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あなたの腕の中で性と向き合う  作者: 瀬戸 航帆
第6章 次のステージへ
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第45話 転職活動の結果

 平日に風俗嬢の仕事と転職活動をこなし、土曜日に予約を相変わらず入れてくれる優太と過ごす日々を過ごしているうちに、あっという間に11月が終わろうとしていた。そんな月末に私が新人のころからずっと毎月通ってくれたナカネ様がいらっしゃった。


「今までありがとう!卒業しちゃうのは寂しいけど、おかげで楽しかったよ」


 そういって乾杯するといつものように三時間コースの大半を飲みながら楽しくおしゃべりし、ほんの少しだけベッドプレイをした。


 ナカネ様は私の常連客の中でも群を抜いて好ましいお客様であり、数少ない独身のお客様だ。本番行為を迫ることも連絡先を聞いてくることもなく、いつも楽しく話しながら飲み食いし、ベッドプレイをしないことも多い。


 一回りしか歳が離れていないナカネ様は、お客様というより飲み友達に近い感覚だった。一緒に飲んでいて、こんなに爆笑させてくれるお客様は他にはいない。営業マンらしく話題のネタが豊富で、特に高校の頃、甲子園出場を果たした部活の話が一番笑えた。きっと、もしプライベートで知り合っていたらいい飲み友で、頼もしい相談相手になっていただろう。もう会えなくなるのは残念だな、と思えるほど私はこのお客様と過ごす時間が気に入っていた。


 私は今までのお礼にチョコレートとコーヒーのセットを手渡した。するとナカネ様は紙袋から花束を取り出し、照れたように言った。


「これ、卒業祝い。形に残るものだと旦那さんに見つかったら、怒られると思って」


 そう言って私に可愛らしいピンクとオレンジの花束を手渡してくれた。


「次の仕事でもがんばれよ」


 野球選手のようなたくましい腕に抱きしめられて、私はほんの少しだけ泣いた。


 お客様の心遣いが嬉しかったのと、ずっと私の売り上げに貢献してくれたことへの感謝と、そして、お客様の気持ちをないがしろにせず、ちゃんと仕事を全うしようと決断した私の行いは間違っていなかったことに。


 ナカネ様への最後の接客が終わった夕方、携帯に転職エージェントの松永さんから着信が届いていた。留守電を聞くと先日受けた会社の最終面接に受かった、とのことだった。私はすぐに折り返した。


 私の就職活動は思ったほど難航しなかった。風俗嬢という経歴をデメリットとして捉える企業が圧倒的に多いだろう、と覚悟の上で正直に自己アピールをしていたが、それがかえってポジティブに評価されたことは驚きだった。


 きっと、私一人だったら内定獲得には至らなかっただろう。私に興味を持ってくれそうな企業を鈴木さんや松永さんが紹介し、丁寧に面接指導をしてくれたおかげに他ならない。


 ちなみに転職エージェントを通さず、直接応募した企業はすべて書類選考で落ちた。気落ちはしなかったが、風俗嬢という仕事を世間がどう見ているのか、改めて肌で感じた瞬間だった。


私は自宅に帰ると獲得した三つの内定を見比べた。


 一社目は広告代理店の新規営業。営業手段はテレアポ、メール、展示会など様々な手段を活用する。年収はかなり良い。ただし、平均残業時間が四十時間程と多く、基本的にフル出社。


 二社目は人材会社の営業。転職希望者へのヒアリング、求人紹介、内定獲得まで一通り行う。ベースの年収は良い。インセンティブが入るため、努力次第で高収入を狙える。フルフレックス、完全在宅勤務可能。残業時間は個人差によって大きく異なるが、顧客の時間に合わせて仕事をすることが必要。


 三社目は医療介護機器のインサイド営業。年収は悪くなく、残業はほぼ無い。テレアポ部隊が取ってきた案件のウェブ商談を行い、確度が高ければフロント営業につなぐ、リードの育成が主な業務。コアタイム有のフレックス。週二〜三回程度の在宅勤務が可能。


 まず、広告代理店は残業時間が多いため除外した。残りの二つだが、どちらもメリットデメリットがある。


 実は内定を獲得した人材会社は、転職エージェントの鈴木さんが勤めている会社だ。鈴木さんみたいに熱意のある人と一緒に働くのは絶対に楽しい。そして何より、転職エージェントという仕事のすばらしさを身をもって体感した。私も鈴木さんや松永さんのように、誰かの人生のターニングポイントで役に立てるような仕事をしてみたい。


 しかし、正社員契約だが個人事業主のような仕事、と言われたことが引っ掛かる。それはつまり、結構ハードな仕事なんだろう。風俗嬢の仕事と違って安定したリピート客を獲得するのではなく、全てが単発、フロー型ビジネスだ。一つの売り上げは大きいが、毎月売り上げを上げ続けるには、相当な数の転職希望者を抱える必要があるはず。


 一方、松永さん経由で内定を獲得した医療介護機器の商品は、ストック型ビジネス、つまりサブスクだ。一つ一つの商品の売り上げは小さいが、解約されない限りは売り上げが積み重なっていく。確認したところ営業ノルマはそこまで厳しくないようだ。なにより、興味がある商品を扱える。


 しかし、お客様との面談がウェブということに、引っかかりを感じた。できれば直接対面できる仕事をしたい。


 給与はどう考えても半分以下になるので、下がることは気にしていない。元の生活水準にスムーズに戻れるように、美容費以外は会社員の時と同じ水準を維持するように心がけてきた。年収だけで決めるなら人材会社の方が条件はいいが、それだけでは決断できなかった。


 私はノートに内定先の条件面を記載した。給与、残業時間、仕事内容、立地、働き方等々。各項目に〇△✕を記載して、〇が多い方を選ぼうと思った。しかし、〇の数はほとんど変わらなかった。


 私は優太に相談することにした。時計を見ればちょうど21時だ。さすがに仕事は終わっているだろう。電話をかけるとすぐに優太の上ずった声が響いた。


『どうしたの?』


 後ろがすごくガヤガヤしている。誰?誰?と遠くから声が聞こえた。


「あ、ごめん、取り込み中だった?」

『いや、全然、取り込んでない。ちょっと待ってて』


 優太どこ行くのーっ、と背景で男の人の声が聞こえて、私は思わず笑った。背後の喧騒が次第に遠ざかっていく。


「飲み会中だった?」

『そうそう。会社の同期と』

「優太どこ行くのーっ、だって。前に居酒屋であった人?」

『いや、そいつもいるけど、うるさいやつは大和』

「あぁ、女好きの」

『そうそう』


 彼の笑い声が耳にくすぐったい。


「飲み会中にごめんね。急ぎじゃないから。明後日会うし、その時で大丈夫だよ」

『いや、あ、少しくらいなら大丈夫。どうしたの?』


 私は手身近に内定が決まり、どっちを選ぶかで迷っていることを伝えると、優太は喜びながらお祝いの言葉を贈ってくれた。


『面談ができるかお願いしてみたら?』

「面談?」

『言い方が合っているのかわからないけど、うちの会社、新卒とか中途採用した人が入社する前に社内の人と話せる場、みたいなのがあるよ。』

「へぇ、そんなのがあるんだ」

『知夏がもらった内定先、エージェント挟んでいるなら、その人にできるか聞いてみたら?』

「そうね。そうしてみる。ありがとう」


 また明後日、おやすみ、と言って電話を切った。


 なるほど。人材会社の方では最終面接を受ける前に、ミスマッチを防ぐために社員の人と面談をする場が設けられていたが、医療介護機器の会社ではカジュアルに話す場はなかった。私は松永さんに正直に、迷っているので可能なら社員の人と話したい、とメールに記載して送った。


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