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13. 我儘

 「あの…アンネリーゼ様、お楽しみのところ申し訳ないのですが、ひとつよろしいでしょうか?」


 カミラはいい感じの棒をうっとりとご満悦の表情で眺めながら歩いているアンネリーゼを呼び止めた。

 

 「何かしら?」


 「剣術も良いのですが、6歳になられましたしそろそろオイレンブルク侯爵家の件を進められた方が良いのではないでしょうか…」


 「あ…確かにそちらを優先した方が良いかもしれないわね」


 「やっぱり忘れてらっしゃったのですね…」


 アンネリーゼは呆れるカミラの視線から逃れるように目を逸らす。

 すると、話の内容を理解出来ていないガーランドが手を挙げた。

 

 「オイレンブルク侯爵家がどうかしたんですか?」


 「えっとね、皇室の子は7歳になったら侯爵家から馬を贈られるでしょう?でも、ただ贈られるのではなくて自分で選びたいの。

 あとは色々と頼み事もあるし、出来れば直接会って話したいのよ」


 「そういう事ですか…それなら確かに侯爵領に直接行った方が都合が良いですね」


 オイレンブルク侯爵との接点が無いはずのアンネリーゼが頼み事があると言ったことの意図を察し、ガーランドは頷いた。


 「でしょう?さてと、なら善は急げね!お父様に我儘を言いに行きましょう!今くらいの時間なら執務室だしちょうど良いわ!」


 ーー今ならあの男もいないでしょうしね。


 言うが早いか、アンネリーゼは持っていたいい感じの棒を植木の間に隠すと、アレクサンダーのいる執務室に向かって歩き出す。


 「いい感じの棒隠しましたね…」


 「たぶん、後で迎えに来るつもりなんだろうな…」


 カミラとガーランドは呆れて溜息を吐いたが、諦めてずんずんと進むアンネリーゼの後を追った。


 「お父様、失礼いたします」


 「む…アンネリーゼか、入りなさい」


 アンネリーゼが執務室の扉をノックし声を掛けると、中からアレクサンダーの声が聞こえた。

 カミラとガーランドは部屋の外に待機させ、アンネリーゼだけが中に入る。


 「お父様、我儘を言いにまいりましたわ!あ、ヘルムート宰相もいらっしゃったのですね…お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございませんでした」


 「いえ、構いませんよ。アンネリーゼ様は今日もたいへんお元気でいらっしゃいますね」


 そう言って笑ったのは、アレクサンダーを公私共に支えている宰相のヘルムート公爵…若くして宰相職を務める非常に優秀な男だ。

 アンネリーゼの事も生まれた時からよく知っているため、限られた者達の前ではこうして娘や姪のように接している。

 アンネリーゼとヘルムートが和かに挨拶を交わしていると、アレクサンダーが深い溜息を吐いて目を通していた書類を机に置いた。


 「またか…次は何をねだる気だ?」

 

 「あら、心外ですわお父様…それではまるで、私が頻繁に無駄遣いをしているかのような物言いですわね?」


 「むしろ余はそちらの方が気が休まるのだがな…」


 アンネリーゼは魔力暴走を起こす前も起こした後もあれが欲しいこれが欲しいと物をねだったことはないのだが、魔力暴走を起こした後からはトレーニングがしたいなど金銭的なものは無くとも皇女にあるまじき要求をしているため、アレクサンダーは頭を抱えているのだ。


 「アレク、そう言わずに聞いてやれば良いじゃないか。こうやって我儘を言ってくれるなんてまだ可愛いものだろう?父親冥利に尽きるというものだよ」


 「はぁ…して、今日は何を要求するつもりだ?」


 ヘルムートに諭され、アレクサンダーは気乗りしない様子で頬杖をつきながらアンネリーゼに尋ねた。

 気の置けない間柄のヘルムートの前だからこそ見せる姿ただろう。


 「今日はオイレンブルク侯爵家へ行く許可をいただきたくて参りました」


 「詳しく申してみよ」


 アレクサンダーは姿勢を正し、アンネリーゼを真っ直ぐ見据える。

 ヘルムートも意外な要求に驚いた表情を浮かべてアンネリーゼを見た。


 「私も6歳になりましたし、来年にはオイレンブルク侯爵家から馬を贈っていただけるかと思います」


 「うむ。その件については既に侯爵に正式に依頼し、近々選定を行うと報告を受けている…何か問題でもあるのか?」


 アンネリーゼはその言葉に首を振り笑みを浮かべ、アレクサンダーを見つめ返した。


 「問題などあろうはずがございません…ただ、叶うならば私自身が直接侯爵領へ赴き、馬を選びたいのです」


 「何故そうしたいのか理由を聞いても?」


 「理由は単純ですわ。私がこの先長い時間を共にする子ですもの…出来れば私自ら選び、迎えてあげたいのです。

 私は、馬とは人を運ぶ役割だけでなく、最良の友にも家族にもなれる存在だと思っております…なればこそ私自ら選び、友として、家族として迎えてあげたいのです」


 「ふむ…どう思うヘルムート?」


 アレクサンダーは指先で机を叩きながら思案し、傍に控えていたヘルムートに尋ねた。


 「私はよろしいかと存じます。殿下が仰った通りご自身で直接行かれて選ばれた方が相性なども分かるでしょうし、何より早いうちに馬と触れ合い慣れていれば、迎えた際にも安心出来るかと愚考いたします」


 「良かろう…ヘルムート、オイレンブルク侯爵に選定はアンネリーゼが直接赴き行うと文を出しておけ」


 「かしこまりました…侯爵の都合の良い日取りなども確認し、追ってご報告致します」


 「お父様、ヘルムート宰相、許可してくださりありがとうございました。では、私はこれで失礼いたします」

 

 アンネリーゼが頭を下げて退室すると、アレクサンダーとヘルムートは二人揃って溜息を吐いた。


 「いつもこのような頼みであれば余も助かるのだがな…」


 「そう言ってやるなよアレク…素晴らしいことじゃないか?奉公や徒弟に出る前の世の6歳なんてまだ遊びたい盛りだろう?それを考えればアンネリーゼ様は立派なもんさ」


 「だがな、こうもしっかりとし過ぎていると寂しく感じてしまってな…。子供の成長を願ってはいても、いざそれを実感してしまうとなぁ…」


 「アレク、それは贅沢な悩みというものだよ…まあ、アンネリーゼ様はしっかりしていてもまだ子供なんだし、君の手を離れるまでにはまだまだ時間があるさ」


 二人はアンネリーゼの姿を追うように扉を見つめながら苦笑した。

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