第5話 初めてのクラブ
事務スタッフとして働き始めて一ヶ月、キャストとしては二ヶ月が経った頃、新人期間に比べると多少収入は下がったものの、そこそこの売上は維持できていた。しかし、ずっと今の収入を維持できる自信は無く、不安が芽生え始めた。
そんなある日、藤本店長や他の店舗の店長たちが、行きつけのお店に連れて行ってくれた。私はそこで初めてプロのホステスの接客を受けた。私の隣に座ったホステスは、色白できめ細かな美しい肌をしており、維持費に一体いくらかけているのか聞きたくなるほど、髪がしっとりとしていた。
久しぶりに同性の美しさにドキマギしていると、そのホステスはチョコレートを一粒私にくれた。チョコレートのおかげで少し緊張がとけ、お酒がみんなの体に入る頃にはしゃべり散らかしている藤本店長が卓を盛り上げ、私は声を出して笑っていた。
隣のホステスが優雅な仕草で「知夏さん、どうぞ」と言いながら、水割りを作ってくれたので私は会釈して受け取った。私より年下に見えるのに年上と一緒にいるような、受け止めてくれるという安心感を彼女はまとっており、私はリラックスしてグラスを傾けた。
改めて卓を見渡すとホステスの外見のスペックだけでなく、接客スキルが高いことに気がついた。
藤本店長は賑やかに飲むことが好きだが、新宿店の店長はどちらかというと大人しい人柄だ。池袋店の店長はお酒に弱いし、川崎店の店長は女性なので、ノリが男性陣とは少し異なる。各店舗の店長たちは、皆一様に個性的な人柄だが、ホステス達が上手く連携し、藤本店長を立てる形で場を盛り上げていた。私はこの連携プレーに深く感心してしまった。
これはお金を払う価値がある。同性の私ですらホステスの振る舞いを見て心底そう思った。私は隣に座っている髪の毛がきれいなホステスに、自分は藤本店長の店のキャストであることを伝え、接客する際に何を心掛けているのか聞いてみた。すると彼女はちょっと口角を上げて微笑むと、少しだけ首を傾け私の顔を覗き込むように上目遣いを放ってきた。図らずもその色っぽさにドキッとしてしまい、これが色っぽいということなのかと、遅れて気がつく。
「女性を求めるお客様は体ではなく心の満足度を求めている、と私は考えているので、接客をするという考えは捨てています」
秘密話でもするように、ひっそりと話してくれた。しかし、彼女が言っていることを理解できなかった私の表情を見て、彼女は優しく微笑んだ。
「ひたすらお客様の心に、私の心を添わせることを意識しています。相手はお客様だから、これが仕事だから、そういったことは関係ありません。あくまでも一対一の人間関係を築くこと、充実した時間がお互いに過ごせるように心を砕いています」
その言葉は私が風俗嬢を仕事とするうえで指針になるだけでなく、その後の私の人生においても大きな影響を及ぼした。
もちろん仕事では、対価に見合ったサービスの提供を心掛けている。本番行為をしなくても、した時と同等の満足度を与えられるように意識していた。 だが、それはあくまでも仕事の一環だ。彼女が言ったことは平たく言えば、相手の気持ちを考えて接する、という当たり前のことを、仕事の枠組みを抜きにして実践している、ということだろう。これを実際にやろうとすると案外難しい。
あまりのプロ意識の高さに、彼女の整った顔を凝視してしまった。
「とても風俗嬢には見えないですね。お店のスタッフの方かと思いました」
耳元でこっそりと彼女が囁いた。
「貴女が勤めているお店で風俗嬢には見えない、というのは風俗嬢にとっては武器だと思いますよ」
謎かけのような言葉である。それはどういう意味なのか尋ねると、彼女はいたずらっ子のような表情を浮かべた。
「それはご自身で考えて答えを出さないと、身にはつかないですよ」




