12. 聖剣
春が訪れ、6歳になったアンネリーゼは色とりどりの花が咲き誇る庭園を散策している。
6歳になると同時に淑女教育も始まった。
アンネリーゼは前世ですでに済ませているため完璧に熟せる自信はあるのだが、習得に時間を要する語学などの誤魔化しが効かないものに関しては手を抜く必要があるため、逆に塩梅が難しく非常に苦戦を強いられていた。
今は午前中にやるべき事を全て済ませ、息抜きに春を満喫しているところだ。
「春って良いわよね。すぐに眠たくなることを除けば…」
一通り花を見て周り、アンネリーゼはガゼボに備え付けられた長椅子に腰掛けて愚痴をこぼす。
「どうしたんです急に…」
「一度済ませている事をやってるとね、長時間集中力を維持出来ないのよ…。せっかく先生方が指導してくださってるのに、居眠りをしてしまいそうで余計に集中が出来ないのよね」
「ああ、分かります…俺も欠伸が止まらなくて…」
「いや、仮にも護衛騎士の貴方がそんなことでどうするのよ…ふあっ…ああもう、欠伸が移っちゃったじゃないの」
アンネリーゼは盛大に欠伸をしたガーランドをジト目で睨んだが、釣られて欠伸をしてしまい、恥ずかしさで頬を染める。
「まあ、こんなに暖かければ仕方がない気もしますね。
どうされます?少しお昼寝をされるなら私の膝をお貸ししますよ?」
アンネリーゼの隣に腰掛けていたカミラが自分の膝を軽く叩いて微笑んだ。
その誘惑に負けて横になろうとしたアンネリーゼだったが、首を振って椅子から立ち上がった。
「危なかったわ…今寝てしまったらお昼からのやる気が無くなるところだったわ」
膝枕を拒否され、カミラは肩を落とす。
「良いんじゃないですか?身体はまだ6歳なんですし」
「そうもいかないわよ…ちゃんとやらないとお父様達に我が儘を聞いて貰えなくなるじゃない」
「アンネリーゼ様って結構面倒くさいですよね…子供扱いされたら不機嫌になるくせに、子供の特権を全力で行使しますし」
アンネリーゼはガーランドの言葉に頬を膨らませて瞳を潤ませると、カミラの胸に飛び込んだ。
「カミラ、ガーランドが虐めるわ!」
「ガーランドさん…騎士団長に言いつけますよ?」
「ズルくないそれ!?」
「ふふん!可愛さも立派な武器になるのよ!」
そう言ったアンネリーゼは舌を出し悪戯っぽく笑うと、立ち上がって伸びをした。
「さてと、もう少し見て回ってから戻りましょうか?」
「次はあちらに行ってみませんか?」
「あら、どっちかしら…ん?何かしらあれ…」
カミラに促された方向を見たアンネリーゼは、何かを見つけて駆け寄ると、それを手に取った。
「こ…これは!」
「ただの木の枝ですね…」
アンネリーゼは興味なさげなカミラに驚愕し、手にしていた木の枝を落としてしまったが、慌てて拾い直した。
「貴女…これが何か分からないの!?」
「いえ、ですからただの木の枝…」
「ガーランドは分かるわよね!?」
「ふふふ…俺にはアンネリーゼ様が言わんとしている事が分かりましたよ…それは、いい感じの棒ですね?」
「見事よガーランド…先程の私に対する発言は許します」
「ありがとうございます」
アンネリーゼとガーランドは目と目で通じ合う。
「あの…いい感じの棒とは木の枝とは違うのですか?」
「全然違うわ!良いかしら?いい感じの棒というのは、長さ、太さ、手の収まり具合などがちょうど良いサイズの棒の総称よ!男は皆、子供の頃に自分なりのいい感じの棒を持ち、騎士ごっこをしたり冒険をしたりするらしいわ…。
いい感じの棒とは、幼少期の男性にとってはただの棒に非ず…聖剣と言っても過言ではないのよ!」
アンネリーゼはいい感じの棒を高々と空に掲げて得意げにカミラを見ている。
「ガーランドさん、本当ですか?」
「あながち間違いではないですね…俺もやってましたし。
たぶん、皇帝陛下もやっていたんじゃないですかね…まあ、あそこまでの熱意を持っていたかは分かりませんが」
ガーランドとカミラの視線の先では、アンネリーゼが楽しそうにいい感じの棒を振り回している。
「アンネリーゼ様、危ないので捨てましょうよ…」
「何を言っているの!こんなにいい感じの棒とはそうそう出逢えないのよ!?一期一会と言っても過言ではないわ!!それを捨てるなんて…何て酷なことをいうの!?」
「アンネリーゼ様がその棒をたいそうお気に召されてらっしゃるのは理解しましたけど、本当に何に使うんですか…」
「お父様に見せて、剣を習いたいとおねだりするわ!」
「いや、無理だと思いますが…」
「何故!?こんなにいい感じの棒なのよ!?」
「それを持って行くより、普通にいつも通り言いくるめた方が成功率高いんじゃないですかね…というか、剣を習いたいんですか?」
「そうよ?剣術ならただ走ったりするよりも心身ともに鍛えられるし、何より身を守る術は身に付けておいた方が良いでしょう?」
剣術はアンネリーゼが以前からやりたいと思っていたものの一つだ。
ただ身体を動かすだけではなく、剣の腕を磨き、他者との手合わせなどを通じることで精神に負荷を掛け、魔力の増幅にも繋げたいと考えていたのだ。
剣術を習いたいとどの様にアプローチしようかと長く悩んでいたのだが、今日、偶然にもいい感じの棒と運命の出会いを果たしてしまった。
その棒を持ち、剣に興味があることを暗に匂わせ、おねだりをしよう…というのが、アンネリーゼの脳内で立てられた計画だ。
何としても権利をもぎ取ると誓い、アンネリーゼはいい感じの棒を高らかに掲げた。




