第2話 二足の草鞋
人妻専門渋谷店は『人妻と一時の不倫を楽しむ』をお店のコンセプトにしており、二十年近く営業している老舗だ。ここまで長く営業してこられたのは、在籍しているキャストの多くが実際に結婚しており、私のような未婚のキャストは数えるほどしかいないからだ。
清楚な人妻と会えることをウリにしているので、ネットに掲載されているキャストの写真は風俗店にありがちな下着姿ではなく、清潔感のあるきれいな服を着ている。たまに写メ日記に下着姿の写真をアップしている人もいるが、あまりにも際どい写真は藤本店長が、店の品位を下げるとして注意をしている。
ここでのキャストの取り分は七十%で、オプション料金は全額キャストに入るため、条件はかなり良い。ロングコースを利用する客が驚くほど多く、一日一人対応すれば十分に稼ぐことができる。
指定の待機室はなく、渋谷から一時間以内で移動できる距離であれば、待機場所はどこでも良い。家庭の事情がある場合には、多少自宅が遠くても自宅待機が可能なことも好条件の一つだ。
写メ日記を見る限り、一年以上更新し続けているキャストが多いことから、長く在籍しやすい、つまり稼ぎやすい、と判断してこのお店で働くことを決意した。
友人からは高級店の方が稼げるのではないか、と言われたことがあるが、高級店は最初から除外している。なぜなら高級店はキャストにハイスペックな容姿を求めるからだ。私は残念ながら自身の容姿が高級店では、決して通用しないレベルであることは良くわかっているので、勝ち目のない土俵には登らない。
しかし、私は自分の容姿が突出して優れているわけではないものの、決してブス、というわけでもないと評価している。そのため、多少高めの店舗でもやっていけるはずだと考えた。
そして、結果的に私の予想は当たった。今のお店に移ってからの月給は、会社員時代とは比べ物にならないくらい高給取りになった。
私を指名してくる客のコース時間の平均は二~三時間。長い方だと五~六時間といった超ロングコースで指名してくる。おかげで一日に何人も客を取らなくても、一人相手にしたら十分に稼げる。
新人として入店した月の売上ランキングは断トツで私が一位であった。私の勤務態度、お客様からの評価を総合的に判断した藤本店長が、入店一ヶ月を終えた頃に、店の事務スタッフもやらないか、と提案してきたのだ。
「もちろんキャスト業務を最優先してもらって構わない。そっちの方が稼げるからね。待機時間に事務所で店の運営を手伝って欲しい。時給は高くはないが、待機時間でも稼ぐことができる」
そう言われて私は即座に二つ返事をした。
風俗嬢に転職してまず驚いたことは、待機時間が思いのほか長いことである。私に人気が無くて待機時間が発生している、ということはもちろんあるだろうが、待機室にいる他のキャストも長時間待機していることに、前にいた店で気がついた。
藤本店長が提示した事務スタッフの時給は思ったより良かった。飲食店などで払われる時給よりは高く、ガールズバーの時給より安いといった具合だった。
「キャストの収入に比べると、安く感じると思うけど…」
と肩をすくめながら言う藤本店長に、私は笑って答えた。
「キャストの給与感覚に慣れてしまったら、普通の会社員には戻れないです」
そう、私はこの言葉を常に肝に銘じている。
風俗嬢の収入は仕事の性質上高額になりやすい。収入が増えれば、生活水準を上げたくなるのが人間の性質だ。ただし、一度上げた水準を下げることはなかなか難しい。
しかし、借金完済の目標を掲げているので毎日自炊を行い、サイゼリヤのミラノ風ドリアに、半熟卵を追加するかどうかで悩む生活を相変わらず送っている。
友人である絵麻は私が風俗嬢に転職するにあたって、いくら借金返済のためとはいえ猛反対だった。風俗嬢から一般企業に戻れなくなるのではないか、と心配を前面に押し出して説得を試みてくれた。
もちろん弁護士に頼んで、債務整理や自己破産の手続きを踏む選択肢もあるだろう。だが、自分のしでかしてしまったことは、自分で後始末をつけたかった。会社員から風俗嬢に転職するにあたって、落ち込む暇もないほど忙しかった。
おかげで精神を病むことなく風俗嬢ライフを送っている。




