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あなたの腕の中で性と向き合う  作者: 瀬戸 航帆
第5章 人生の選択肢
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第40話 夜の電話

 濡らさないよう漫画を慎重に開きながら、肩まで湯船につかった。脱衣所に置いてあるミニスピーカーから軽快な音楽が流れている。たっぷり三十分は湯船に浸かったところで上がり、部屋着に着替えるとパックをしながら髪を乾かす。鎖骨下まで髪の毛を切ったので、乾かす時間が短縮されてだいぶ楽だ。


 リビングに戻り携帯を見ると、優太から着信が残っておりドキッとした。私はすぐに折り返した。コール音が切れると、少しだけ緊張しながら「もしもし」と言う。


『もしもし、ごめん、忙しかった?』

「ううん、お風呂入ってた。気づかなくてごめんね」

『いや、こちらこそ、いきなり電話してごめん』

「いいよ。気にしないで。実家、どう?」


 優太は新しい柴犬が飼われており、大和丸と船みたいな名前が名付けられていたこと、近所の猟銃免許を持っている人からジビエ料理の話を聞いたこと、弟さんのお嫁さんのことなど、今日あったことを色々話してくれた。私は笑いながらその話を聞いた。


 今日何をしていたのか聞かれたので、ジムに行き、就活の準備をして漫画を読んでいた、と我ながら何ともない平凡な日常の話をした。そこから他愛のない話になり、それは高校生の頃、好きだった同級生と長電話をした夜を思い出させた。


『次の土曜日、11時から予約していい?』

「いいよ。いつものところで待ち合わせ?」

『そうしよう。お昼ご飯、用意しておくよ。何食べたい?』

「簡単なものでいいよ。いつもありがとう」

『それが一番困るんだよなぁ。じゃあ、アクアパッツァとかどう?』

「おしゃれ~。じゃあ、ワインと薔薇を持っていくわ」


 私は冗談めかして言った。優太の誕生日を彼の部屋で過ごしてから、ずっとホテルではなく自宅コースで予約してくれている。彼はいつも美味しい料理を用意してくれており、ランチを食べながら一緒に話すひと時がたまらなく楽しい。こんなに楽しませてくれる彼に、なにか少しでも感謝の気持ちを表したい。


「次からの予約、最短コースにして欲しい」

『その日、予定あるってこと?』

「ないよ。優太が予約してくれる日は丸々一日空けてる。予約時間が終わっても、まあ、一緒にいてもいいかな、と思って。いつもそうしているし」

『それは時間外労働をしてくれるってこと?』


 あはは、と私は笑った。


「そういうこと」


 かすかに息をのむ音が電話越しに聞こえる。その気配に彼の表情が目に浮かんだ。


 しかし、優太は私の収入を心配してくれた。私の売上が下がらないか、と。そんなことにまで気を回せるお客様は他にはいない。つくづく、気遣いの塊だな、と思う。


「大丈夫。困ってないから」

『奨学金の返済が終わったってこと?』

「…まぁ、そんな感じ」


 つい躊躇いがある返事をしてしまった。嘘をつくのがしんどい。しかし、優太は深く突っ込みはせず、「おめでとう」と言ってくれた。


 短い沈黙が流れたのち、優太は呟くように言った。


『俺さ、彼女と別れようと思う』

「えっ、どうして?」


 驚きのあまり声が裏返った。


『…会った時に話すよ』

「わかった。私でよければ話を聞かせて」

『ありがとう。遅くまでごめん。また電話してもいい?』

「いいよ」

『ありがとう。そしたらまた連絡する。おやすみ』

「わかった。おやすみ」


 電話を切ると二時間半も話していた。時間が溶けたのかと思うくらい、時が経過していた。

 なぜ、ゆずさんと別れることにしたのだろうか。先日、ハンドメイド展で絵麻のブースで見かけた時は、ゆずさんはあんなに楽しそうに優太のことを紹介していたのに。


 想いを巡らせても、どれも想像の域を出ない。次の土曜日に話してくれるとのことだったが、気になって仕方がなかった。


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