第48話 卒業
十二月二十四日水曜日の十九時。ついにこの時を迎えた。
お店の閉店と共に私は風俗嬢を卒業した。正確にはキャストとしての勤務は昨日が最後だが、今日で本当にこのお店を退店する。
例年通りクリスマスイブは大変な盛り上がりをみせ、電話が鳴りっぱなしだった。人気キャストは事前予約でほぼ埋まり、飛び入りで出勤したキャストも十分稼がせることができた。
私は各店舗の店長やスタッフに挨拶回りをした。嬉しいことに惜しまれる言葉を頂戴し、自席に戻ると藤本店長に声をかけた。
「藤本店長、長い間お世話になりました」
「こちらこそ、お店を支えてくれてありがとう。寂しくなるけど、新しい場所でも頑張って」
店長は立ち上がって私に握手を求めた。私はしっかりその手を握り、頭を下げる。すると店長は大声で社内に呼びかけた。
「みなさん!ご起立願います!」
続々と各店長やスタッフ達が立ち上がる。私は驚いて社内を見渡した。
「それではみなさん、お手を拝借!」
藤本店長が見渡しながら威勢良く掛け声をかけた。
「いよっ!」
パパパン! パパパン ! パパパンパンパン!
「それっ!」
パパパン! パパパン ! パパパンパンパン!
「もう一丁っ!」
パパパン! パパパン ! パパパンパンパン!
人生で初めて三三七拍子を贈られ、盛大な拍手が起きる。私は化粧が落ちるのも構わず嬉しくて号泣した。すると会長が花束を持ってやってきた。
「キャストとしても事務スタッフとしても、お店を引っ張って行ってくれてありがとう。これからも頑張って」
「…こちらこそ、ありがとうございました」
私は鼻をすすりながら、頭を下げ花束を受け取った。
いつでも戻ってきてね!という贈り言葉に笑いつつ、藤本店長がエレベーターホールまで見送ってくれる。
「莉奈さん、これ」
藤本店長が花束を入れる用の紙袋を渡してくれた。私はお礼を言いつつ花束を入れると、藤本店長がジャケットの内ポケットから茶封筒を引き出し、私に差し出した。
「餞別」
その言葉に恐縮して、慌てて首を横に振る。
「いやいや、さすがに申し訳ないです」
「いいからいいから」
半ば無理やり渡されると、私は深々と頭を下げた。ちょうど来たエレベーターに乗り、少し寂しそうな表情をにじませつつ、それでも笑顔で手を振ってくれる藤本店長に、エレベーターの扉が閉まるまで頭を下げた。エレベーターの扉が閉まると新たに涙が出てきた。
一階に到着すると、私は藤本店長から頂いた茶封筒の中身を見た。すると、なんと中には二十万円も入っていた。コンビニに売っているような、どこにでもあるそっけない茶封筒の中に、こんなにも高額な餞別が入っている。それは藤本店長の人柄そのものを表しているようだった。
良い人たちに恵まれたな、と思う。こんなにも私の働きを評価してくれた人たちは初めてだった。
風俗嬢に転職する前は、ついに私も人には言えないような業界に落ちたか、と思う気持ちが少なからずあった。しかし、実際に働いて、偏見を持っていた自分が恥ずかしく思えた。どの店舗の店長もスタッフもキャストを稼がせるために必死になり、そして多くのキャストがプロ意識を持って働いていた。誰が何と言おうと、間違いなく私にとっては良い職場だった。前職よりずっと、ずっと充実した日々だった。
私は涙が出るほど誇らしい気持ちでいっぱいだった。やりきった!最後までちゃんと仕事をやりきった!こんなにも仕事を通じて自分で自分を評価できたことは、人生で初めてだった。
私は急いで優太に電話した。
「終わったよ!今から向かうね」
『お疲れ様!待ってる』
ちょうど流れてきたタクシーに乗り込む。本当は電車で行こうと思ったけど、少しでも早く彼に会いたかった。
クリスマスムードの街中を多くのカップルが歩いている。皆一様に浮かれているようだ。今から私もこの人たちと同じようにクリスマスを過ごせるかと思うと、幸せな気分で涙が出そうになった。
私は急いでメイクを直した。東京駅丸の内改札の近くでタクシーを降りると、待ち合わせ場所へ小走りで向かった。ヒールがリズミカルに響き、花束が入った紙袋が跳ねる。それぞれの目的地に向かって寄り添いながら歩いているカップル達の間をすりぬけて、シンボルである赤煉瓦の駅舎の前に立っている優太を見つけた。
「知夏!」
私に気づいた優太が手を挙げて名前を呼んだ。
息を切らしながら走るスピードを上げ、私はそのままの勢いで彼の胸に飛び込んだ。




