第15話 友人のおかげで
家がバレた以上、早急に引っ越した方がいいとアドバイスを受け、私は当面の着替えをバッグに詰めて絵麻の部屋に泊めてもらった。絵麻は彼氏と同棲していたが、絵麻の彼氏である陸さんはリビングのソファーで寝てもらい、私は絵麻と一緒にダブルベッドで寝た。
翌日、絵麻の強い勧めで体調不良を理由に一週間ほど休みをもらい、アラームをかけることなく寝るようにした。しかし、時折、『コンコン』とノックの音が聞こえて、ベランダの方に目をやってしまう。絵麻の部屋は五階なのだから、絶対に外からノックができるはずはない、と頭でわかっていてもどうしても、聞こえたような気がしてならなかった。
しかし、絵麻の部屋でゆっくりと休めたおかげで、私の頭は正常に稼働し始めた。この件について、弁護士や消費者センターに足を運んだが、お金の回収を行うのは極めて難しい、ということがよく分かった。
弁護士から任意整理か自己破産を提案されたが、一定期間ローンが組めず、クレジットカードが作れなくなる、ということを知りその方法は選べなかった。
私はネットで借金を返している人のブログやSNSを読み漁った。そこで同じ世代の女性が、借金返済のために風俗業界で働いていることを知った。詳しく調べると、風俗嬢になったきっかけを赤裸々に語っているブログを見つけて、私の心は大きく揺さぶられた。
私は今の仕事を辞めて、風俗嬢に転職することを考え始めたが、未知の世界過ぎてなかなか決断ができない。
そこで陸さんは昔、風俗店で働いていたと絵麻から聞いたことがあったので、陸さんに話を聞いてみることにした。風俗業界で働くとはどのような感じなのか、是非とも話が聞きたかった。
絵麻がまだ仕事中の夕方、キッチンで夕飯の支度をしている陸さんに私はためらいがちに声をかけた。
「あの、今、ちょっといいですか?」
なに?と牛乳を冷蔵庫にしまいながら陸さんが振り向いた。
「陸さんって、風俗店で働いていたことがあるんですよね?話が聞きたいんですが…」
「いいよ。じゃあ、お茶入れるから座ってて」
私は言われた通りダイニングテーブルに腰かけた。絵麻が作った湯呑に温かいほうじ茶を入れて、陸さんが渡してくれた。
「絵麻がなんて説明しているか知らないけど、俺が働いていた風俗店って女性専用の店だよ」
「女性専用?」
「そう。女性がお客の店」
「えっ、そんな店があるんですか?」
私は初めて聞く話に目を丸くした。
「そりゃあ、あるよ。男性が行く風俗店ほど、数は多くないと思うけど」
「陸さんはそのお店でなんの仕事を?」
「キャストだよ。バイトだったけど」
「キャストってなんですか?」
「キャストっていうのは、まぁ、お客さんにサービスする人のこと。俺の場合は風俗嬢の男バージョンだよ」
衝撃である。そういった職業が世の中にあるなんて考えたこともなかった。私はてっきり陸さんは風俗店でスタッフをやっていた、と思い込んでいたのだがまったく違う興味が湧いた。
「あの、どうしてその仕事を?」
「まぁ、平たく言えば、女性を喜ばせるスキルを磨きたかったんだよね。俺、若い頃はとにかくモテたかったから」
「なるほど。どういったスキルが身に付くんですか?」
「どういったって…」
まいったな、と陸さんは笑った。
「これはさすがに女性相手じゃ話しにくいよ」
「あ、すみません。初めて聞く世界の話だったので、つい」
少しばかり気まずくなって、お茶を口に含む。
「…ちなみにどんな女性が来るんでしょうか」
「そうだな、いろんな人が、本当に様々な悩みを持った人が来たな。男性が風俗に行くような気軽さとは違うな、と思ったよ」
「そうなんですね。…あの、稼げますか?」
私の率直な質問に、陸さんは目を丸くして笑った。
「絶対に稼げる、とは言えないよ。完全歩合制だから。思っていた以上に頭と心を使う仕事だと思う。でも、努力次第で稼げる仕事じゃないかな」
なるほど。完全歩合制ということを初めて知った。キャバクラみたいに時給計算ではないのか。
「あの、その仕事をやって良かったな、って思うことありますか?」
「んー、そうだな…」
少し思案するよう陸さんは黙った。やはり女性には話しにくかったのだろうか、と思い謝ろうとした時、陸さんが言った。
「セックスに対する価値観が変わったことかな。」
セックスに対する価値観。その言葉を口の中で転がすように復唱した。
「まぁ、男性のほとんどがそうだと思うけど、えー、少なからずAVの影響は受けるわけよ。あー、その、女性は激しく動かした方が満足する生き物だと思っていたんだけど、まぁ、必ずしも、そのー、入れて動かさなくても女性を満足させることができる、ってわかったというか」
陸さんは目を泳がせながら言葉を選びつつ、説明してくれている。
「つまり、女性を満足させることが醍醐味、って思うようになったことかな」
自分のあごひげを触りながら陸さんが言った。
「あー、これ、絵麻には言わないでね。恥ずかしいから」
照れ笑いをしている陸さんに、私は感謝の気持ちを込めて頷いた。風俗で働くことに対するネガティブなイメージがだいぶ薄れ、おかげで私は風俗嬢に転職する決意をすることができた。
しかし、私の決意を聞いた絵麻は烈火のごとく猛反対した。
「親御さんに相談して、援助してもらうのは?今の会社を続けながら、バイトしたら毎月返せる金額なんだよね?」
「でも、その返済が何年も続くんだよ?ずっと借金がある状態で生活するのは嫌なの。さっさと返したい」
「なにも風俗嬢じゃなくたっていいんじゃない?せめて、キャバクラとかスナックじゃダメなの?」
「絵麻、私もう二十八歳だよ。この歳でキャバクラは厳しいよ」
「スナックは?スナックなら二十八歳でも大丈夫なんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、とにかく短期間で返済を終わらせたい」
「風俗なんて、性病になるに決まってる。エイズに感染したらどうするの?」
「そこらへんは店側が対策していると思うよ」
のんびりした口調で口を挟んできた陸さんに、絵麻は物凄い剣幕で怒鳴り返した。
「陸は黙ってて!」
陸さんは肩をすくめておとなしく黙る。私は陸さんからの援護射撃に感謝した。
「ごめん、心配も迷惑もかけて。でも自分でやらかしちゃったことだから、自分で責任取りたいの」
絵麻の表情は硬い。私は少しでも空気を和らげようとして、ふざけて言った。
「それにセックスは割と好きだし、胸だってFカップあるし?」
しかし絵麻は泣きそうな顔で私を睨んでいる。絵麻の私を思う気持ちが伝わってきて、思わず絵麻を抱きしめた。
「ごめん。でも借金を返し終わったらまた会社勤めに戻るよ。三年で完済してやる」
「風俗嬢になったら絶対に、絶対に金遣いが荒くなるよ。ブランド品とか買い漁って、ホストにはまっちゃってさ。髪の毛とか金髪になっちゃうんでしょ。贅沢な暮らしになって、庶民の生活ができなくなるよ」
「すごい偏見」
私は絵麻を抱きしめながら泣き笑いした。
そこから私の行動は早かった。退職届を提出し、有給を使って引っ越し先を決め、二週間後には五年勤めた会社を辞めた。その翌日には引っ越しを済ませ、風俗店へ面接に行き、すぐに勤め始めた。
あれから早くも一年半が経った。目標までゴールはもう近い。




