15. 密談
先程のメイドに案内され、応接室に通される。
室内には豪華な装飾品などはなく、されども決して侯爵家の品位を貶めない見事な部屋にコンラートの人柄が窺える。
アンネリーゼ達が案内されて程なくして、コンラートも現れた。
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
「いえ、貴方も忙しいはずなのに時間を割いて貰ったのは私の方なのだし気にしないで」
「お気遣い感謝致します。まあ、とは言いましても今年は殿下に贈らせていただく馬の選定がありましたので、本格的に夏になるまではこちらでの仕事が主でございました」
「あら、ではちょうど良い時に伺えて良かったわ」
「ええ、もしご連絡いただいたのが初秋の頃でしたら既に選定が終わっており、わたくしもこちらを離れておりましたので、殿下のご希望に沿うのは難しかったかもしれません」
「いつも貴方自ら選定をしているの?」
アンネリーゼが首を傾げて尋ねると、コンラートは苦笑しながら頷いた。
「ええ…やはり皇室の方々に献上するものですし、他の者達に任せてばかりというわけにもまいりません。
まあ、わたくし自身も馬が好きですので、この時期は生まれたばかりの子馬に癒される絶好の機会でもございますね」
「それは羨ましいわ。こちらに伺う道中で、私と侍女も子馬に会うのが楽しみと話していたのよ…ね、カミラ?」
「お恥ずかしながら…はい…」
わざわざ振り返ってまで確認され、カミラは耳まで真っ赤にして俯く。
それを見て、アンネリーゼとコンラートは揃って破顔一笑した。
「はっはっは!これは、明日は是非とも会っていただきたいですな!」
「恥ずかしいことなんてないのに…可愛いものは正義なのだから、愛でたい欲望に駆られても何ら恥ずかしがる必要はないわよ」
「はい…恐縮です…」
肩を竦ませて小さくなってしまったカミラに笑いを堪え、コンラートは居住いを正してアンネリーゼを見た。
「殿下、わたくしに何かご用がおありのようですが、お聞かせ願えますでしょうか」
「そうね…このまま話に花を咲かせるのも悪くはないのだけれど、それではわざわざ私自らこちらに赴いた意味が無くなってしまうものね」
アンネリーゼは指を鳴らして防音魔法を展開する。
コンラートはそれに気付き驚愕した。
「なっ…これは防音魔法!殿下は魔力が枯渇したはずでは!?」
「ふふふっ…この反応も三回目ね?」
アンネリーゼが笑うと、後ろに控えていたカミラとガーランドがバツが悪そうに顔を背ける。
二人の様子を見て察したのか、コンラートは咳払いをしてソファに座り直した。
「殿下には、魔力を隠さねばならない程の理由がお有りということでしょうか…それも、両陛下にも秘密にせねばならないほどの理由が」
「ええ、今からする話は絶対に他に漏れてはいけないから保険を掛けさせて貰ったの。
でも、私の話を聞いてもすぐには信じられないと思うわ…特に貴方は職務上正確な情報の重要性を理解しているでしょうから、根拠無く信じることは出来ないでしょう?
だから、貴方が信用に足ると思えるよう、後でこの侯爵領において貴方がまだ知り得ていない情報を二つ教えるわ。
恐らく、どちらも私が滞在している間に確認出来ると思うから、その結果を見て判断して貰って構わないわ」
その言葉にコンラートが頷くのを待ち、アンネリーゼは話始める。内容はカミラとガーランドに話したものと同じだ。
コンラートは話が進むにつれて表情が険しくなると同時に、内心非常に困惑していた。
コンラートは外務卿として他国の情勢にも詳しく、更には諜報も担っている…その上で、今現在ベルタン側に怪しい動きが見られていなかったからだ。
アンネリーゼは話を終え、コンラートの答えを待つ。
「ひとつお聞かせ願えますでしょうか…」
「どうぞ」
「お話いただいた中に出て来た裏切り者であろう人物…敢えて名を伏せておられるのですよね?」
「ええ。貴方にも、後ろの二人にもそれが誰かは明かしていないわ」
「懸命なご判断です殿下…。
その者はその日まで誰にも気付かれず、今現在でも裏切るような動きは見せておりませんし、わたくし共もそのような者がいることを把握出来ておりません。
その者が周到に用意していたのは確かでしょうが、推察するに余程位の高い位置におり…」
「コンラート…」
「…はっ!も、申し訳ございません!殿下のお心遣いを無碍にしてしまうところでございました。重ねてお詫びいたします…」
コンラートはアンネリーゼに名で呼ばれ、慌てて謝罪する。
アンネリーゼは苦笑しながら頭を下げ続けるコンラートの肩に手を置いた。
「完璧な人などいないもの…もしその者の名を知ってしまった場合、心では理解していても、いざその者を前にして冷静でいられるかは分からないし、警戒していることを気取られる可能性もあるわ…だから、今後その者について考える事も調べる事も禁じます。
ただし、もし貴方が私に協力すると決めた折には、国内全ての貴族家や資産家などの調査を今まで以上に徹底して貰うわ。それであればその者も自分だけが疑われている訳ではないと私の死に戻りに対する警戒もされないでしょうし」
「はっ、心得ております」
「では、貴方にこれからこの侯爵領で起こることを二つ教えるわ。それらを調査し、その結果を見て私に協力するか決めてちょうだい」
コンラートが頷くと、アンネリーゼは地図を取り出してテーブルに広げた。
「侯爵領の北東、馬で三日の位置に森があるわよね?」
「はい…今は森の側に村を作り、開拓中でございます」
「その村、5年後に壊滅するわ」
「なっ…!?り、理由をお聞かせください…」
「森の奥に大きな岩山があるでしょう?その少し手前のところに狼型の魔物の巣があるの…このまま開拓が進めば、魔物の巣に近づき過ぎて村の存在を気取られ、5年後には村が襲われる…だから、今のうちに騎士を向かわせて調査及び討伐する事をお勧めするわ。恐らく、今ならまだ群れも小さいはずだから」
「すぐにでも向かわせます…」
「なら、一緒に地質に詳しい者と土属性の魔法に長けた者を同行させて岩山を調べさせた方が良いわね。
前世では、村が壊滅して魔物を討伐した後に、岩山の中腹あたりでミスリルの鉱床が見つかったわ。どちらも当時凄く騒がれたから覚えていたの」
「村民の件は心苦しいですが、それはなんとも我が領にとってはことですな…では、すぐにでも人を募り、急ぎ部隊を編成し向かわせます」
「あと、これは貴方自身に関する事なのだけれど、ミスリルの鉱床が発見された翌年、貴方は公務中の馬車の事故で命を落とすわ…だから、細心の注意を払って欲しいの」
「鉱床が発見された翌年…ということは、事故ではない可能性が?」
「ええ…。貴方には確か子息が二人いたわよね?どちらが継ぐにせよ、貴方が不慮の事故で亡くなれば、引継ぎも出来ていない次期侯爵では鉱床の採掘にまでは手が回らないでしょうし、採掘が遅れることで国内外問わず得をする者達もいるでしょう。事故か事故でないかに関わらず、移動の際は気を付けた方が良いわ」
「ご忠告しかと承りました。お気遣いいただきありがとうございます」
「疑わないのかしら?」
そう問いかけると、コンラートは苦笑しながら肩を揺らした。
「本来ならばとても信じられない話ではございますが…実は、先程殿下が仰られた村は出来てまだ日が浅く、まだ皇帝陛下ですらその存在を知らぬのですよ。
それなのに、殿下はその村のことをご存知でいらっしゃいました…それだけで疑う理由は無くなってしまいました」
「あら、そうだったの?私もうろ覚えだったものだから…。でも、それで信じて貰えたのなら私としては良かったわ」
そう言って笑ったアンネリーゼは、すぐに居住いを正しコンラートを見据える。
「オイレンブルク卿…侯爵領にとってミスリルの鉱床は多大な利益に繋がる大事な物ですが、人には代えられません…そして、それは貴方自身にも言えることです。
私は帝国に暮らす全ての人を愛しています…どうか皆を、ご自身をお守りください」
「殿下のお心承知致しました。御意のままに」
「では、あとは貴方にお任せします」
「はっ!では結果が判明次第すぐにご報告いたします」
アンネリーゼはコンラートの言葉に満足気に微笑んで頭を下げ、応接室を後にした。




