第3話 風俗店の裏舞台
キャスト兼事務スタッフとして働くようになった私の一日は、まず朝礼から始まる。十時に店がオープンするので、朝礼に間に合うように十五分前には出社するが、事務スタッフとして最初に驚いたことは社員数の多さだ。
私が入店した人妻専門渋谷店に姉妹店があることは、ホームページを見て知っていたが、姉妹店の数が予想以上に多い。新宿、池袋、上野、五反田と山手線沿いに複数の店舗があり、南は福岡県の天神、北は北海道のすすきのと全国に店舗を展開している大手だった。
全店舗が人妻をコンセプトにしているのではなく、アロママッサージ専門や、元モデルなどの肩書を専門にしている店舗もある。しかし、主力は人妻をコンセプトとした店のようだ。
基本的には一店舗につき店長一人で店を回すが、売上が高く店長一人では回し切れない場合は、専属のスタッフがついている。そのスタッフは私のようにキャストと兼任している女性もいれば、スタッフ専門として複数の店舗のフォローをしている人もいる。ざっと見渡しても三十人近くいるフロアは、とても風俗店の事務所には見えず、一般企業のフロアと何ら変わりはなかった。
スタッフ全員にパソコンが与えられ、キャストを兼任しているスタッフ以外は全員がスーツ着用。フロア内に大きなモニターが3か所配置されており、リアルタイムで各店舗の売上がランキング形式で表示される。
月初めには先月の売上表彰が行われる。上位三位の店長達に若くて優しい顔立ちをした会長が、「金一封」とかかれた封筒を渡す恒例行事がある。その中でも渋谷店は何度も一位を取っており、私も渋谷店スタッフとしてお零れに与ることができた。
朝礼では伝達事項を伝え終わると、全員でスローガンを復唱する。
「お客様に感謝し、女性を稼がせることが至上の喜び!お客様にもキャストにも一流のおもてなしを!」
そして最後に「オチャハゼロ!」と叫んで、一気に仕事に取り掛かるのだ。とんでもなく体育会系である。ベンチャー企業にも引けを取らない暑苦しさに、事務スタッフとして初めて出勤した時には、面食らってしまった。
わからないことは都度聞いてくれ、と言った藤本店長に「オチャハゼロってなんですか?」と質問すると、こう返ってきた。
「お茶というのは、出勤したにもかかわらず、お客様が付かず稼げなかったキャストのこと。キャストのシフトがどんなに短時間でも、お客様をつけて稼がせることがここのルールだよ」
オチャハゼロ、つまり「お茶はゼロ」ということを理解した私は後ほど、なぜお客様が付かないことを「お茶」というのか調べてみた。すると、なんとその由来は江戸時代まで遡る。お客様が付いていない暇な芸者や遊女が茶の葉を挽いて抹茶を作るのが仕事の一部だったため、そこから客が付かず暇なことを「お茶を挽く」というようになったらしい。
ちなみにこの用語はこのお店特有の言葉ではなく、風俗業界独自の言葉として現在も使われていることを知って、変なところで歴史の深さを知って感動したものである。
『人妻と一時の不倫を楽しむ』ことをコンセプトにしているだけあって、演出も徹底している。風俗店と言えば、深夜営業、長時間営業のイメージだが、ここの営業時間は十時から十九時と短めである。その理由を尋ねると藤本店長はこう答えた。
「人妻は子供の帰宅に合わせて、夕飯を作るでしょ。旦那や子供が家にいない時に、家を抜け出すからリアルなんだよ。」
それを聞いて私は思わず唸ってしまった。なるほど。確かに言われてみればその通りだ。
渋谷店に在籍しているキャストのほとんどが、現役の人妻かバツイチの子持ちだ。そのため十八時にはほとんどのキャストが退勤してしまう。最終営業時間の十九時まで勤務しているのは私のような独身か、バツイチで子供が既に巣立っている人くらいで数は少ない。
十時になるとお店のホームページに営業開始したことを告知し、一時間に一回の頻度でSNSとホームページに、今すぐ指名できるキャストをピックアップして、目立つようにアピールを行う。
そして、求人サイトとお店のホームページにサクラとして口コミを書き込み、その合間に鳴り響く電話の対応を行い、指名が決まればパソコンに打ち込んでいく。
どのキャストがどこで待機していて何時から予約可能なのか、どんどん変化していくので、どの店舗にもキャストのシフトを管理するためのモニターが一台ずつ設置されていた。エクセルのような表で、縦列ごとにキャストのスケジュールが把握できるようになっている。
キャスト名の下の欄には待機場所が記載されており、十時、十時半、十一時と三十分ごとに横線が引かれている。予約が入るとキャストの名前をクリックし、プレイ開始時間、コース時間、顧客情報、場所を入力し保存すれば予約された時間マスの中に〈渋谷二時間〉といった具合に表示される。予約可能な時間帯は黄色で表示され、予約が入ると水色になる。そのため少しでも黄色い割合を減らすことを目標に指名獲得本数を増やしていく。
ちなみにデリヘル業界ではお客様からの指名数を、本と数える。以前、在籍していた店の店長にその理由を聞くと「デリヘル嬢は手と口を使って相手を射精に導くのが仕事だから、男性器を数える」と言われて、なるほど、と納得した。しかし、ここでは、必ず、人で数える。理由を藤本店長に聞くと「お客様は人間だから」と、至極当たり前な返答が返ってきて、確かに、と笑ってしまった。




