第38話 有楽町にて
多くの人が行き交っている有楽町駅前のロータリーで、私は優太の姿を探した。ものもらいになってから久々の出勤だ。とはいっても、日中は転職活動の面接だったので、今日の指名は十八時半から食事のみで予約してくれた優太だけだ。
私は彼の電話番号に一八四を付けて発信した。すぐに彼がでる。
「もしもし?今どこらへん?」
『今、マルイの入り口のところ』
「わかった。待ってて」
優太の姿を見つけて、手を振りながら駆け寄る。お互い久しぶり、と挨拶を交わした。約一ヶ月ぶりの再会だ。仕事帰りなのかスーツ姿の彼に少しだけときめいた。
「初めてスーツ姿見た。かっこいいね」
「そう?ありがとう」
分かりやすく喜びながら彼が笑う。
「体調、大丈夫?」
「ごめん、ものもらいになっただけなの」
私は自分の目を指さしながら言った。すると安堵したように優太が大きなため息をついた。
「俺はてっきり事故に遭ったのかと思って心配したよ…」
「心配かけてごめんね。せっかくの予約、二回もキャンセルしちゃって、ごめんなさい」
「いや、無事ならいいよ。最初のキャンセルは家庭の事情、って店長から電話があったけど、何かあったの?」
「父方のおばあちゃんが亡くなったの」
「そうだったのか。…大変だったね」
労わるような表情に私は、ありがとう、と言い彼の手握った。
「この後、どこに行く?」
「飲みに行こう。お腹空いてる?」
「空いてる!」
高架沿いにある飲食店に向かう途中で、優太が私のことをじろじろ見てくるので、なに?と目線で聞いた。
「服可愛いな、と思って」
「ありがとう。買ったばかりなんだ」
「そうなんだ。でも、なんていうか…体のライン出すぎじゃない?」
そう言われて私は自分の体を見下ろした。
買ったばかりの赤茶色のニットのロングワンピースはお店で試着した時に、体のラインがきれいに見えるので即決で買ってしまった。せっかく優太が食事のみで予約してくれたのだから、新しい服を着てきたが、体のラインが出すぎていて見苦しかっただろうか。
「見苦しい?」
「いや、そうじゃなくて…。ジャケットの前、閉めたら?」
優太が言いたいことに気づいて、私は笑った。
「彼氏かよ!」
そう言いながらも言われた通りに、黒いアウターのチャックを閉めた。意外と独占欲があるんだな、と思いつつも、そういった気持ちを向けられることに悪い気はしない。
新橋方面へ高架沿いを歩きながら、ビストロ系の居酒屋に入った。ワイン瓶のコルクで作られた絵が壁面に飾られており、お洒落なのに気安い雰囲気の居酒屋だ。
「なに飲む?」
メニュー表を開きながら優太が聞いてきた。私は少し身を乗り出し「とりあえずレモンサワー」と答え、「何か食べたいものある?」と聞いた。
一緒にフードメニューをめくりながらいくつか選ぶと、優太が注文している間に改めてじっくりと真正面から見つめた。いつも私服姿しか見ていないから、スーツ姿を見たのは初めてだ。男性がスーツを着ると普段よりカッコよく見えるから不思議だな、と思う。
「これ、キャンセルしてしまったお詫び」
デパ地下で買ったお詫びの品を差し出すと優太は、気にしなくていいのに、と言いながらも笑顔で受け取ってくれる。そして、鞄から手のひらサイズの紙袋を取り出すと、旅行のお土産、と言って私に渡してくれた。
私は喜んで受け取り、中身を確認すると、木目調が美しい寄木細工のコースターが2枚入っていた。
「すごい!綺麗」
「寄木細工のコースター。良かったら使って」
「ありがとう。2枚も入ってる!柄が違っていてオシャレだね」
裏表をひっくり返しながら模様を見た。家で使うのが楽しみだ。
注文したドリンクを受け取り乾杯すると、箱根旅行はどうだったか優太に聞いた。彼は写真を見せながら思い出話を聞かせてくれた。どうやら晴天に恵まれたようで、景色を写した写真はどれも青空が写っている。
お腹が程よく膨れ、お酒が回りだした頃、私の後ろの方で優太を呼ぶ声が聞こえた。優太がぎょっとしたように、私の後ろを見つめている。
「え、なに?デート?」
背後にいた人が近づいてくる気配がしたので、私は振り向いた。色黒の目鼻立ちがハッキリした男性と目が合う。その男性が、えっ、という表情を浮かべているのを見て、私は嫌な予感がした。
この表情、優太が女性と一緒にいるのを見てその女性は彼女か、もしくは会社の人か、いずれにしろ知り合いと飲んでいると思って声をかけたが、予想が外れた、といった顔ではないだろうか。
私はすぐに愛想よく笑いながら「こんにちは」と挨拶をした。相手が、どうも、と愛想よく返してくる。イケメンだな。
そしてその隣に立っている女性は同業者だろうか。ずいぶんと胸元が開いた服に、深めのスリットが入っているタイトスカートを履いている。濃い化粧をしているが、年下に見えた。デパ地下の化粧品フロアで漂っているような、香水の匂いが鼻をついた。
「会社の方?」と聞いた私に「同期」と優太からずいぶん雑な返答がきた。相手の品定めするような目線を私は、正面から受け止めた。変に思われないよう最大限の笑顔を向ける。
優太は眉間にシワを寄せて犬を追い払うかのようにシッシッ、と手を振った。その仕草に思わず噴き出した。
「邪魔してごめんな。また」
優太に片手を挙げて、奥の方の席へ移動していく。私は首を捻ってその後ろ姿を見つめた。ああいう胸の谷間が見える服を着た女性を見れば男性は、今夜はやれる、とさぞかし期待に胸も股間も膨れるに違いない。自身の女をどうアピールするかはその人の勝手だが、手っ取り早くやれますよアピールにしか見えず、なんとも勿体ないな、と余計なことを考えてしまう。
「会社の同期って、もしかして千早さん?」
「よくわかったね」
「いつも話を聞いているから。イケメンだね」
「えっ、イケメン?」
明らかに機嫌を損ねたようにムッとしている。見た目は男らしいのに、子どもっぽい仕草を微笑ましく思いながら私は言った。
「あの女性、彼女さんかな」
「さぁ、どうなんだろう」
「ふぅん。同業者かと思った」
「同業者?なんで?」
「なんとなく。同じ匂いを感じたから」
犬のように空中の匂いを嗅ぎだした優太に、私は大爆笑した。
「物理的な匂いじゃないよ。雰囲気の話だよ」
「あ、そういうことか」
恥ずかしそうに首の後ろをかきながら笑う彼を見て可愛いな、と思う。私と同じ三十歳なのに、子どもっぽいところが愛おしい。そんな私の気持ちに気づく様子もなく優太は、そういえば、と言った。
「知夏ってあまり肌が露出している服を着ないよね」
「え?例えば?」
「短いスカートとか、肩が出てるやつとか」
「あー、さっきの女性みたいに、胸元が見えすぎているようなやつ?そういうのが好きなの?」
「いや、そういうわけじゃないよ」
「あんなに露出した服を着ていたら、脱がす楽しみが減るじゃん。ねぇ?」
ニヤニヤしながら共感を求めると、優太は苦笑いしながら頷いた。
腕時計を見ればそろそろ予約終了の時間だ。私は伝票を手に取ると、「おごらせて」と言った。しかし、優太は、「そんなわけにはいかない」と譲らない。
「二回もキャンセルしちゃったし、今日も仕事帰りでしょ?お詫びもかねて奢らせてほしい」
「いやいや、お詫びならさっきもらったよ」
私が渡した紙袋を掲げながら優太は言った。いやいや、さっきデパ地下で買ったものだから、本当に大したものではない。
「たいしたものじゃないよ」
「気持ちが嬉しいんだよ」
そこまで言われてしまうと、これ以上粘るのは意固地に思われてしまう。私は観念して、わかった、と諦めた。
「じゃあ、代わりにこの後、もう少し付き合って」
「いいよ」
会計を済ませた優太に、ごちそうさま、とお礼を伝えると一緒にお店を出た。彼の手の動きに気づいて、私の手に到達する前に腕組みをする。
「寒い?」
「いや、大丈夫」
気遣ってくれる優太に首を横に振って答えた。散歩したい、というので一緒に日比谷公園に向かって歩き出す。




