14. 侯爵
アンネリーゼがアレクサンダーに頼み込み、伝書鳩を使いヘルムートがオイレンブルク侯爵へ送ったその返事が返って来たのは3日後だった。
侯爵はアンネリーゼが馬を選ぶ為に直接自領に訪れると知って大層喜び、わざわざ公務などの予定を調整するのですぐでも構わないとの返事に、あまり後に押して侯爵の公務が滞るのは申し訳ないと準備が整い次第発つことになった。
もちろんその旨をもう一度伝書鳩を送って確認し、了承を得たうえでの出発だ。
オイレンブルク侯爵領は帝国北部に位置しており、帝都からは道中途中の村や街での休憩や宿泊を行い、片道六日の距離にある。
今回は侯爵領に7日間滞在する予定のため、往復19日間の行程になる。
今回侯爵領に行くのはアンネリーゼ、侍女のカミラ、護衛騎士のガーランド、追加で護衛に就いた騎士が3名、それと馬車の御者の計7名だ。
「本当に迷惑ではなかったかしら…ねえカミラ、本当に大丈夫よね?」
侯爵の了承を得たとは言え、急な訪問である事を気にし、アンネリーゼは帝都を出発してからというものずっとソワソワとしている。
「アンネリーゼ様、私はもう聞き飽きました!一日一回必ず言ってるじゃないですか!?後少しで侯爵家に着くんですからいい加減自信を持ってください!」
「そうは言っても…」
先触れも出し、あと四半刻程もすれば侯爵家へ到着するというのに尚も頭を抱えるアンネリーゼを見て、カミラは呆れ果てていた。
開いている馬車の窓から、2人の様子を見ていたガーランドが苦笑しながら顔を覗かせる。
「殿下、カミラ殿の言う通り大丈夫ですよ」
「何でそう言い切れるのよ…」
「歓迎しない理由が無いからですよ。だって、殿下がご自身の意思で初めて訪れるのが自分の領ともなれば光栄なことですから。それに、自尊心や名誉を重んじる貴族にとって、今回のような訪問は特別な意味を持つでしょうしね」
「特別な意味?」
「だって今回は馬に関する訪問です。自身の領の特産である馬を求められ、しかもそれは他領では担えないものですから、侯爵家に箔をつけつつも他の貴族家とも軋轢が生じにくいという、当にオイレンブルク侯爵にとっては損になる要素が一切無い訪問なんですよ」
「ありがとうガーランド、少し自信がついたわ」
「いえいえ、お役に立てて光栄です殿下」
ガーランドは目を伏せて一礼し、馬に指示を出して元の位置に戻る。
何とか落ち着きを取り戻したアンネリーゼに安心したカミラは窓の外を眺める。
「それにしても、本当に馬が多いですね」
「それはそうよ。ここの畜産農家は牛、羊、鶏だけじゃなくて農耕馬や荷馬車用の馬を生産育成しているもの」
「侯爵家は皇室に贈る馬と騎士用の軍馬でしたっけ?」
「ええ。あと、それとは別に少数だけど諜報用に足の速い馬をブリーディングしているそうよ。
色々と見れたら嬉しいけれど、今の時期は春に生まれたばかりの子馬が見れるでしょうから楽しみだわ」
「それは見てみたいです!普段は成長した馬しか見れませんし!」
自分よりも楽し気にしているカミラを見てアンネリーゼは苦笑する。
「皇女殿下、侯爵邸が見えて参りました」
「そう、ありがとう。貴方もお疲れ様でした」
伝えてくれた御者は顔だけを向けて目を伏せて礼をし、馬車の速度を落とす。
侯爵邸の門をくぐると館の前のロータリーで止まり、御者が扉を開ける。
扉の前には既にガーランドが待っており、アンネリーゼは差し出された手を取りタラップを降りた。
ガーランドに礼を言い館に目を向けると、入り口には使用人たちが整列し、その前には白髪混じりの髪を後ろに流した細身の紳士が恭しく頭を下げていた。
「アンネリーゼ殿下、この度は当領地をご訪問いただき幸甚の至りに存じます。
わたくしはオイレンブルク家当主コンラートと申します。
馬以外何もないところではございますが、是非ごゆるりとお寛ぎください」
「オイレンブルク卿、出迎えありがとうございます。お久しぶり…と言った方がよろしいかしら?」
アンネリーゼが苦笑しながら問いかけると、コンラートは微笑んで首を振った。
「わたくしが殿下と最後にお会いしたのは、殿下がお生まれになられた年でしたので、初めましての方がしっくりくるかもしれませんな」
「ふふっ、では初めまして。この度は急な申し出にも関わらず快く受けて下さり感謝していますわ」
「勿体なきお言葉でございます。我が領の馬に興味を持っていただき、殿下自らお選びになられたいと聞き嬉しく思います。
長旅でお疲れでしょう。お部屋に案内致しますので、今日はゆっくりとお休みください」
「お気遣いありがとうございます。もしよろしければ後程お時間を頂きたいのですが…」
「左様でございますか。では、ご支度などもあるでしょうし、ご用意が出来ましたら近くの者にお申し付けください」
侯爵邸の使用人に案内され、部屋に着いたアンネリーゼは椅子に腰掛け一息吐く。
カミラはアンネリーゼの荷物を手際よく片付け、自分の荷物を扉続きの隣の部屋に置いて戻ってきた。
ガーランドは他の3名の騎士達と共に侯爵邸内にある兵舎に行き、後程合流することになっている。
「そう言えば、どのようにお話をされるおつもりなのですか?」
「普通に話しても信じては貰えないでしょうし、まずは私が知っている侯爵領と、侯爵自身に関する情報を渡すつもりよ」
「そんなものがあるんですか!?」
「ええ…」
カミラが驚いて声を上げたのと同時に、部屋の扉がノックされメイドに案内されたガーランドが合流する。
「それは後で侯爵に話す時に教えるわ。
ねぇ貴女…オイレンブルク卿に支度が出来たと伝えて貰えるかしら?」
「かしこまりました。お伝えして参りますので少々お待ちください」
メイドは恭しく頭を下げ、部屋を後にする。
「ガーランド、侯爵に会う時は念の為剣はこの部屋に置いて行きなさい…敵意が無いことを理解してもらわないといけないし」
「承知いたしました」
「さっきのメイドが戻って来たらすぐに行きましょう」
アンネリーゼの言葉に二人は深く頷いた。




