19. 報告
オイレンブルク侯爵領に来て5日目、アンネリーゼは3日目は領都の視察を行い、4日目の昨日から連続で馬達に会いに放牧地に来ていた。
コンラートは調査に出した騎士達からそろそろ何かしらの連絡があるかもしれないため、今日は侯爵邸に残っている。
その代わりと言ってはなんだがオイレンブルク侯爵家がパトロンになっている画家が来ており、アンネリーゼが馬達と戯れている姿を絵に残し、アレクサンダーへの交渉材料として献上しようという目論見らしい。
画家が素描をし始めてから一刻半が経ち、画家が一度木炭を置く。
「殿下、お辛くはございませんか?」
「大丈夫よ。この子が私を信頼してくれているのが感じられて嬉しいから苦じゃないの」
気遣う画家にアンネリーゼは笑顔で答える。
今、木陰で地面に座って休んでいるアンネリーゼの足には、それを枕にしながら白馬が横になって眠っている。
今は青毛と月毛の二頭はいないが、後日その二頭をアンネリーゼと白馬の近くに描き足すらしい。
「それにしても、お父様とお母様が絵の一枚でそんな簡単に許可を出すかしら…」
アンネリーゼが独りごちると、画家の素描を見ていたカミラが自信あり気に胸を張る。
「大丈夫ですよ!あのお二人がどれだけアンネリーゼのことを溺愛されてると思ってるんですか…アンネリーゼ様が昏睡状態だった時、公務以外の時はほぼ毎日足繁く通われていた程なんですよ?
そんなお二人が喜ばないはずがないですし、アンネリーゼ様と馬達が戯れる姿を実際に見てみたいと思うはずです!」
「そうだったら嬉しいわ…。んっ…んんーっ…はぁ、なんだか私も眠たくなってきてしまったわ…」
得意気なカミラの言葉に頷いたアンネリーゼは欠伸をし、瞼を擦る。
「申し訳ございません…もう少しで終わりますので、殿下はそのままお休みください」
「あっ、ではこちらをどうぞ」
「ん…ありがとう…暖かいわ…」
アンネリーゼはカミラからショールを受け取って羽織ると、平気と言いつつも余程疲れていたのかそのまますぐに眠りに着いてしまった。
その姿を見たカミラと画家は顔を見合わせて苦笑し、素描に修正を加える。
「ふむ…こちらの方が構図として良さそうですな」
「確かに、よりのんびりとした感じになりたしたね」
そして、描き上がった素描を見て二人が同時に頷く。
先程まではアンネリーゼが寝ている白馬を微笑みながら撫でている構図だったが、修正後はショールを羽織り気持ち良さそうに一緒に眠るアンネリーゼと白馬の絵に変わっている…そこには、互いに信頼し合うもの同士が見せる飾り気の無い自然な表情が見事に描写されていた。
素描が終わり、画家はまだ眠っているアンネリーゼを起こさないように静かに画材を片付ける。
アンネリーゼが寝てしまい手持ち無沙汰だったカミラも片付けを手伝っていたのだが、遠くから馬車の走る音が聞こえてそちらを振り返った。
「あれは…侯爵家の馬車ですかね?」
「そうですね。恐らく、侯爵様が来られたのでしょう」
「では、私はアンネリーゼ様を起こしてきます」
コンラートが今日同行していなかった理由を知っていたカミラは、アンネリーゼの肩を軽く揺すった。
「アンネリーゼ様、侯爵様が来られるようです」
「んっ…。ありがとう、カミラ…。
あら、この子はまだ寝ているの?本当によく寝る子だわ…大きくなりそうね」
目覚めたアンネリーゼはいまだ眠り続ける白馬の頭を優しく撫でて微笑む。
すると、到着した馬車からコンラートが降りて歩いて来た。
「殿下、今日はお供が出来ず申し訳ございませんでした」
「構いませんわ。この子と一緒にのんびり過ごせましたもの」
「本当にその子は殿下に懐いておりますな。
どうでしょう、良い絵は描けましたかな?」
「あら、そう言えばどうだったのかしら…途中で眠ってしまったから私もまだ見ていないわ」
アンネリーゼとコンラートからの視線を受け、画家は素描画に被せていた布を取って二人に見せた。
「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」
「ほう…これはまた見事だ。完成が待ち遠しい」
「えっ、待って…寝てる絵なの?」
二人の対照的な反応に画家とカミラが苦笑する。
「申し訳ございません殿下…あまりにも良い表情をしておられましたので修正をいたしました。おかげさまで良い絵が出来そうです」
「うむ…これは献上する物とは別に侯爵家用にも一枚欲しい。もちろん献上品の後からでよい…頼めるか?」
「承知致しました」
アンネリーゼが言葉が出せず口をぱくぱくとさせている間にとんとん拍子に話が進んでしまい、気付いた時には既に覆すない状況になっていた。
アンネリーゼは諦めて大きなため息を吐く。
「はぁ〜っ…せめて目立たない場所に飾ってちょうだいね…例え絵でも寝ている姿を人に見られるなんて恥ずかしくて生きていけないわ」
「勿体ないですな…こんなにも良い絵だといいますのに」
「そ!れ!で!も!よ!」
「し、承知致しました…」
コンラートは顔を真っ赤にしているアンネリーゼに笑いを堪えながら頷く。
皮肉にも、この時の絵が「魔女の素顔」と呼ばれ後に注目を浴び、高く評価されることを今はまだ誰も知らない。
「んんっ!…オイレンブルク卿、貴方がここに来たという事は何か分かったのかしら?」
アンネリーゼは恥ずかしさを誤魔化すように咳払いし、コンラートに尋ねる。
コンラートは片付けを終えた画家を下がらせ、居住いを正した。
「殿下…先程、調査に派遣した騎士達から昨日斥候が魔物の巣を発見し、本日討伐を行うとの報告が入りました。
別働隊が岩山の調査も同時に行なっているそうですので、早ければ明日にも結果報告が上がってくるかと思います」
「そう…討伐隊の人数と群れの規模はどう?」
「討伐隊は騎士20名、狼型の魔物は7頭とのことです。
別働隊は地質に詳しい者が1名、土魔法の得意な者が2名、同行している護衛の騎士が5名です」
「魔物の対処は大丈夫そうなの?」
「精鋭を揃え当たらせておりますので問題ございません。
それに、今回は殿下から魔物の種類をお聞きしておりましたので、万全の体制で向かわせることが出来ました…貴重な情報をありがとうございました」
「お礼を言われるにはまだ早いわ…まずは向かった者達全員の無事を祈りましょう」
アンネリーゼがそう言って目を伏せて祈る。
コンラートはその心遣いに感謝し、言葉には出さずただ深く頭を下げた。




