17. 再会
「こちらが帝室へ献上しております品種の馬になります」
そう言ってコンラートが紹介したのは、体高は先程の軍馬と変わらないが、均整のとれた筋肉のつき方をし、軍馬に比べ脚が細い品種だった。
しかし、それらの違いよりもっとも目を惹くのは、その綺麗な毛並みと顔立ちだった。
「素晴らしいわ…なんて綺麗な馬なの」
「はい…私もこんな綺麗な馬は初めて見ました…」
アンネリーゼとカミラは言葉を失い、ガーランドも言葉は発さずとも目を奪われていた。
今の帝室で馬を所持していないのはアンネリーゼだけなのだが、まだ幼く事故の可能性を考慮し、帝室専用の馬房に近付くことを禁止されている。それに、帝室の面々は頻繁に馬に乗ることもない。
そのため、アンネリーゼの侍女であるカミラと護衛騎士のガーランドも、帝室に献上される馬を見たのは今日が初めてなのだ。
「この馬は厳選に厳選を重ねて交配させているため数も少なく、非常に希少な品種になります」
「選定から外れた子達はどうなるのかしら…」
アンネリーゼの表情に陰りが見えたのを察し、コンラートは安心させるように微笑む。
「選定から外れても繁殖であったり、献上した馬が何らかの理由で死んでしまった際に贈らせていただいております。
あとは功績を上げたり帝室の方々が認めた者に下賜されることもございますね」
馬は維持に非常に金の掛かる生き物であるため、場合によっては処分され食肉にされることもある。
それを気にしていたアンネリーゼは、コンラートの言葉に胸を撫で下ろす。
「そうなの?良かったわ…。それにしても、誰が貰ったのかしら」
「殿下がご存知の方でしたらヘルムート宰相やケンプファー辺境伯、後は有名な方では前騎士団長になります」
「剣聖様ですか!?あ…いや、申し訳ありません」
コンラートの言葉に声を上げたのは、意外なことにガーランドだった。
剣聖と呼ばれた前騎士団長は18歳という若さで騎士団最強の剣の使い手と呼ばれ、25歳で騎士団長となり、10年前に55歳という高齢になるまで騎士団長として勤め、帝国のために人生の大半を捧げ続けた武人である。
ヴァルドシュタイン帝国の騎士団長となるには統率力や軍略長けていることなども必要になるが、前任の騎士団長に一騎討ちで勝利することが伝統となっている…だがそんな中、生涯一度も負ける事なく年齢を理由に引退したのは、帝国史上剣聖ただ一人だ。
現在は故郷に戻り楽隠居の身となってはいるが、いまだに帝国民の間では絶大な人気と信頼を得ている生きた伝説のような存在だ。
「はっはっは!流石にガーランド殿は食いつきましたな!
いや、それも仕方のないことですな。あの御仁はこの国…いや、近隣諸国含めた全ての騎士にとっても憧れの存在だ」
「はい…。烏滸がましいとは思いますが、私もその一人でございました」
「あら、それは初耳ね…貴方はてっきり最強とかそういうものには興味が無いものだと思っていたわ」
「男なら誰だって一度は憧れるものなんですよ!いい感じの棒で決闘ごっことかやるもんなんです!」
アンネリーゼに揶揄われたガーランドは顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに顔を背けた。
「殿下、文官であるわたくしも剣聖様には憧れておりましたし、あまり揶揄ってはガーランド殿が可哀想です」
「ふふっ、そうね。ごめんなさい」
コンラートにフォローされたガーランドが小さくため息を吐いて肩を落としたのを確認して苦笑し、アンネリーゼはもう一度放牧地に目を向けた。
「ところでオイレンブルク卿、選定していた子ってどの子かしら?」
「今からお連れしますので是非近くでご覧ください」
コンラートが三人の使用人に指示を出すと、まず一人が馬を引いて戻ってきた。
ーーこの子では無いわ…でも、綺麗な子。
連れて来られたのは、濃い青みを帯びた黒い馬だった。
「こちらが一頭目になります。青毛の牡馬で、殿下とは対照的な色合いではありますが非常に美しい毛並みを持っており、性格も落ち着いております」
「カッコいいわね…」
「はい、アンネリーゼ様が乗ったら映えそうです」
落ち着いているとの言葉通り、その馬はアンネリーゼが額を撫でると気持ち良さそうに大人しく撫でられている。
カミラも恐る恐る手を伸ばして撫でたが、まったく動じていなかった。
「次はあちらです」
ひたすら撫で続けていたアンネリーゼは、コンラートの声に我に返り指差された方を見て驚いた。カミラとガーランドも目を丸くしている。
「驚いたわ。馬にも金色の毛並みの子がいるのね…初めて見たわ」
「こちらは月毛と言われる毛色になります。
この色そのものが非常に珍しく、わたくしも長く馬を見て来ましたがこの毛色はこの子を含め二度しか見た事がございません。
陽の光を受けて輝く毛並みはとても美しく、幻想的でございます。
この子も牡馬ではありますが、性格は少々やんちゃと申しますか、構って欲しくてよくイタズラをしてきます」
そう説明しているコンラートは、その馬に上着の袖を引っ張られて苦笑している。
「この子も可愛いわね」
「はい!やんちゃなところが可愛いです!」
カミラはその馬が気に入ったのか、撫でくりまわしている。
馬も馬でそれが嬉しいのか、カミラに顔を寄せて甘えるような仕草をみせた。
「人馴れしてる子が多いのね」
「そのような性格の子を選んでおります」
「この子で最後かしら?確かもう一人探しに行ってたわよね?」
「いえ、あともう一頭いるのですが…」
コンラートがそう言って最後の一人を探していると、先程の使用人が厩舎から走って戻ってきた。
「旦那様、遅くなり申し訳ございません…」
「何か問題があったのか?」
「問題と言いますか、放牧地内で見当たらなかったので厩舎を確認しましたら、自分で戻って寝ていたようでして…」
使用人の言葉を聞いてコンラートが額に手を当てて空を仰いだ。
「殿下がお越しいただいている日に限ってあの子は…」
「ぷっ…!あはははは!あー可笑しい…!」
コンラートの焦る姿と思い出に残る愛馬の姿を思い出し、アンネリーゼは堪え切れずに声を上げて笑い出した。
ーーあぁ、良かった…絶対にあの子だわ!
「申し訳ございません…大人しく物怖じしない性格ではあるのですが、のんびりしていると言いますか非常にマイペースな子でして」
「可愛くて良いじゃない?是非会ってみたいわ!」
「承知致しました。ご案内いたします…」
見るからに恥ずかしそうにしているコンラートに笑いを堪えながら厩舎に向かう。
「一番奥の馬房になります…」
「ありがとう…。あぁ…あの子ね…」
アンネリーゼが馬房を覗き込むと、そこには寝藁に横たわり寝息を立てている白い馬がいた。
ーーあぁ…貴女に会いたかった…!
「殿下、お待ちください!」
アンネリーゼは身体が勝手に動いていた。
やっと会えた愛馬を前に我慢が出来なかった。
既にコンラートの制止する声は聞こえておらず、アンネリーゼは馬房に入りゆっくりと白馬に近付き膝を折る。
白馬は人の気配に気付き顔を上げ、アンネリーゼを見た。
「おはよう…よく眠れたかしら?」
白馬は優しく声を掛けてくるアンネリーゼをただ見つめ続けている。
「私ね、貴女に会いに来たのよ…」
アンネリーゼは構わず話かける。
言葉を理解しているかなど関係なく、ただ聞いて欲しかったのだ。
「会いたかったわ…ずっと…ずっと貴女に会いたかった」
そう言ったアンネリーゼの瞳からは涙が零れていた。
あの日喪ってしまった愛馬に再び出会えた事に感情が溢れ出し、アンネリーゼは両手で顔を覆い、膝を付いて涙を流した。
「殿下…」
コンラートは泣きじゃくるアンネリーゼの姿に言葉を失い、ただ立ち尽くしている。
すると、白馬が立ち上がってアンネリーゼに顔を寄せた。
その様子はまるで優しく気遣うような、寄り添うような仕草だった。
「ぐすっ…あぁ…やっぱり貴女は優しい子だわ…」
アンネリーゼは寄り添う白馬の額に頬を寄せ、愛おしそうに抱きしめる。
白馬は嫌がる素振りもみせず、アンネリーゼが落ち着くまでそのまま守るように寄り添い続けた。




