れない程の声でボソリと呟くと、ローレンツは凍り付いたように青ざめ、ガタガタと震え出した。


 「ふふふっ、合ってるみたいね?」


 「な、何故貴様がそれを知って…いや、どこまで知っている!?」


 「そうね…ケンプファー辺境伯領の手負いのドラゴンと疫病及び不作、選定の義の日のベルタン侵攻…とかかしら?」


 「そ、そこまで情報を掴んでいるのか…」


 ローレンツの反応を見てアンネリーゼは内心歓喜した。

 あの男に繋がる者を見つけただけでなく、確信の持てなかったケンプファー辺境伯領の件も関与が確実であると分かったことで打てる手が増えたことに歓喜したのだ。


 「ねえ、貴方が知っていることを教えてくれるのなら救ってあげなくもないのだけれど…どうする?」


 「ほ、本当か!?」


 「ええ、私は嘘は言わないわ」


 ローレンツはその言葉に安堵し、自身が知り限りの全ての情報を開示した…だが、その中に真新しい情報は何一つ無かった。

 あの男は計画が漏れる事を警戒し、細かい指示は複数の手駒全てに別々に出して一切互いを関わらせないようにしていたようだ。

 ケンプファー辺境伯領の件に関しても時期と協力者がいるということだけしか聞かされていないらしい。

 だが、あの男に複数の協力者がいる事が分かっただけでも十分過ぎる程の収穫はあった。


 「し、知ってることは全て話した!た、頼む!助けてくれるんだろう!?」


 ローレンツに請われ、アンネリーゼは立ち上がって微笑む。


 「私ね、本を読むのが好きなのよ…」


 「そ、それが何だ…?」


 「でもね、先日読書中に読んでる本の間に蜂が止まって驚いてしまって、本を閉じて潰してしまったの」


 ローレンツは微笑むアンネリーゼの瞳の奥に渦巻く殺意を感じ取り息を飲み、恐怖でガタガタと震え始める。


 「心配しないで、ちゃんと救ってあげるわよ?このまま放置したら動物に食べられちゃうじゃない。それに、普通に助けてもあの男が裏切り者を生かしておくとは思えないでしょう?だから、ここでその苦しみから解放してあげようと思うのよ!」


 アンネリーゼが満面の笑みを浮かべて手を叩くとローレンツの左右の地面がまるで開かれた本のように盛り上がり、ゆっくりと閉じていく。

 

 「や、やめてくれ!助けて!!」


 「大袈裟ね、痛いのは少しの間だけよ…それに、貴方達のせいで私の愛する帝国民はもっと苦しむところだったのよ?それに比べれば貴方が今感じてる痛みや苦しみ、恐怖なんて些細なものよ…そう、目に付かないようなちっぽけな虫のようにね」


 「こ、この化け物!魔女め!ひぃぃぃぃっ!やめろ!やめてっ…!!ぎっ…ひぃやぁぁぁぁぁっ…」


 ローレンツの断末魔の叫びと共に、肉が潰れ骨が砕ける音が響き渡る。

 流れる血は閉じる土壁に吸われ、ローレンツだった塊がすり潰され、やがて土壁は何事も無かったかのように沈み込み、アンネリーゼは息を吐く。


 「化け物?魔女?私をそうさせたのは貴方達自身じゃない…。安心しなさい…貴方だけでは終わらせないわ」


 断末魔の叫びも、潰れる肉と骨の音も、血と汚物の臭いもあの時アンネリーゼが嫌と言う程感じたものだ。

 敵を殺す事に悩みも後悔もないし、覚悟など死に戻りを知ったその時に済ませている。

 だが、愛する者達に対する罪悪感だけはどうしても消すことが出来ず、しばらく立ち尽くした。


 「はぁ…そろそろ戻らないとね」


 そう呟いたアンネリーゼは、いまだに冷気を放つローレンツの両手足を細かく砕き、地面に埋めて騎士達の元へ戻って行った。


 

 

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― 新着の感想 ―
『救う』の解釈が違いましたね。 まぁ、小物に似つかわしい最期かと。
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