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10.騎士

 騎士団の訓練場の片隅に、五人の騎士が横一列に並んで立っている。

 その中の一人、ガーランドは緊張した面持ちで冷や汗を流していた。

 彼の目の前には淡い金髪を持ち、ダークブルーの瞳を持つ少女が、他の騎士達には目もくれず、瞳を爛々と輝かせながらガーランドを見ている…ヴァルドシュタイン帝国第一皇女アンネリーゼだ。

 訓練中に騎士団長に呼ばれ、特に説明もなく並ばされ、突如現れた一介の騎士にとっては雲上の存在であるはずのアンネリーゼに熱い視線を向けられているのだ。緊張しないはずがない。


 ーーひぃぃぃっ!何で俺を見てんの!?俺以外にもいるんだから早くそっちに行ってくれ!!


 極力目を合わさないようにと顎を上げていた空を見つめていたガーランドだったが、一瞬だけ視線を下に向けてしまい、その瞬間バッチリとアンネリーゼと目が合ってしまった。

 アンネリーゼは嬉しそうににこりと笑うと、騎士団長を振り返る。


 「やっぱり彼が良いわ!」


 「はっ…殿下がよろしいのであれば構いませんが…本当にガーランドを選ばれるのですか?奴は腕は立ちますが態度に少々難がありまして…」


 「知ってるわ!でも、私は彼が良いの…」


 そう言ったアンネリーゼは一瞬懐かしむ様などこか悲しげな表情を浮かべ、その5歳とは思えない大人びた表情にガーランドは見入ってしまった。



 ***



 場所を移しましょうと提案され、ガーランドは状況を理解出来ないままアンネリーゼの自室に通されると、席に案内され紅茶を出される。

 アンネリーゼが紅茶を一口のみ、ガーランドに焼き菓子の乗った皿を差し出し微笑んだ。


 「どうぞ、遠慮しないで食べて」


 「あ、はい…ありがとうございます…」


 ガーランドは戸惑いながらも焼き菓子を手に取り、一口齧った。


 ーー味がしねぇ…。


 第一皇女が食す程の菓子だ。本来なら、騎士の家系に生まれたとはいえ、一介の騎士であるガーランドではそうそう食べる機会などないだろう。

 だが、今は極度の緊張で味を感じることが出来ず、口の中の水分だけが持っていかれる。

 アンネリーゼはそれに気付いたのか、くすくすと笑い紅茶を勧めた。


 「ふふっ、急な事でごめんなさいね」


 「い、いえ…」


 そう短く答え、ガーランドは口の中を潤す。

 その様子を優しく見守っているアンネリーゼに、ガーランドは意を決して尋ねる。


 「あの…皇女殿下、俺が…いえ、私が呼ばれた理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」


 「貴方には、私の護衛騎士になってもらいたいの」


 そう答えたアンネリーゼは、紅茶を飲んで微笑んだ。

 それに対し、ガーランドは見るからに表情が真っ青になる。


 「わ、私が皇女殿下の護衛騎士ですか…」


 「ええ、そうよ。この国の皇族の子息や子女は、5歳から10歳までの間に自身の侍女と護衛騎士を自ら指名するのだけど、それは知っているわよね?」


 「はい…」


 「これは、人を見る目を養うためであると同時に、自身が選んだ者達に対する責任を持つことを身に付けさせるためなの。貴方達の失敗は私の管理不足になるし、私の失敗は貴方達の主人を補佐する能力が不足していると捉えられるわ…いわゆる運命共同体みたいなものね。

 だからこそ、侍女と護衛騎士を指名する時は能力を見たりと与えられた期限ギリギリまで悩むのだけど…」


 そこまで言ったアンネリーゼは悪戯っぽく笑い、ガーランドを見る。


 「人を能力だけで見るのってつまらないと思わない?」


 「へっ?」


 「だって、どんなに素晴らしい能力を持っている人を選んだとしても、人と人との繋がりには相性ってあるでしょう?

 どんなに優秀でも合わない人と過ごすより、私はお互いを支え合っていける人と一緒にいたいわ。

 そうすれば相手に迷惑を掛けないようにとお互いに気を付けるし、支え合えれば失敗だって減らせるじゃない。あ、別に貴方の剣の腕を疑ってはいないわよ?そこは良く知ってるし、信頼に値すると思っているわ」


 ーーこれが…これが本当に5歳の子供なのか!?


 ガーランドは目の前にいるアンネリーゼが得体の知れない生き物に見えた。

 あまりにも思考が成熟し過ぎていると思い、背筋に寒気が走る。


 「あの…先程も私を知っている風でしたし、最初から私を護衛騎士にすると決めていたような口振りでしたが、お会いしたのは今日が初めてだったはずですが…」


 ガーランドの言葉を聞きアンネリーゼは満足気に頷くと、指を鳴らした。


 「これは、防音の魔法ですか…」


 「これから、他の者達には聞かれたくない話をするから念の為よ」


 「皇女殿下は魔力が枯渇したと聞いていましたが…」


 「それも含めて説明するわ。だけど、先ずは私が貴方を知っていたのか、護衛騎士にすると決めていたのかという質問だけれど…私は貴方を十年ほど前から知っていたし、護衛騎士にすると決めていたわ」


 「十年ほど前では、皇女殿下はまだお生まれになっていないはずですが…」


 「そうね。でも知っているわ…貴方のことはたくさん」


 アンネリーゼの表情が憂いを帯び、それを見たガーランドは胸がざわめくのを感じ。


 ーー間違いない…目の前にいるのは子供じゃない!


 「待ってちょうだい!貴方に対して敵意は無いの!お願いだから話を聞いて…」


 身構えるガーランドを見て、アンネリーゼは慌てて立ち上がり悲しげな目で訴えた。

 ガーランドはアンネリーゼの目を見て胸を締め付けられるような感覚を覚え、椅子に座り直し深く息を吐いた。


 「貴女は誰なのですか…」


 「私は間違いなくヴァルドシュタイン帝国第一皇女アンネリーゼ本人よ…ただ、中身は今から十二年後…17歳までの記憶を持っているけれど」


 「そんな…あり得るはずがない…」


ガーランドはそう呟いて頭を抱えたが、先程までのアンネリーゼの言動や纏う空気がそれが真実であると訴えているようにも感じてしまう。


 「もう少し…話を聞かせてくださいませんか…」


 アンネリーゼはゆっくりと頷き話し始める。

 死に戻りのこと、帝国に訪れるであろう未来のこと、自分とアンネリーゼがどのような関係を築き、いかにして死んでいったのかを聞いた。

 目の前の子供の口から語られる話に真実味を感じる自分がいると同時に、どうしても信じきれないと思ってしまう。

 すると、アンネリーゼが俯き小さく呟いた。


 「いずれ騎士を引退したら、自由に世界を見て回りたい…貴方が語ってくれたことよ」


 それは、騎士の家系に生まれ、厳しい父に強引に騎士団へと入れられたため半ば諦め、誰にも語らず胸に秘めていた夢だった。

 騎士とは命の危険が付き纏う。国の為に、主人の為に忠義を尽くし、命を懸けるものだ。生きて自由になりたいなど恥と思われても仕方がない…だから、心の奥にしまっていた。

 だが、目の前にいる子供の記憶の中にいる自分は、それを語ったのだ…。

 ガーランドは自分の意思とは関係無く身体が動いていた。

 椅子から立ち上がり、アンネリーゼの傍で膝を折り、頭を下げた。

 衝動的に動いてしまった自分に内心驚いたが、後悔していない。不思議な感覚に自然と笑みが溢れた。


 「護衛騎士の任、謹んで拝命いたします」


 「ええ…ありがとう、頼りにしているわガーランド」


 アンネリーゼは立ち上がり、手を差し伸べる。

 ガーランドはその手を取り、恭しく手の甲に口付けをした。

 

 

 

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