第47話 ゆずと対面
美人は眉間にシワを寄せても美しい。それくらい綺麗な人と向き合ったのは初めてかもしれない。モデルのような小顔とスタイル、華やかな雰囲気に、私は同じ女として大いに気後れを感じながらコーヒーをすすった。
絵麻から「風俗嬢がどんな仕事なのか、話を聞きたがっている友人がいる」と連絡が来た時には、てっきり風俗嬢の仕事をするかどうか迷っている人かしら、と思い二つ返事で引き受けたが、実際は全く違うようだ。
待ち合わせ場所である喫茶店で合流した時に、私の顔を見るなり絵麻の友人は眉をひそめた。私は彼女の顔を見たとたん、心臓が跳ね上がり、動揺が現れないよう必死で表情のコントロールをすることで精一杯だった。
「えっと、高校の同級生の牧野ゆず」
急に険しい顔をし始めた同級生に戸惑いながら、絵麻が私に彼女を紹介した。
「で、大学のサークルが同じだった青樹知夏」
「どうも」
私はぺこりと頭を下げた。ゆずさんは黙ったまま、少しだけ頭を下げる。
「えーと、風俗嬢のどんな話をしたら良いでしょうか」
あまりにも硬い雰囲気に、私はチラチラと絵麻を見ながら話を切り出した。
「これ、私から説明しようか?それともゆずから言う?」
絵麻がゆずさんの顔を覗き込みながら聞いている。
私は優太の彼女の顔をまじまじと見た。写真でもハンドメイド展でも顔を見ているので、見間違えようがない。会った瞬間に、すぐにゆずさんだとわかった。そして、優太から聞いた話によると私は顔がバレている。おそらく、ゆずさんの表情を見る限り、私が誰なのか気づいているだろう。
ゆずさんは暫く視線を漂わせていたが、「自分で言う」というと、私を睨むように真正面から目を合わせてきた。
「私の元カレが風俗嬢にハマっているんですが、風俗嬢のあなたからしたら、そうやってお金を巻き上げるのが普通なんでしょうか」
物凄い言われようである。お金を巻き上げようと思ったことなど一度もない。そして、ゆずさんが優太のことを元カレ、と言ったことに遅れて気が付いた。
ゆずさんの中ではもう、別れていることになっているのか。優太の口ぶりからだと、まだ話の決着がついていないかと思っていた。
「お客様からお金を巻き上げようなんて、一度も思ったことはありません」
私はできる限り穏やかな口調を意識した。
「ニュースで取り上げられるような、ホストと同列にしないでください。私はプロとしてお客様に長く楽しんで頂けるよう、懐具合にも気を使っています」
「しかし、彼は多額のお金を風俗嬢に貢いでいるんです」
「貢いでいる?それは現金をそのまま手渡している、ということですか。それとも高価なプレゼントを贈っている、ということですか」
「そういうわけではありません。でも、貯金を使ってまで風俗に通い続けるなんて異常です」
おそらくゆずさんは、優太に根掘り葉掘り聞いたのだろう。彼の性格なら正直に話したに違いない。ゆずさんが言っている貯金とは、おそらく優太が話してくれた贅沢貯金のことだろう。
「貯金の使い道はお客様がご自身で判断することです。自分から次も指名して欲しい、と言ったことは一度だってありません」
ゆずさんは、この女から優太を守ってあげなければ、と正義感に駆られているのかもしれない。そのように一般女性が思ってしまう事は分からなくもないが、私はムカムカし始めた気持ちを押さえつけた。
「お客様がお支払い頂いた金額に見合う時間を提供しているだけです。お客様が私の元に通ってくださるのは、それだけ私が提供する時間に価値を感じているからにすぎません」
私の言葉を吟味するかのように、顎をそらしているゆずさんに言った。しばらく気まずい沈黙が流れる。絵麻が落ち着かなさそうにコーヒーをすすった。
「…牧原さんは、なぜ男性がわざわざお金を払って、風俗に行くと思いますか?」
「そんなのわかりません」
考えたくもない、といった態度に私は目を細めた。
「そうですか。じゃあ、一生わからないでしょうね」
「知夏」
慌てて絵麻が間に入った。私の言い方に不穏な空気を察したらしい。
「あのね、ゆずはノンセクシャルっていって性欲がないタイプで…」
「そんなの関係ない」
絵麻の言葉を遮って私は言った。
「相手の気持ちや考えを理解しようと努力を尽くすことに、性欲の有無は関係ない」
私は悔しかった。お客様が抱えている問題や悩みを想うと、ゆずさんの態度には腹が立った。
暫く沈黙が流れた。絵麻はお互いの顔を伺うように、せわしなく目を動かしている。
「…あなたが風俗嬢になった経緯は、絵麻から聞いています。物凄く大変だったんだろうな、とは思います。でも、私は彼女がいるのに、彼が風俗に通っていたことが許せないんです」
静かにうっすらと目に涙を浮かべてゆずさんは言う。私は急に彼女が可哀そうに思えてきた。彼女の想いは当たり前だ。誰だって彼氏が自分に隠れて風俗に通っていたら傷つくだろう。
「…ゆずさんの言いたいことは分かります。もし、付き合っている人が風俗に通っていたら、私も不愉快に思いますから」
「風俗嬢なのに?」
「その時は立場が違いますから」
私は自嘲気味に微笑んだ。男性が風俗に通う気持ちは理解できる。しかし、それを許容できるかどうかは別問題だ。
「ゆずさんはノンセクシャルなんですね。それだけ美人だと野郎どもが群がってきて、大変だったんじゃないですか」
私の言い方が面白かったのか、野郎ども、と口にしながらゆずさんは少しだけ微笑んだ。
「そうですね。自分で言うのもなんですが。…ノンセクシャルじゃなかったら、もっと人生楽しかっただろうなって思います」
「どうしてですか?」
「普通が一番だからです。付き合った人の期待に応えられないのは辛いです。努力でどうにかなる問題でもないですし。私が普通だったら、彼に辛い想いをさせることもなかった」
最後は吐息と共に呟くように囁いた。ゆずさんがどれだけ優太を大事に思っているのか、その一言で充分すぎるほど伝わってきた。
「青樹さんからみて、男性はどうして風俗に行くと思いますか」
私は慎重に考えた。頭の中にある引き出しをあちこち引っ張って、わかりやすく、それでいて納得のいく答えを探した。
「食事と同じなんだと思います」
「食事?」
「はい。ご飯を食べればお腹は満たされますが、一人で食べても心が満たされるとは限りません。好きな人と楽しく美味しい食事を食べることによって、お腹も心も満たされると思います。それと同じことをお客様は求めていると思っています」
以前、指名して頂いたプラトニックラブの夫婦関係を築いているお客様のことを思い出しながら言った。
「もちろん、精神的な繋がりの方が、肉体的な繋がりより人生において価値が高い、という方もいらっしゃいます。私もそう思います。ただ、体の繋がりからしか生まれない精神的な繋がりはあると思いますし、それを重要視する人は少なくないと思っています」
伝わっただろうか。ゆずさんの考えこむような顔を不安な気持ちで見つめた。斜め下に視線を落としながら、私の話を咀嚼しているように見える。
「…客のことを好きになることってありますか」
「風俗嬢も人ですから、お客様に恋することだってあると思います」
「青樹さんはどうですか?お客様を好きになることってありますか」
「はい、あります」
躊躇いもなく答えた。ここは躊躇してはだめだ。ゆずさんは冷静な人だと思う。ゆずさんから見たら私は悪者に見えるだろう。自分の彼氏に散々金を使わせて、色恋営業している女。そう思っていてもおかしくないのに、絵麻の手前、私と優太の関係性を言及することなく話をしてくれる。だからこそ、私は優太に関することを聞かれたら、正直に誠実に答えるべきだと思った。
「今でも好きですか」
「はい」
「どんな人ですか」
「真面目で、誠実であろうと努力できる人です。もっと自分本位に生きた方が楽なんじゃないか、って言いたくなるくらい、大事な人の期待に応えようと頑張っていました。彼の、誰かのために一生懸命になれるところが好きです」
ゆずさんの目が潤み、瞳が細かく左右に揺れている。
「そう。付き合っているんですか」
「いえ、私がこの仕事を辞めるまで待つって言ってくれたので、今はまだお客様と風俗嬢の関係です」
「いつ、辞めるんです?」
「あと10日で卒業です」
「…クリスマスの前日ですね」
「はい。この仕事を辞めたら、自分からその人に告白しようと思っています。だから、クリスマスはその人のために、取っておきたいんです」
「そうですか。…本気なんですね」
「はい」
お互い黙って見つめ合う。ゆずさんの中で様々な思いが去来しているのが分かった。心配そうに成り行きを見守っている絵麻がコーヒーを飲み込んだ時の音がやけに大きく聞こえた。
「話、変わるんですが、いいですか」
「え、はい」
「絵麻から青樹さんはバイだと聞きました。その、バイってどんな感じなんでしょうか?」
どんな感じ、とは。質問の意図が分からず、相手の顔を見つめる。
「すみません、わかりにくいですよね。性別関係なく、そういう気持ちがあるって、どんな感じですか」
「あ、それ私も聞きたい」
少しだけ和らいだ空気の中、興味津々で絵麻が身を乗り出してきた。私は若干ためらいつつも、誰にも言ったことがない自分の感覚を口にした。
「…男性を好きになれば私を女性として扱い、エスコートして欲しいし、私を守るべき対象として見て欲しいと思います。好きな男性には甘えられる存在でいて欲しいと思います。でも、女性を好きになった時は、相手を守りたいって気持ちが強いです。自分を頼って欲しい、好きな女の子の前では常に余裕のある人間として振舞いたい、と思います」
つまり、と私はいったん言葉を切った。
「好きになる性別によって自分をどう扱って欲しいのか、考えが変わります」
「それって、同性を好きになったら男扱いして欲しい、ってことですか?」
「まぁ、そんな感じです」
絵麻がへぇ、と呟き、ゆずさんは少し目を丸くした。
「ただ、同性を好きになることは、もう無いです」
「どうしてですか?」
「上手くいかないからです。異性を好きになったほうが、ずっと物事が上手くいくんです」
私はちょっとだけ微笑んだ。
「学生の頃は、同性ばかり好きになる自分はレズだと思っていて、それが悩みでした。普通の人間になりたい、って思っていました」
私がそう言うと、初めてゆずさんが笑った。
お互いジェンダーは異なるけれど、自身のジェンダーに悩みを抱えたことがある者同士にしかわからない、無いものねだりの笑みだった。




