第36話 転職活動
転職活動のウェブ面接二件が終わると、どっと疲労を感じた。今日はどちらも1次面接だった。ものもらいのせいでアイメイクができないが、画面越しだったのでなんとかごまかせた。
十月に入って早くも三週間が過ぎた。書類選考は思ったより通過している。これが転職エージェント経由で履歴書を提出するメリットか、と感じた。
私の経歴書を作成するにあたり、鈴木さんも松永さんも最初は風俗業界に勤めている、と正直に言わなくてもいいのではないか、と助言した。二人が言いたいことはよくわかる。正社員を辞めて風俗業界に転職した経歴は、相手に不必要な誤解を与えやすい。
しかし、風俗業界で働くことは恥ずかしいことではない。私はプロとしてプライドを持って仕事に打ち込んだ。これが私だ、と堂々と胸を張っていられるほど、自分に対して自負がある。
風俗嬢に転職した経緯も含めて正直に話すと、二人とも私の意見を尊重してくれた。そして松永さんは私の年収を見てこう言った。「本当はもっと稼いでいらっしゃるのではないですか?」
わざと低めの年収を経歴書に書いているのがバレて、私は驚いた。なぜそう思うのか松永さんに聞くと、嬉しい答えが返ってきた。
「私はこの仕事をして二十五年になりますが、そこそこ人を見る目はあるかと思います。風俗業界に明るくはありませんが、青樹さんほどのコミュニケーション能力がある方なら、もっと稼いでいてもおかしくないと思いました」
私は微笑みながら本当の年収を明かした。わざと低めに年収を書いている理由を伝えると、松永さんはなるほど、と笑って納得してくれた。
書類選考に応募し、面接が始まった今、正直に経歴を書いて良かったと思っている。書類選考で落ちた会社の中には、風俗嬢は当社にはふさわしくない、とハッキリ言ってくる会社もあった。不合格通知なんて、よく使われる定型文で済ませばいいのに、わざわざ、風俗嬢の仕事を全面的に否定する内容を、大変丁寧な物言いで書いたものを寄越してきた。さすがにこれには大爆笑してしまった。
この文面を書いたのが男か女かは知らないが、もし男だったらこう言ってやりたい。
てめぇも性産業の世話になってんだろうがよ!
しかし、自分の経歴を隠すことなく伝えることで、このような会社を早い段階でふるいに落とすことができる。就職活動は、お互いが選び合う立場で進めるものだ。会社の顔である人事が仕事の貴賤を露骨に示してくるなんて、そんな会社はこちらが願い下げだ。
書類選考が始まるのと同時に、面接対策として鈴木さんと松永さんから宿題が出された。自分の長所短所も含めた自己紹介、前職、現職の退職理由、将来のビジョン、志望動機、そして、なぜ風俗業界に転職したのか、全て文章で書き起こし添削してもらった。
転職軸を明確にすることで、どんな質問もそれに沿って答えれば齟齬が生じない、という説明に得心したが、私はこれに苦戦した。
将来のビジョン、と言われても困る。私は退屈でもいいから平凡な日常を送りたい。仕事を通して○○のような人間に成長したい、などと向上心があるわけでもない。贅沢ができなくてもよい。生きていくのに困らないだけの収入と、自分のプライベートがしっかりと確保される仕事であれば、強いこだわりはない。
とはいえ、これを馬鹿正直に面接で伝えるわけにもいかず、鈴木さんと松永さんのアドバイスに従って『将来的に結婚して子供が生まれたとしても、継続して勤務することで自分のスキルを磨きたい』という内容を転職軸にすることにした。
人と話をする事が好きなので、応募する求人内容はほとんどが営業職。営業経験があるので、 面接官のウケはいいが、一番困った質問はこれだ。
「営業として、どのようなビジョンをお持ちですか」
私は部下を持ちマネジメントすることに、正直言って全く興味がない。新卒で入社したIT商材の会社では五年務めていたので、新人の指導は経験しているが、人に物を教えるのは苦手意識がある。
そして役職を目指したい、という熱意は全くない。むしろ一生、平社員でいい。しかし物は言いようで、松永さんが例文として挙げてくれた文章をそのまま使わせてもらっている。
「私は現場で働くことが好きなので、できる限りお客様と直接関われる立場を希望致します。しかし、自分が得た経験を還元できる機会がありましたら、後進育成のために力を尽くしたいと思います」
丸暗記した言葉を、あたかも本音のようにスラスラと伝えた。建前と本音の使い分けは、風俗嬢の仕事を通してずいぶんと慣れた。
鈴木さんと松永さんのおかげで、面接も思ったよりスムーズに進んだ。面接に落ちた場合は、何が原因で落ちたのか先方の人事にしっかりとヒアリングし、私にフィードバックをしてくれることもありがたい。私は二人の転職エージェントとそれぞれ二人三脚をしながら、細かく軌道修正しつつ転職活動を進めることができた。




