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18. 交渉

 「殿下、流石にわたくしも肝が冷えましたよ…」


 「はい、返す言葉もございません…」


 泣き止んだアンネリーゼは、白馬のいる馬房の前に用意して貰った椅子に座り、コンラートからお叱りを受けている。


 「馬にあのように近付いて驚かせてしまえば暴れ出すこともあり、下手をすれば怪我では済まなかった可能性もございます…。

 感情が昂る事は誰しもございますし、わたくしも多くは申しません…ですが、ご自身のお立場を理解して下さいますようお願いいたします」


 「貴方の言う通りです…本当に申し訳…って、こら!今真面目な話をしてるんだから待ちなさい!」


 頭を下げて謝罪しようとしていたアンネリーゼの上着の襟を、白馬が咥えて引っ張った。

 注意しても放す気配が無いため、アンネリーゼが上着を脱いで振り返ると、白馬は上着を咥えたまま首を上下に振り「遊べ」とアピールしていた。


 「はぁ…気が抜けてしまいましたな」


 「いえ、何かごめんなさいね…貴方からの忠告は肝に銘じるわ」

 

 「ご理解いただけたのであれば幸いです。

 ところで殿下…先程の様子を見るにこの子を知ってらっしゃるご様子でしたが、もしや例の件と関係が?」


 厩舎は密室ではないため、アンネリーゼの代わりにコンラートが防音魔法を展開する。

 

 「ありがとう、助かるわ」


 アンネリーゼはコンラートに礼を言い、白馬の頬を優しく撫でた。


 「前世で貴方から贈って貰ったのがこの子だったのよ…私が10歳の時、放牧中の事故で脚を骨折してしまって悲しい別れをしてしまったから、今世でもどうしてもこの子とまた会いたかったのよ。

 でも、7歳まで待っていたとして今世でもこの子が選ばれるか自信が持てなかったし、この子の最期に一緒にいてあげられなかったから、今度は私から迎えに来てあげたかったの…罪滅ぼしみたいなものね」


 「左様でございましたか…」


 「ねえ、この子をいただいても良いかしら?」


 「承知致しました…お届けにあがるまで責任を持ってお預かりいたします」


 「ありがとう…せっかく貴方が他の子達も紹介してくれたのに無駄にしてしまったわね。先に伝えておけば良かったのにごめんなさい」


 アンネリーゼが頭を下げると、コンラートは首を振って微笑んだ。


 「お気遣いいただきありがとうございます…わたくしも殿下の前世でのお話を聞き、この子を気にかけていただいた事を嬉しく思います」


 「今度もたくさん可愛がるわね。でも、他の子達も可愛かったのは本当よ?この子のことを覚えていなければ、きっと迷っていたわ…カミラも月毛の子を気に入っていたし、出来ることなら他の子達も一緒に迎えたいくらいだもの」


 「三頭ともでございますか…」


 「ちょっと待って!本気で悩まないでちょうだい!?」


 顎に手を添えて俯き悩み出してしまったコンラートに驚きアンネリーゼは慌てて止めたが、顔を上げたコンラートの表情は明るかった。

 それを見たアンネリーゼは心底後悔する。


 「この子は献上させていただき、他二頭を殿下ご自身が購入されるということであれば可能かと」


 「いえ、流石に三頭は…お父様達だって一頭しか所有していないのだし駄目ではないかしら」


 「歴代の皇族の方にも馬を複数頭所有しておられた方はいらっしゃいましたし、前例がないわけではございません」


 「でも、馬は安いものじゃないでしょう?維持費は何とかなるにしても、私自身が自由に出来るお金ってそんなに無いし難しいわよ…」


 「では、こういうのはどうでしょう?只今調査中の件がもし真実でございましたら、格安でご購入いただけるよう手配いたしますし、わたくしが陛下へ口添えいたします」


 「な、何でそんなに私に売りつけたいの!?」


 引き下がらないコンラートに気圧され、アンネリーゼは堪らず叫ぶように問いただした。

 別に怒っているという訳ではなく、このままではなし崩し的に購入する流れになりそうだったためだ。

 コンラートはその意図に気付きつつも白馬を見て優しく笑った。


 「わたくしには、殿下ならば馬を大切にしてくださるという確信があるからでございます。

 この地の領主であるわたくしが言うのも気が引けるのですが…この子達は生きております。このままここに残っても、貰い手が現れなければ繁殖にまわるのみです…それで本当に生きていると言い切れるでしょうか?

 出来る事ならば、良き主人の元で充実した馬生を送って欲しい…それがわたくしの願いでございます。

 それに、三頭全て献上することも可能ではございますが、殿下がただ気に入ったからというだけでは理由としては弱いですし、わたくしとの間に何か取引があったのではと邪推する者も現れるでしょう…それが、件の男である可能性もあります。

 ですので、殿下にご購入いただければ面倒ごとを避けつつ他の二頭も助かり、わたくしも嬉しく思います」


 コンラートに真っ直ぐ見つめられ、アンネリーゼはため息を吐いて苦笑し、白馬を撫でた。


 「オイレンブルク卿は商売上手なのですね…」


 「交渉もわたくしの仕事の内でございますので」


 目を伏せ思案したアンネリーゼが小さく頷く。


 「わかりました…私もお父様に話をしてみますから、貴方も口添えをお願いします。

 良かったわね、今回はお友達も一緒になりそうよ?」


 白馬はアンネリーゼに撫でられ、嬉しそうに顔を寄せている。

 コンラートはその姿に満足気に頷き、頭を下げた。


 「ご安心ください…全力で交渉にあたらせていただきます」


 「さてと、そろそろ皆のところに戻りましょうか?心配を掛けてしまったから謝りたいし、貴方に手玉に取られたって言ってカミラに慰めてもらわなといけないわ」


 「困りましたな…流石にわたくしも殿下の涙には敵いません」


 「ふふっ、本当にそうかしら?さてと、滞在中にまた会いに来るから良い子にしててね」


 アンネリーゼはコンラートに悪戯っぽく笑い、名残惜しそうに白馬を撫でる。

 白馬はそれに応えるかのように鼻を鳴らして馬房に奥に戻った。


 「アンネリーゼ様、落ち着かれましたか?」


 「ええ、心配を掛けてしまってごめんなさいね…ガーランドもありがとう」


 泣いていたアンネリーゼに気を遣ってカミラを連れ出してくれていたガーランドに礼を言い、アンネリーゼは青毛と月毛の二頭に目を向けた。


 「私ね、調査の結果とお父様次第にはなるけれど、三頭とも飼うことにしたわ」


 「えっ!?何がどうなってそんな流れになるんですか!?」

 

 「話が急すぎますよ殿下…」


 「侯爵に頼まれたのもあるけど、他の子達も可愛かったしね…まあ、二頭は私の自費での購入なのだけど…」


 「高そうな馬なのに…大丈夫なんですか?」


 「侯爵がお父様に交渉してくれるらしいし、格安で譲ってくれるそうよ」


 「だとしても…」


 尚も心配し不安気なカミラに対し、アンネリーゼは自嘲気味に笑う。


 「可愛いと思ったのも本当だし、迎えたいと思ったのも本当だもの…可愛いものには抗えないわ。

 それに、三頭いれば私達三人で遠乗りとかも出来ると思わない?そう出来たらきっと楽しいわ」


 気持ちを切り替えたアンネリーゼは前向きな未来を想像し、草を食んでいる二頭の馬達を眺め続けた。

 

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