第28話 真田店長が稼ぐ理由
会長からの新規店舗立ち上げの提案を受けた三日後、藤本店長が休みのため、川崎店の真田店長がカバーに入ってくれた。私はちょうど生理中だったため、終日電話対応やホームページ、SNSの更新、領収書の作成に没頭した。お客様からの問い合わせが落ち着いた十八時頃、私の隣で清算作業をしている真田店長に遠慮がちに声をかけた。
「あの、質問してもいいですか?」
「ん?キャストから店長にならないか、って提案受けている件?」
「え、なんでわかったんですか?」
「まぁ、今日、ずっとチラチラと私のことを見ていたし、藤本さんから話は聞いていたから」
いつ質問しようと機会を伺うために見ていたことがバレていて、恥ずかしい…。
「ま、職場だとなんだから仕事が終わったら、ご飯にでもいく?」
「はい、お願いします」
私は頭を下げ、清算ラッシュに備えて準備を始めた。
結局仕事が終わったのは二十一時過ぎ。真田店長がよく行く居酒屋に連れて行ってもらった。気安い感じのお店でかなり賑わっている。カウンター席に着くとおしぼりを受け取り、真田店長はビールを、私はレモンサワーを注文した。
「ここ、焼き鳥がおいしいよ。レバーと砂肝が個人的にはおすすめ。嫌いな食べ物ある?」
なんでも食べられます、と答えて注文は真田店長にお任せする。真田店長は焼き鳥の盛り合わせ、イカの塩辛、もつ煮込み、だし巻き卵を注文した。すぐに頼んだ飲み物と、お通しのきんぴらごぼうが出てくる。
失礼にならないようビールジョッキの下の方に、自分のレモンサワーグラスを軽くぶつけ乾杯をした。真田店長はビールをすぐに飲み干すと日本酒を追加注文している。
「お腹すいたよね。遠慮せず食べたいものあったら注文してね」
「ありがとうございます」
カウンター越しに店員が日本酒と、塩辛ともつ煮込みを渡してきたので、私は中腰になってそれを受け取る。
「会長からの提案、迷っている感じ?」
「そうですね。いきなりのお話すぎて戸惑っています」
「まぁ、まだ若いもんね。キャストとして十分稼げる年齢だし?」
「いや、まぁ、キャストは年内で辞めようかと思っているんですが」
「あら、どうして?」
「借金を返すためにこの仕事をしていたので」
「じゃあ、もう目標は達成?」
「はい」
「そう」
おつかれさま、と真田店長は微笑んだ。借金を抱えた女性はこの業界では珍しくない。特別視することもなく、普通のことのように接してもらえるのが嬉しい。
「真田店長はどうして、店長になろうと思ったんですか?」
「そりゃあ、お金よ。稼ぎがいいもの」
当然、といったように笑っている。
「ずっとキャストとして働くのは無理。閉経したら濡れにくくなるし、どんなに外見を若く維持しようとしても、ベッドプレイは限界があるのよね」
もつ煮をつまみながら真田店長は言った。食べてね、と私に勧めてくれるので、私もちょこちょこつまみながら話を聞いた。
「キャスト歴は長いんですか?」
「通算で十四年くらいかな。色んなお店にいたけど、最終的には今のお店が一番長いかな。七年在籍していたよ」
「長いですね」
「そうね。前の店長がいい人だったのよ。結構なおじいちゃんだったけどね。待遇はいいし、客質もいいし、店長は親身に話を聞いてくれるし、働きやすかったわ」
「前の店長、どうしてお店辞めちゃったんですか?」
私の問いに真田店長は自分の胸を指さした。
「心臓の病気。元々持病があったみたい。もういい年だから引退したい、ってことで会長が藤本さんを引っ張ってきたの。前の川崎店長が知り合いに頼んで、藤本さんを会長に紹介したのよ。ちゃんと自分の後釜を用意するなんて、責任感ある人だなと思ったよ」
「すごいですね。辞める時に自分の後任を用意するのは会社の仕事、って考えるのが普通ですよね」
「そうね。筋を通す人だったから、いいお店を作れたんだと思う」
ちょうど焼き鳥が運ばれてきたので、焼きたてのレバーを頂いた。おいしい、と思わずつぶやいた私に満足そうに真田店長は笑った。
「結局、藤本さんは渋谷店を担当することになって、その時に会長が私に声をかけてくれたの。まぁ、前の店長に、この先キャストとして働き続けることは難しくなってくるからどうしよう、って相談していたから、たぶん口添えしてくれたんだと思う。その時、四十二歳だったんだけど、子供たちは食べ盛りだし稼がないといけないから、私にとってはありがたい話だったかな。私の職歴ってほとんどが水商売だから、四十過ぎて子どもを養えるだけの仕事に就くのは難しいからさ」
「えっ、お子さんいるんですか?」
「いるよ。息子が三人」
とても子供が三人もいるようには見えない。五十歳なのに体つきは私とあんまり変わらない。同じ女としていつまでも若々しく、美しさを保っている真田店長を素直に尊敬した。
「真田店長はどうしてこの業界に入ったんですか?」
「この業界に入る理由なんて、お金が必要だからじゃない?」
「まぁ、そりゃあそうだとは思いますけど」
「アハハ!莉奈さんって結構、思ったことが顔に出るタイプだね。裏表なさそう。なるほどね。そういう素直なところが、客からウケるんだろうね」
頬杖をつきながら目を細めるようにして真田店長は笑う。
「私は旦那と離婚していてさ。最初は生活保護のお世話になっていたけど、やっぱり自分の力で子供たちを育てたくて28歳でこの業界に入ったの。元旦那と会う前は金持ちの愛人みたいなことをやっていたから、そんなに抵抗はなかったし。どうせ仕事やるなら、一番高値がつくもんを売ってやろうと思って」
逞しいと思う。つくづく、子を持つ母は逞しい。渋谷店にもシングルマザーのキャストは多い。でも悲壮感漂うキャストは少ない。前向きに何かのために働いている姿は、かっこいいと思う。
「すごいですね…。お子さんが小さいうちは大変だったんじゃないですか」
「そりゃあね。小さい子どもってすぐ熱を出すから、ずっと保育園に預けておくってわけにもいかないからね。でも、母が子どもたちの面倒を見るために来てくれて、それで仕事に集中できたのよ」
ほんとうに感謝している、そうつぶやいた真田店長は昔を懐かしむような顔をした。
「ご実家はどちらに?」
「愛媛」
「遠いですね。お母様、愛媛から東京に通ってこられたんですか?」
「まさか、遠すぎて飛行機代が馬鹿にならないよ」
おかしそうに真田店長は、アハハと肩を揺らした。
「離婚して私が大変だろうからって、仕事辞めて愛媛から上京してきたのよ。いい歳してすごくフッカルだよね」
「それは凄いですね」
「ある日、突然電話がかかってきてさ、仕事辞めたから明日、東京に行くから!って。それで本当に東京に来た。でっかいキャリーケースを引きずって」
真田店長も逞しいけど、お母様も逞しすぎる。
「父は既に他界しているから、母にとっても子どもたちの育児は生きがいだったみたい。小児科の看護師をやっている人だから、子どもが風邪ひいても安心して任せられたよ」
真田店長はカウンター越しに日本酒とお猪口を受け取り、私にお酌をしてくれた。私はお銚子を受け取ると両手でお酌を返した。
「お母様にはお仕事のことは何と伝えているんですか?」
「さすがに風俗とは言えないから、人材会社で働いている、ってことにしている。ま、男の元に派遣されるわけだから、ある意味正解」
物は言いよう、と唇の端を持ち上げながら真田店長は笑った。
「ちなみにね、莉奈さん。私の人生最大の誇りは息子3人を、奨学金をもらわずに大学を卒業させたことなの」
お猪口を傾けながら話す真田店長に、私は黙って頷いた。
「なんだ、そんなこと、って思われるかもしれないけど、私にとっては息子達を自立できるまで育てることが目標だったの。それを、自分の稼ぎでできたことが誇らしい。だから、私は風俗店の店長をして正解だったな、って思う」
ちなみに長男は警察官、次男は高校の体育教師、三男は商社の営業マン。どう?なかなか立派でしょ、と真田店長は嬉しそうに微笑んだ。
「これは私個人の考えだから、あくまでも参考程度に聞き流してほしいんだけど、お金と時間を天秤にかけた時に、お金を優先させたいならここの仕事はお勧め。性別関係なく努力すれば稼げるから。でも、自分の時間はほぼ取れないって思った方がいいね。休みが取りやすい環境ではないよ。自分の時間を優先させたいなら、止めといたほうがいいと思う。ま、どのくらいの年収が自分には必要か、考えてから決めるのもいいんじゃない?」
私は頷いた。職業と業界、どちらを先に決めるべきか迷っていたが、時間とお金、どちらを優先すべきなのか考えたこともなかった。
「ちなみに店長達の年収っていくらくらいですか?」
「店舗によると思うな。売上に応じてインセンティブが入るから。川崎店だと余裕でこれは超えるよ」
真田店長は人差し指をピンと立てた。人口の数%しか得ていないと言われる年収を、女性が稼いでいる。確かに高収入だ。
「ちなみに業務委託だから、いろいろ経費で落とせるよ。もちろん犯罪にならない範囲でね」
思いっきり含み笑いをしながら真田店長が言う。言っている意味が分かって、私は思わず苦笑した。
「色々と教えて頂きありがとうございます。すごく参考になります」
「いいよいいよ。莉奈さんならどこでもやっていけるよ。頑張って」
真田店長は笑いながらお猪口掲げ、私たちは改めて乾杯をした。




