第4話 人妻専門渋谷店のルール
風俗店にも店舗ごとに独自のルールが存在するように、人妻専門渋谷店にも独自ルールが存在する。まず、デリヘル店だからと言って面接をすれば全員採用というわけではない。一般企業なら当たり前だが、当店も法律に則って身分証明書の確認を行っている。
風営法が改正され、キャストを採用する場合は、生年月日と本籍地の確認が義務付けられている。つまりパスポートか、三カ月以内に発行された本籍地入りの住民票を提示する必要があり、 今の店ではこれに加えて写真付きの身分証明書の提示を求める。これが提示できない場合は、どんなに容姿が優れていようが門前払いである。
ちなみに法律が改正された際、必要書類を提出できなかった在籍キャストは強制的に退店させたそうだ。ここまで厳密にやっている店は初めてだった。保険証や運転免許証をパッと見ただけで、本人確認証を終わらせてしまう店に比べたらよっぽど安心できる。
多くの風俗店では面接当日に体験入店ができるが、当店ではそれをお断りしている。身分証明書の確認が取れても、採用されるだけの基準を満たしていなければ不採用となるからだ。
採用される基準とは、容姿、立ち振る舞い、マナーなど、お客様の元に派遣しても恥ずかしくない程度の品位を、備えていることである。どんなに美しくても素行が悪ければ即アウト。派手すぎる髪型もネイルも、それを変えない限りは入店をさせない。
面接に合格したら、その場で宣伝用の写真を撮影し、体験入店は早くても二日後、集客を考慮したら一週間以上空けるのが望ましい。私が体験入店をした時は、面接から三日後だったが、事前予約で全て埋まったため、一日だけで十万円以上稼ぐことができた。
入店して一カ月経つと、プロのカメラマンに写真を撮ってもらう。撮影場所は六本木や日比谷、麻布などのおしゃれな街で撮影をする。街中で撮影するのは、人妻のリアルな雰囲気を演出するためである。
服装に関しても店長からの指導が入る。膝より短いスカートは絶対に禁止。胸元が大きく開いている、肌が露出しすぎている服も、ヒールの高さが八センチ以上の靴も不可。明るすぎる髪色も、華美なアクセサリーも不可。もちろん、喫煙も不可。清潔感があり、清楚な人妻の印象を与える服装でなければならない。
キャストをサイトに掲載する際には源氏名、年齢、スリーサイズを記載するが、今のお店は人妻専門店のため、二十代だと指名が入りにくい。キャストの実年齢は三十代から五十代のため、当時二十八歳で入店した私は、キャスト年齢を三十歳として掲載された。こんな逆サバは初めてだ。
そして、私は身長百五十六センチ、Fカップだが、サイトには百六十センチ、Eカップと記載されている。その理由を藤本店長に尋ねると、「低身長でFカップだと、ぽっちゃりしている、とお客様に思われるので指名が入りにくい」と、教えてくれた日には、若くて胸があれば良いわけではないのか、と勉強になった。
そして私はバイセクシャルなので、女性同士の絡みができることは客ウケに繋がるそうだ。そのため、私の紹介文には「女性同士のプレイ可」という表示が追加掲載された。
デリヘル業界ではコース時間を六十分、九十分といったように分単位で表記する。しかし、当店では時間単位で表記している。理由はロングコースを指名するお客様が多く、わかりやすさを重要視したためだ。ただし、最短コースの一時間半だけはなぜか九十分、と表記されており理由は謎である。
シフトは一週間ごとに掲載される。在籍キャストは風俗嬢が本業であってもそれを話してはならない。あくまでも旦那と子供がいない隙に不倫を楽しむ設定なので、たまに出勤している体にする必要がある。そのためお客様へ公開される出勤予定表には三日分だけ掲載されている。ただし、客からのリクエスト予約は積極的に受け付けている。リクエスト予約とは、指定した日時に出勤して欲しい、というのを店経由でキャストに要望をだすことである。
ダミーキャストのシフトも在籍キャストと同じように掲載している。しかし、稀に他店舗で毎日出勤しているキャストを見かけるが、明らかにダミーだと思われる。生理日は出勤不可のため毎日出勤できるわけがない。そして厄介なのが、ひたすらダミーキャストを指名してくる客がいることだ。
「そんなに毎回、埋まっているの?一日八時間も出勤しているのに?その子は本当にいるの?」
と疑うお客様は当然いる。ダミーキャストは存在しないため、あたりまえだが会うことはできない。そのような場合は次のように答えると大体、ご納得いただける。
「お客様、申し訳ございません。この奥様は一日に一名しか指名を受けず、リピート客が大変多いため、新規の指名は基本的に受けておりません。もし、このような奥様がお好みでしたら○○さん(実際に出勤しているキャスト名)が、似ている雰囲気をお持ちですので、お勧めいたします」
という具合に説明し、出勤キャストの稼ぎになるように指名を付けるのだ。
しかし、店長や事務スタッフがどんなに頑張っても、指名がつかないキャストが出てくる場合がある。その場合は姉妹店で協力し、指名なしのフリーとしてお客様をつける。その際の藤本店長がお客様に言う決まり文句はこれだ。
「最高の女性を向かわせますので、楽しみにお待ちください」
しかし、私からすると、最高の女性であれば本指名、つまりリピート客を抱えているはずなので、指名がつかないわけがないと毎度思ってしまう。
指名を受けるとお客様と合流し、ホテルに入室、またはお客様の自宅に着いたらお店に連絡をする。そこでコース内容と料金の確認を取り、お客様からお代を頂く。クレジット払いをされている場合は、お店に報告するだけで良い。
お客様がクレジット払いをした場合に限り、報酬の清算は後日でもよいが、基本的にはその日のうちに事務所で行うか、振込かどちらかを選ぶ。振込清算の場合は手数料が千円かかるが、事務所が渋谷から絶妙に離れているため、往復の交通費と所要時間を加味して振込清算を希望するキャストは存外多い。
そして、領収書管理もしっかりと行う。キャストには仕事の報酬が発生するたびに二枚の書類にサインをもらう。
一枚目は一ヶ月分のシフト表。出勤した日、指名本数、キャストの取り分を記載したものである。一ヶ月が終わるとキャストがいつ出勤し、いくら稼いだのかを管理できる。
二枚目は領収書。手取りの金額を領収書に記載し、裏に明細を記載する。一枚目のシフト表と金額の齟齬が無いことを確認してもらい、サインをもらう。収入印紙代を浮かすために、領収書は五万円以内の金額にする必要があり、五万円以上の稼ぎがある場合は二枚に分けなければならない。
一ヶ月が終わると、シフト表と領収書に齟齬が無いか全員分の確認作業を行う。渋谷店は在籍キャストが九十人を超えているにも関わらず、全て手作業である。電卓を叩きながら確認を行い、シフト表はコピーを取り、領収書と一緒に在籍キャストごとにホチキスで止める。全員分の確認が終わると書類を会社に提出する。なんて昭和すぎる社内文化なのだろう!信じられないほどのアナログである。
これを翌月の五日までに完了させる必要があるため、月初めはとんでもなく忙しい。振込清算をしているキャストも、事務所で領収書にサインをしてもらわなければ退店になるので、なるべくキャスト同士の来訪がかぶらないように、スケジュール調整も必要になってくる。
私は風俗嬢に転職する前はIT商社の営業だったので、このアナログ文化には辟易した。ネットで行うことにより生産性が上がる、と店長に打診したが、全てのキャストにそれで対応してもらうのは現実的ではない、との理由で受け入れてもらえなかった。
事務スタッフになりたての頃は納得がいかなかったが、数カ月経つと、アナログのやり方が一番確実であることが理解できた。世の中には本当に色んな人がいる。それはもう驚くほど。結局、今のやり方が一番確実で、一番安心できる方法だと納得した。
しかし、店長が面接で一定基準を設けているおかげで、まだマシなのかもしれない。そしてそれは、お客様に対しても同様である。
このお店を利用するためには、お客様の携帯電話を登録することが絶対条件だ。○○のホテルの何号室にいるから来てほしい、という依頼には対応しない。自宅に呼ぶ場合も部屋番号まで確認する。自宅の近くで待ち合わせして部屋に上がるのは厳禁だ。これはキャストの身を守ることを目的としているため、例外は許されない。
このルールのおかげで一定の客がふるいにかけられる。自前の携帯電話を登録することを嫌がる人は思いのほか多い。しかし、唯一、携帯番号を登録することなく、お店を利用できるお客様がいる。それは、政治関係者や芸能関係などの上客だ。このようなお客様とお店の間には必ず中間業者が存在し、中間業者の個人情報をお店側が把握することで、キャストを派遣する仕組みになっている。
お偉いさん達は合コンのように複数人でキャストを交えて食事をし、気に入った子を部屋にお持ち帰りして、大いに楽しむらしい。
さすが、お偉いさんだけあって金払いが大変良く、チップもかなり弾んでくれるという。まあ、そのチップの見返りとして本番行為を要求されるらしいが、私はその話を聞いて何とも微妙な気持ちになった。その女遊びに使っているお金の出所は税金だろうか。風俗業界に身を置く者としては、お金を落としてくれてありがたい限りだが、納税者としては不愉快な気持ちになる。
一般人が風俗嬢と聞いてどのようなイメージを抱くのかはなんとなく想像できるが、店によってサービス範囲は決まっている。
風営法で本番行為、つまり挿入行為は禁止されている。そのためデリヘルに分類されている当店も、もちろん本番行為は固く禁止されている。ただし、どの業界、職業にも暗黙の了解というものが存在するように、デリヘル業界にも追加料金を支払うことで本番行為が成立している。
これを知った時には建前のアホらしさに驚いたが、この性産業が性犯罪数を一定数に留めることに貢献している、と今では思うようになった。




