第20話 リベンジ
夕方になってもムッとした蒸し暑さがあたりを漂っている。指定されたお店は渋谷駅から徒歩十五分とやや遠いが、そのぶん駅周辺の賑わいに比べて静かなエリアだ。
日傘をしっかり差しながら、グーグルマップを頼りに歩いて行くと十階建ての雑居ビルに到着した。待ち合わせ時間より十分早く着いてしまったが、既にビルの入り口にシラカワさんが待っている。
無地の白シャツに爽やかな色をした半袖のアウター、黒のパンツにリュックを背負っていた。全体的にラフな格好なのに背が高く体格が良いのでおしゃれに見える。やっぱり、何を着るかより誰が着るかだな、と誰かが言っていた言葉を思い出した。
私は黒のレースシャツにカーキ色のロングタイトスカート、お気に入りのクリムトの『接吻』をイメージしたミュールだ。もっとラフな格好でも良かったかもしれない。
「お待たせしてすみません。」
急ぎ足でシラカワさんに駆け寄った。
「あ、いえ、全然待ってないので大丈夫です。急かしてしまったようで、すみません」
お互いペコペコと頭を下げると、エレベーターへ向かった。
「あの、生理中だとお酒が飲めないかなと思って、ソフトドリンクの種類が多いお店にしました。十階のお店です」
エレベーターの横に設置されている案内図を指さしながら、シラカワさんが説明した。この若さで生理中の女性の体調を気遣ってお店を選ぶなんて素敵な男性だな、と素直に感心した。
「ふふ、お気遣いありがとうございます」
「いえ。それと、これをご確認ください。料金は事前にお店に確認しました」
前回同様、律儀に封筒に入れられたお金を私に差し出してきた。今回は朝顔柄だ。私は受け取りながら、夏らしくていいですね、とほ微笑んだ。お店にラインでお客様と合流した旨を伝え、コース時間と料金を確認すると封筒の中身を数え、鞄にしまった。
エレベーターに乗り込み最上階の十階に到着すると、間接照明に照らされた看板があり、それだけで十分に雰囲気の店であることが分かった。
「シラカワで予約しています」
入り口で出迎えたウェイターに予約名を告げている様子を見て、軽い驚きを覚えた。え、シラカワって本名?
予約をする際に、偽名を使うお客様は圧倒的に多い。だいたい十人中九人は偽名だ。シラカワ様に本名なのか後で聞いてみよう。
席まで誘導してくれるウェイターの後ろを歩きながら、私はゆっくり店内を観察した。雑居ビルの景観からは想像できないほど天井が高く、開放感に溢れる内装だった。各テーブルに置かれたキャンドルが幻想的な雰囲気を醸し出しており、大きな窓からは渋谷の街並みが見下ろせた。きっと夜になったら夜景がきれいで、デートにはぴったりな雰囲気を演出してくれるのだろう。
案内された席は景色が良く見える窓側の席で、頭まですっぽり隠れるくらい背もたれが高いソファーが置いてある。いわゆるカップルシートというやつだ。
ソファーに腰かけると、思いのほかふかふかで座り心地が良い。シラカワさんは私とぴったり距離を縮めることもなく、鞄一つ分のスペースを開けて隣に腰かけた。
「すごく素敵なお店ですね。予約して頂いてありがとうございます」
「いえ、友人に勧めてもらったところを予約しただけです。思ったより雰囲気が良くてびっくりしました」
「ここの席なら夕日がきれいに見えそうですね」
「ですね。何を飲まれますか?」
シラカワさんが広げてくれたメニュー表に、ざっと目を通す。たしかにノンアルコールの種類が豊富で、おしゃれなグラスに入った色鮮やかなドリンクの写真が掲載されている。大衆居酒屋しか行かない私からすると結構いいお値段にみえるが、この内装のお店なら妥当な金額なんだろう。
「せっかく素敵なお店に連れてきて頂いたので、一杯だけお酒を頂いてもいいですか?」
「もちろんです。何がいいですか?」
「レモンサワーでお願いします」
シラカワさんは頷くと、テーブルの上にある呼び出しボタンを押した。すぐにウェイターがやってくる。
「レモンサワーとビールをお願いします」
シラカワさんの注文の仕方に、私は好印象を抱いた。自分の飲み物ではなく先に相手の飲み物を伝える、些細なことだが自分よりも相手への気遣いができる方だな、と思う。
「お腹すいていますか?苦手な食べ物とかありますか?」
好きなものを何でも注文してください、と言うシラカワさんに、私は遠慮することなく食べたい物の候補を選んだ。シラカワさんにどちらが良いか尋ねると、シラカワさんはシーザーサラダ、チーズの盛り合わせ、などその都度選んでいった。
飲み物を運んできたウェイターに数品、注文するとさっそく乾杯する。シラカワさんは一気に半分近く飲み干すと、ビールのCMのように大きく息をついた。
「いい飲みっぷりですね。ビールがお好きなんですか?」
「好きですね。さっきまでジムに行っていたので、余計に美味しく感じます」
「あ、だからリュック背負っていたんですね。渋谷のジムに通っているんですか?」
「いや、チェーン店みたいにあちこちにあるので、都合に合わせて通っています。便利ですよ」
あっという間にビールを飲み干したシラカワさんが、追加のビールを頼んだ。お酒が入っているおかげか、前回会った時より少し饒舌になっているような気がする。やはりお酒の力はすごい。コミュニケーションを円滑に回してくれる潤滑油だ。
シラカワ様が四杯目のビールを飲み終えた頃には、タメ口で話すくらい打ち解けていた。私も彼も浪人して大学に入ったので、浪人時代の苦労話しや、浪人生あるあるで盛り上がってから話が広がった。彼の気取らない話は私を気安い気持ちにさせ、大いに楽しませてくれた。特に会社の同期の話が面白い。食べることが大好きな圭介さん、女遊びが激しい大和さん、そして何でも話せる千早さん。話を聞いていると、シラカワさんは良い同期に恵まれているようだ。
いつも常連客が求めるような、手応えのある会話を心掛けて話す時間とは全然違う。私は会話をする際に相手が八割、自分は二割の割合で話すように心がけている。これは、相手から会話を引き出し、相手にスポットライトを当てる上で役に立つ心がけだ。
そういったことを意識し、会話で相手を楽しませる時間はそれなりに楽しいが、常に背伸びする必要があるため緊張が伴う。しかし、彼との会話は私を無理に押し上げる必要がなくリラックスでき、居心地が良かった。
彼は社内で自社製品を使用したピザのイベント販売を企画して、ゴールデンウィーク中にあちこちでイベントをやっていたそうだ。私はその話を聞いて、もしかして、と思い聞いてみた。
「それって代々木公園でも出してた?これくらいのサイズで、ワンコインで買えるやつ?」
「出していたよ。え、知ってる?」
これなんだけど、と携帯のアルバムを開き、いくつか写真を見せてくれた。焼きたてのピザや、多くの人が並んでいる様子などの写真を見て私は思わず手を叩いた。
「そうそう!これ、私、食べたよ。美味しかった!」
するとシラカワさんは嬉しそうに手で口元を覆った。
「嬉しいなぁ。新卒からずっと営業なんだけど、企画部に移りたくて企画を考えては社内に提案し続けていたんだ。そしたら企画部の部長が声かけてくれてさ、もしかしたら来年度は企画部に異動できるかもしれない」
私が会社員として働いていた頃だったら、彼のように仕事に打ち込むタイプの人間とは馬が合わなかったと思う。しかし、今は違う。仕事に打ち込むことの楽しさや、やりがいを知っている。だから同年代の彼が仕事に打ち込んでいる話を聞いても、気後れや、気持ちに隔たりを感じること無く、楽しく話すことができた。
シラカワさんから私は普段は何をしているのか、と聞かれたので、設定であるウェブライターの仕事をしており、風俗嬢は奨学金返済のために、たまに出勤している、と伝えた。すると人の好いい彼はあっさりとそれを信じ、「それは、大変だね」と労わりの言葉をくれた。私は嘘をつくのが申し訳なくなって話題を変えた。
「そういえばシラカワって、本名?」
「本名だよ。本名は白川優太」
空中に指先で漢字を書きながら、白川さんは説明をした。
「莉奈さんも本名?」
失礼とは思いつつも、風俗店に通ってくる客とは思えない質問に笑ってしまった。水商売の世界で働いている女性は、必ずと言っていいほど源氏名を使っている。
「源氏名だよ」
「あ、やっぱそうだよね。ちなみに本当の名前って…?」
私は答える代わりにちょっと肩をすくめて見せた。今まで色んな客が、私の本当の名前を聞きたがった。そのたびにはぐらかしてきたが、あまりにもしつこい客には「平仮名で、じゅん、です」と嘘をついてきた。仕事柄、本名を明かすなどリスク以外何物でもない。
「ちなみに、なんて呼んだらいい?」
気を取り直して質問した。この質問は私がお客様に良くする質問で、相手が希望する呼び名を呼ぶことで距離感を縮めることに役立つ。多くのお客様は偽名を使用するが、下の名前で呼んで欲しい、というお客様はだいたいが本当の名前である。
「じゃあ、優太で」
「優太さんね」
私はわざとおどけて警察官のように敬礼しながら「承知いたしました」と答えた。そして私は、気になることを聞いてもいい?と断りを入れた。優太さんが頷くのを見て、若干の迷いがあったものの、質問をした。
「どうしてもう一度、指名してくれたの?」
なぜ再び指名してくれたのか、この質問をお客様に投げかけるのは初めてだった。ご満足頂ければリピートしてくれる。そんな当たり前のこと聞くまでもないが、前回のプレイ内容でご満足頂けているとはとても思えなかった。
「えっと、それはどういう…?」
戸惑ったように答える彼に、私は申し訳なさもあり目を逸らした。
「その、この前は私の技量不足で、ご満足頂けなかったんじゃないかと。普通、不満が残るキャストを再度指名する方はいらっしゃらないと思うから」
私の言葉に彼は、あぁ、と納得がいった表情をした。
「不満なんてなかったよ。むしろ俺の方こそごめん」
まさか謝られるとは思っていなかったので慌てた。あれで不満ではないとはどういうことか。優太さんは私の顔を見ながら、少し困ったように説明した。
「まぁ、そういうこともできたらいいな、とは思っていたけど、それ以上に人肌が恋しかったというか…」
「年上の女性に話を聞いてもらいたい、って言っていたよね。ごめんなさい、もしよかったら他のキャストとチェンジする?」
「いや、莉奈さんが良いと思ったから、あの、また話をしてみたくて指名したんだ。人妻専門店ってかなり年上の人がいるイメージだったから、そこまで期待していなかったというか。だから、莉奈さんみたいに綺麗な同い年の人がきて、前は緊張してダメだったんだ。ごめん。莉奈さん、風俗嬢という感じがしないというか、普通の人っぽいというか、今も話していてすごく楽しいし」
しどろもどろに一生懸命話している様子に、私は図らずも照れた。風俗嬢になってから今まで、お客様相手に照れたフリをすることはあっても、照れたことなんて一度もなかった。
「…ありがとう」
もっと気の利いた言葉を言いたかったのに何も思いつかない。なんとも気恥ずかしい沈黙が流れ、お互いはにかんだように笑う。
「その、前に言っていた話を聞いてもらいたい、ってなに?」
「あー、いや…」
気まずそうな顔で鼻の頭を指でかいている。先ほど注文したジントニックと夏みかんのノンアルコールカクテルが運ばれてきたので、受け取ると私は飲みながら相手の様子を伺う。優太さんはジントニックを一口飲み、意を決したように言った。
「あの、気を悪くしたらごめん。莉奈さんを次も指名した時に追加料金を払えばその、セックスってできる?」
「はい?」
急な申し出に、思わず裏返った声で返事をしてしまった。なんと答えるべきか迷った。
「ごめん、彼女はいるんだけど、その、できなくて…」
私の沈黙を気にしたのか、答える前に優太さんは言った。
「できない、っていうのはどうして…?」
「その、彼女はノンセクシャルなんだ」
その単語を聞いて、私は頭の中でジェンダーに関する引き出しを急いでひっかきまわした。
「つまり、性欲を持たない人のことだよね?」
「あ、知ってる?」
「私、バイだから。ジェンダーに関することは割と興味あるよ」
とは、言ったもののノンセクシャルについて詳しく話せるほど知識があるわけではない。性欲を抱かないタイプの人、ということしかわからない。
「それは、彼女さんがそう言ったの?」
「うん、カミングアウトされた」
「そうなんだ」
ここで一つ疑問が生じた。今の話で挿入行為ができない、ということはなんとなく察することができた。しかし、手や口、おもちゃを使って相手を満足させることは、できるのではないだろうか。いや、もしかしたら、一般女性はそういうことをしないのかもしれない。この業界に慣れすぎて、普通の感覚に自信がなかった。しかも、デリケートな話題、かつ私の知識が乏しいジャンルの話だけに、何をどう聞けば失礼に当たらないのか判断しかねた。
「いつカミングアウト受けたの?」
「付き合って半年経った頃かな」
つまり、それは一年半もの間我慢し続けている、ということか。
「その、彼女はどこからがダメなのかな?人によって線引きが違うよね?」
「軽いハグくらいなら大丈夫。でも、手を繋いだり、キスするのはダメ。初めて元カレとやった時は気持ち悪くなって、吐いちゃったらしい。…付き合い始めた時に何度か試してみたけど、どうしても上手くいかなくて。彼女自身はずっと、なんとなくそうかなって思っていたみたいだけど、俺と付き合って確信したんだって」
知識として、性欲を抱かない人がいることは知っていたが、その人たちが自分のジェンダーについて、どの言葉でラベリングされるのか認識するようになるまで、どのような過程を経るのかについては考えたこともなかった。
付き合ったらセックスするのが当たり前。そんな風潮の世の中だから、彼女さんはきっと、上手くできないことに悩んだのではないだろうか。そして、ゲイやレズといったジェンダー程、認知が普及していないだけに理解されないことも多かっただろう。しかし、優太さんは本音ではどう思っているのだろう。
「…野暮なこと聞いてごめんね。それって付き合っていて、しんどくならない?」
恐る恐る聞いてみた。彼の表情を見て、以前、指名を頂いたプラトニックラブの夫婦関係を営むお客様のことを思い出した。
「そりゃあ…ね」
優太さんの目が光っていることに気づいて、私はテーブルの上に置いてある紙ナプキンを渡した。
「余計なお世話だとは思うんだけど、その、他の女性とは付き合おう、とは考えたことないの?」
優太さんは受け取った紙ナプキンを手に持ったまま、ゆっくり首を横に振った。
「できないからといって、別れることは考えてないよ。やるために付き合っているわけじゃないし。それに、そのことを除けば一緒にいて楽しいし」
「そっか。…二年も我慢して大変だったね」
「もっと長いよ」
諦めたような笑いで彼は言う。
「俺、彼女に一年半片思いしていたから。付き合って二年経つけど、もう、ずっとやってない。さすがに自分で処理するには限界…」
私はかけるべき言葉が見つからなかった。二十代男性が、三年半の間、我慢して一人の女性を思い続け、大事に扱っていることに驚嘆と感心を抱いた。そして、そこまで想われている優太さんの彼女のことを羨ましく思う。これぞプラトニックラブ。自分の欲望を抑え込んでまで相手を想うその気持ちは、深い愛情以外に他ならない。
黙ってしまった私に優太さんは苦笑いしながら言った。
「実は千早に、あー、同期のやつに彼女とレスの人がいて、実は俺もって話をしたら、風俗を勧められて。彼女との関係を円滑にするために、他の女性の手を借りるのもアリだって。風俗なら浮気にはならない、って言われて、それで色々探したらこのお店を見つけたんだよ」
誠実だな。そういう理由で風俗に来る人に対して、私は心から敬意を払う。なぜならマインドが自分自身ではなく、大切に扱うべき他者に向いているからだ。自分の大事な人との関係を良好に保つために、わざわざお金を払って処理をする。彼くらいのスペックなら、クラブやアプリで簡単に処理の捌け口を見つけることくらい、いくらだってできるだろうに。
風俗に行く男性に対して、浮気と責める女性の気持ちは分かる。でも、責める前にどうしてそれを必要としたのか、理解に努めてもいいのではないか、とこの仕事をして思うようになった。
黙って頷く私を見ながら優太さんは続けた。
「だから、ただ、ハグだけでも十分だなって思ったんだ。それで、年上の人なら話をした上で受け止めてくれるかな、と思って人妻店を選んだんだよ。まさか同い年の人が来るとは思わなかった」
あはは、と笑う彼に思わず目を伏せて「ごめん」と謝った。そんな私の顔を覗き込むようにして、優太さんが言った。
「いや、莉奈さんが来てくれてラッキーだな、って思ってる。俺、彼女がそういうタイプだってこと、初めて人に話せたよ。少し、気持ちが楽になった」
ありがとう、と言う優太さんに私の方こそお礼を言いたい。
「こちらこそ、話してくれてありがとう」
私が今まで出会った人たちの中で自分の欲望を抑え込んででも、相手の意向に沿ってプラトニックラブの関係を築く人たちは、皆、優しく繊細で、それでいて誠実であろうと努力していると思う。
しかし、そういうお客様に対して心を満たすプレイを提供する自信はなかった。なぜなら、そのようなお客様の心は常に一番望んでいる女性に向いており、身体はスッキリできても、虚しさが拭えない。そんな人の心を満たすことができるのは、私のような風俗嬢ではなく、その方の彼女や奥さんに他ならない。
「ちなみにソープを利用しようと思わなかったの?」
「いや、あんまり考えてなかったかな」
「どうして?ソープなら確実にやれるよ」
「莉奈さんだから言うけど、実は俺、情けないことに遅漏気味なうえに、ちょっとでも緊張すると本当に役に立たなくなるから…」
「え、それって別に情けないことじゃないと思うよ」
「そうかな」
「そうだよ」
私は自信を持って肯定した。時間がかかる人はその分繊細なだけ、と個人的には思っている。
「彼女さん、ってどんな人?」
私は彼のことをもっと知りたくなった。ここまで大切に思われている女性とはどんな人なのだろう。優太さんは少し恥ずかしそうに彼女のことを話してくれた。
彼女さんは小学生の頃からずっとバレーボール部で、今でも社会人チームで活動しているそうだ。大学時代、同じサークルで知り合ったことがきっかけで仲良くなり、ずっと飲み友だったらしい。社会人になってからもたまに複数人で飲みに行ったそうだが、優太さんの勤め先が直営店をオープンするにあたって、内装を手掛けた会社が彼女の勤め先だった。それがきっかけで二人で飲みに行くようになったらしい。一年半の片思いを経て、晴れて交際スタート。今、彼女は一級建築士の資格取得を目指して猛勉強中のため、月に一回しか会えていないという。
「写真ないの?見たいな」
私の要望に優太さんは携帯で写真を見せてくれた。それを見て私は思わず「えっ!美人!」と驚いた。ショートカットが良く似合う小顔に大きな瞳、どこかの観光地なのか、歴史的な街並みを背景にこちらに向かって微笑んでいる。
「すごくスタイルいい。背、高いね」
モデル並みの等身で羨ましい。
「百七十センチあるから、女性にしては高いかもね」
「いいなぁ。名前、なんていうの?」
「ゆず」
「かわいいね」
スタイルがよく美人で、一級建築士を目指すほど仕事に打ち込んでいる。きっと努力家なんだろうな。これだけ美人なら、さぞかし様々な男性に言い寄られたことだろう。彼女の性質上、きっと不愉快な思いをすることも、多かったのではないだろうか。
「てか、ごめん。自分ばっかり話してて。もう時間だよね」
そう言われて腕時計を確認すると十九時前である。外はすっかり日が暮れており渋谷の夜景が一面に広がっていた。話にのめり込み過ぎて、時間管理をしていなかったことに気が付いた。
「時間、気にさせてこっちこそごめん」
「全然、大丈夫」
優太さんはウェイターを呼ぶとお会計を済ませ、私がソファーから立ち上がりやすいように手を差し出してくれた。自然とその手をつかんでソファーから立ち上がる。ナチュラルにエスコートできる人だな、と思う。
優太さんは私が銀座線に乗ることを知ると、人込みを縫うように進みながら銀座線の改札口まで見送ってくれた
別れ際、私は手土産が入った紙袋を渡した。
「今日はごちそうさまでした。良かったらそのお礼」
「え!いいの?」
大きな声に道行く人が何人か振り向いた。
「これ、お茶漬け。飲んだ後にでも食べて」
「ありがとう。お茶漬けすごく好き」
大型犬が尻尾を振っているような笑顔だ。こんなに喜んでもらえるなんて買った甲斐があった。そしてずっと気になっていたことを聞いてみた。
「それにしても、どうして私なの?」
優太さんは一瞬きょとんとしたが、すぐに意図を理解したようで教えてくれた。
「莉奈さん、すごく真面目な人だよね。」
意味が分からず、首をかしげると優太さんはすぐに話しだした。
「偏見かもしれないけど、こういう仕事をしている人って、抜いてあげればいいんでしょ、って思っているイメージだったんだけど、莉奈さん、そんな感じではなかったし、初めて会った時に俺の緊張を何とかしようと、すごく気を遣ってくれたのがわかったから。今日、一緒に飲んでいてすごく楽しかったし、なんだか、こんな俺でも受け止めてくれそうな気がして。安心して甘えられると思ったから」
そう言われて悪い気は全くしない。ただ私が心配していたよりも、私との時間に満足感を覚えてくれていたようで安心した。
「そう言ってもらえてよかった。今日はありがとう」
お辞儀をした私に、丁寧に優太さんも頭を下げてくれた。
「こちらこそありがとう。またお店に連絡するね」
会釈をしながら銀座線の改札口を通り、階段を登る直前で振り返ると、まだ優太さんは改札口の前に立って見送ってくれていた。私が小さく手を振ると、彼も手を振り返してくれた。




