第30話 優太と渋谷で買い物
優太がクレジット払いをしてくれるおかげで、その日に事務所に戻って清算をする必要がなくなった。毎週末、優太と予約時間いっぱいホテルで過ごし、一緒にランチを食べ、時には買い物をする仲になった。仕事に対して緊張感が緩くなっていた私は、優太に会うことが楽しみになっていた。ご飯を食べ、買い物をしていると、風俗嬢としてではなく、普通の女性として遊んでいる感覚になる。それは、ほんとうに久しぶりの感覚だった。
「どう?」
細い青色のフレームにブルーカット用の薄い黄色いレンズが入った眼鏡をかけて、隣を見上げた。優太は真顔で眺めたあと、こっちは?と別の眼鏡を手渡してくる。べっ甲柄のやや四角い眼鏡をかけ、鏡で自分の顔を見た後に再び、どう?と尋ねた。
「さっきよりこっちの方がいいよ」
「そう?べっ甲柄なんて、派手じゃない?」
「そんなことないよ。似合っている」
さらに優太は、こっちは?と少し形が違うべっ甲柄の眼鏡を渡してきた。それをかけて、どう?と見上げる。
「やっぱりさっきの方がいいかも」
そう言いながら、さっき私に手渡してきた眼鏡と今かけている眼鏡を交換する。再び先ほどの眼鏡をかけ、鏡で確認すると優太の方を見上げた。
「いいと思う」
「じゃあ、これにしようかな」
お会計してくる、と言うと、買ってあげようか?と言われたので、私は心の底から「いらん」と答えて、レジに向かった。
お会計を済ますとロフトでウィンドウショッピングを楽しんだ。
私は優太に風俗嬢を年内で辞めること、設定上の仕事であるウェブデザイナーを辞めて転職活動をすることを伝えた。できる限り、彼には嘘をつきたくない。私の人妻設定に支障がでないよう、ギリギリまで本当のことを話した。
観葉植物コーナーを物色し、大小様々な鉢植えを見ていると部屋に飾りたくなる。滑らかな青色をした焼き物に入っている小ぶりな鉢植えを手に取った。名前はわからないが真っ直ぐな葉っぱが生えている。
「可愛いね。部屋に植物飾ったりしているの?」
「全然。一個くらい飾ってみようかなぁ。優太は?」
「俺も飾ってない。欲しいなと前々から思ってはいるんだけど」
そう言いながら、優太は表面がざらついた岩のような黒っぽい鉢植えを手に取った。ずんぐりむっくりした幹に鮮やかな緑色の葉が生えている。ポップを見るとパキラと書かれていた。
「おしゃれだね」
「これかっこいいな」
「買ったら?」
「いや、まぁ、また今度でいいや」
元の場所に植木鉢を戻している優太に私はごめん、と言った。
「この後、美容院行くからそろそろ移動するね」
「あ、ごめん、予定あったんだね。美容院どこ?」
「表参道」
「じゃあ、途中まで一緒に行こう」
優太と手を握り直すと、銀座線へ向かい電車に乗った。
「来週の火曜日、北千住駅に十時だよね?」
念のため待ち合わせの確認をした。優太の誕生日の九月三十日。初めての貸し切り予約ということもあって、私は楽しみにしていた。
「うん。ルミネの近くに花屋があるから、そこ待ち合わせで」
「わかった」
「じゃあ、また三日後に」
「またね」
表参道駅で別れると、行きつけの美容院に向かう。風俗嬢になってから通うようになったお店は、カット・カラー・トリートメントで二万を超える。会社員時代には手が届かない金額だったが、今では毎月通うようになった。おかげで髪の毛の状態はかなりいい。
お気に入りだったオリーブベージュから、黒に近い色に染め直し、背中の中ほどまであった髪を鎖骨下あたりまでバッサリ切った。鏡で私の姿を見つめて、会社員時代に戻ったようだと感じた。それは嬉しく喜ばしくも、どこか寂しいような、惜しいような複雑な気持ちだった。
美容室を出るとプロテイン専門店に向かい、いつも飲んでいるプロテインを購入して渋谷に戻った。ロフトに到着すると真っ直ぐ観葉植物のコーナーに向かい、優太が手に取っていた観葉植物をレジに持っていく。
優太の誕生日プレゼントに革で作ったペンケースを用意していたが、久しぶりに作ったので手先の感覚が思ったより鈍っていた。出来栄えは悪くはないが、普段の感謝の気持ちも込めてもう一つ何か贈り物をしたい。誕生日カードを付けるか迷ったが、万が一、ゆずさんに見つかったら、余計な火種になり得るので止めておこう。
買い物を済ませ、弾む気持ちを抱えながら家に帰った。




