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あなたの腕の中で性と向き合う  作者: 瀬戸 航帆
第2章 悪徳マルチ集団の罠
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第13話 マルチの実態

「え、ちょっと待ってください。毎月15万?もの商品を買い続けるって無理じゃないですか?」


「ある程度、自分から始まるチームがいれば、なんとかなるのよ。でも、チームにいる人たちは、お金を捻出するためにルームシェアして、夜にバイトしているの。井口のことを、私たちは師匠って呼んで、師匠の教えは絶対、という考えのもと、活動しているの」


 え、何それ怖い。宗教じゃん。心底ドン引きである。


「私、あいつのチームに所属しているんだけど、その中じゃ中堅リーダー的な立場なの。でも、あいつが売上を上げるためにやっていることを知って、揉めたの」


 中堅リーダーというのが何のことかよくわからないが、中間管理職みたいなものなのかな、とあたりを付けて相槌を打った。


「その、やり方ってなんだったんですか?」

「知夏にやっていることだよ」

「え?」

「知夏、結構な金額をあのお店に使ったでしょ。それね、カモられているの」


 青天の霹靂とはこのことだろうか。思考が停止した。


「ちなみにそれを教えてくれたの、お店の店長だから。善意で教えてくれたんじゃないよ。世間知らずで素直な子って扱いやすいよね、って完全に馬鹿にしていたから。私、それ聞いてすごい腹がたってさ、どういうことかって聞いたのよ。知夏、最近、井口と連絡取れてないでしょ」

「え、でも、店長も井口さんと連絡が取れないって言ってました」

「そんなわけないよ。あいつはチームに所属しているけど、井口の愛人でもあるから。そう言えって指示を受けていると思うよ」


 吐き捨てるような言い方だった。信じられない話すぎて、全く頭に入ってこない。とにかく初耳の情報が多すぎて、頭がぼんやりと痛くなってきた。


「ちょっと、待ってください。いったん休憩していいですか?情報量多すぎて…」

「そうだよね。ごめん。」


 半分残っているロコモコ丼を食べながら、今聞いた話を頭の中で整理する。私がお金を騙し取られた、ということはいったん脇に押しやり、先輩が話したことについて順を追って考えた。そこで私はあることに気づいた。


「もしかして、私が買った製品ってそのマルチのやつですか?あの、ばかみたいに高い化粧品とかも?」

「そうね」

「え、それって、私が購入した製品の売上が先輩の懐に入っていた、ってことですか?」

「ううん、知夏は会員登録してないから、あくまでも一般のお客様がお買い上げしたって扱い。だから売上はあいつの懐にいくのよ」


 ゆっくりと咀嚼しながら、落ち着け、自分、と言い聞かせ、早くなりだした鼓動を押さえようとする。


「店のハンドメイド作家が何度か入れ替わっていたでしょう」

「え、あ、はい…」

「辞めていった作家の人たちね、なんで辞めたかって言うと独立を支援するよって言われて、その代わりにお店の売上に貢献して欲しい、ってあいつから提案を受けていたのよ」

「…」

「知夏と同じ手口なの」

「…それって同じような被害を受けている人がいる、ってことですか?これ、完全に詐欺ですよね?その人たち、どうして訴えないんですか?」

「訴えてもお金の回収は難しいから」

「どうしてですか…?」

「物的証拠がないと、警察は動いてくれないの」

「そんなことあります?」

「あいつがやっていることは、ほぼ詐欺だと思う。でも、どうやってそれを立証するの?」

「え、だって、お店の商品を買う代わりに独立を支援する、って約束しました」

「それ、口約束だよね?知夏がどんなに主張しても、あいつが知らないって言ったら水掛け論になるのよ」


 愕然とした。


「その時の会話、何か記録に残っている?音源でもいいし、メールやラインでもいいし」

「…残っていません。全部、口頭でやり取りしていました」

「でしょうね。私もそうだから」

「え、先輩もですか?」


「私は知夏とはちょっと状況が違うの。マルチ商法だってわかった上で、あいつのチームに入ったから。私から始まるチームが大きくなって、あいつから独立の提案を受けたの。知夏と同じような提案をね。あいつは確かに、チームから独立した人を輩出しているし、私が独立すればあいつの実績になる。私にも箔がつくからたぶん独立の支援はちゃんとやってくれると思う。でもね、指定された金額をお店に入れ終わったらあいつ、夜になったら俺の部屋に来い、って言ったのよ。これ、どういう意味か分かる?」


「…それは、やらせろってことですか?」


 恐る恐る言った。鮎川先輩は目に涙をためながら頷いた。


「そう。ここまで育てて面倒見たんだから、俺に恩返しするのは当たり前だ、って。お前は真面目だから待ってやったが、早く俺の要望を受け入れていれば、もっと早くに引っ張り上げてやったのに、って。…私ね、カフェとセレクトショップを融合したお店を開くのが高校からの夢だったの」


 その夢は知っている。作家が作った食器や家具、インテリア雑貨を実際に使って気に入ったら購入できる、そんなカフェをいつか開きたい、だから経済学部に進学した、と鮎川先輩はよく言っていた。


「私、その誘いを断ったの。そしたらあいつなんて言ったと思う?師匠の言うことを聞けない奴は弟子でも何でもないから、サポート対象から外す、独立の支援はしないって言ったのよ」


鮎川先輩はこぼれ落ちそうになる涙をお手拭きでぬぐうと、自分を落ち着かせるように深く息を吸って吐いた。


「セミナーに来ていた人やあいつの仕事関係者、女性が多いと思わなかった?それも結構見た目がきれいな子が。つまりね、そういうことだったの。誰をチームに入れるのか、最終的に決めるのはあいつなんだけど、あいつ、見た目が整っている女性ばっかりチームに入れるし、他のチームと比較してもあいつのチームは、圧倒的に女性が多いのよ」


「他のチーム?」


「ごめん、説明してなかったね。このチーム、というか組織って言ったらいいのかな。たぶん知夏が予想しているよりかなり大規模なの。全国で活動しているチームがあって、全体の正確な人数は私も把握していないんだけど、数千人規模なの」


「…はい!?」

 待って、すごく怖くなってきた。まったく知らない世界の話に薄ら寒い恐怖を覚える。


「他のチームっていうのは、なんて説明したらよいのかな…。まぁ、言い方悪いけど、組織図としてはネズミ講みたいなものだと思ってもらった方が分かりやすいかな。一人の人を頂点にその下に多くの人がいるイメージ」


「…なんか新興宗教みたいですね」


 私の感想に鮎川先輩は吹き出した。


「たしかにそうかも。今はあいつらと距離を取って冷静になれたけど、どう考えても洗脳された集団だと思う。こんなやり方で独立を目指したこと自体が間違っていた、って身に染みたわ」

 はぁー、と深いため息をついて鮎川先輩が話を続けた。


「毎月のノルマが達成できなくて風俗で働きだした子だっているのに。しかも、風俗のお店の斡旋をあいつがやっているようなの。それって物凄く間違っていると思う」


 吐き捨てるような言い方だった。私は何て言ったらいいのかわからず黙る。


「私、それを知って他の人に確認したのよ。あいつと寝ることを要求されなかったか、って聞いたの。そしたら、実は相手をするように言われた、って教えてくれた子が結構いたの。でも誰にも言うなって口止めされていて、口外したらこのチームにいられなくなる、と思っていたんですって。みんな本気で起業したいって思っているから、それで夢が叶うなら安いもんだ、って考えていた子が結構いたのよ。それどころか、あいつから声がかかることを光栄だと思う子もいたのよ。異常すぎる」


 先輩の目から涙は消え失せ、激しい怒りがうかがえた。


「しかも裸の写真を撮られた子がいたの。晒されたらどうしよう、って怖くて何も言えなくて、泣き寝入りしちゃったのよ。あのカス野郎が」


 こんなに怒った鮎川先輩を見るのは初めてである。さっきまで青ざめていた顔色が、今では頬に赤みがさし、目がギラギラだ。


「だから、私、ありのままを自分のチームメンバーに伝えたの。あいつがやっていることを全部伝えて、その上で続けるか辞めるか決めて欲しい。ただし、私はこのチームを辞める、って」


 コップに入っているお水を半分ほど一気に飲むと、鮎川先輩は続きを話した。


「あいつのチームはね、二百人を超えているんだけど、そのうちの三割近くが私のチームなの」


 そこで鮎川先輩は少しだけ口角をあげて、ざまぁみろと言わんばかりの表情で言った。


「私のチームはほぼ崩壊。仲の良かった子にも事情を話したら結構な人数が辞めたから、あいつの収入は激減したと思う。チーム内で半分近いメンバーが一気に離反する、って組織からしたら物凄く外聞が悪いことなの。だから、いま私、嫌がらせを受けているのよ」


 サラッと言われて、危うく聞き逃すところだった。


嫌がらせを受けている…?


「え、あの井口さんからですか?」

「たぶんね。でも証拠がないのよ」

「どんな嫌がらせですか…?」


 聞くのが怖いような気がするが、聞かずにはいられない。


「一番多いのは無言電話かな。あと非通知でよく電話がかかってくる。ピンポンダッシュも明け方とかに来るし、この前なんて、ネズミの死骸が玄関先に捨てられたのよ」


 私は想像して思わず顔をしかめた。


「実家にもね、無言電話が良くかかってくるみたいなの。差出人名が書かれていない、空の封筒が何通も届くし、郵便局の消印もバラバラ。この前なんか、切手が貼ってない封筒がポストに入っていたみたいなの。気味悪いでしょ」

「あの、どうして実家の住所がバレてるんでしょうか?」

「あぁ、それはね、マルチの会員になる時に緊急連絡先として実家の住所と電話番号を登録したからだと思う」

「先輩、警察には…?」

「もちろん、相談したよ。でもね、その嫌がらせをあいつがやっている、っていう証拠ないから被害届は受理されなかったの」

「え、受理されないんですか?」

「そう。その代わり警察からあいつに電話をかけて、もう二度と私に連絡を取らないように、って注意をしてくれた」

「それで嫌がらせはなくなりました?」

「完全には無くなってはいないけど、グッと頻度は落ちたかな」


 疲れたように先輩は目を閉じて言った。


「どうやら私を捕まえるように、ってあいつがメンバーに指示出しているみたいなのよ。私、池袋に住んでいるんだけど、池袋周辺ってあいつやメンバーが住んでいるのよ。それにあいつが私を損害賠償で訴えるって言いふらしているみたい。絶対そんなことできないと思うけど。でも家も実家もバレてるから、今は友達のところに住まわせてもらっているの」

「あ、だから立川なんですか?」

「そういうこと。」


 疲れた様子で頷いている。


「私もね、結構借金しちゃったの。もう首が回らないから、昨日、弁護士のところに行って任意整理してきた」


 事の重大さに言葉を失う。弁護士に回収の相談はできないのかと尋ねると、「とっくにしたよ」と返事が返ってきた。


「でもね、あいつが詐欺をしているって物的証拠が全くないのよ。マルチ商法は違法ではないし、私も合意の上でチームに参加していたから。開業資金に、と借りたお金をあの店の売上のために使ったけど、それだって第三者からみたら客が店で買い物をした、っていう風にしかみえないの」


「そんなバカな…」


「知夏、あの店で商品を買う時、支払いは現金のみで、まとまった金額では買わないで、って言われたでしょ。こまめに買ってほしいって言われたんじゃない?レシートいらなかったら、こっちで処分するって、店長に言われなかった?」

「…言われました」

「だよね。だから、レジのデータとしては数万単位で買い物をした客が複数人いるんだな、ってことになっているのよ。仮に、レシートを持っていたとしても、自分が買ったっていう証拠には必ずしもならない。現金だと難しいんだって」


 弁護士にそう言われた、と諦めたように先輩は言った。民事裁判を起こすことは可能だけど、裁判は時間もお金がかかる。私には金銭的にも精神的にも余裕がないから、勝ち目が薄い裁判を起こす気にはなれない、と私に告げた。


「…泣き寝入りってことですか?」


 納得がいかなかった。任意整理をするほどの借金を作ってしまったのに、一円も回収するどころか、身の危険を感じて自宅に帰れないのだ。


「泣き寝入りじゃないよ。あいつのチームの半分近い会員を辞めさせられたし、あいつがやっていることを他のチームに言いふらしてきたから、組織内でのあいつの立場はかなり落ちたと思う。理解しにくいとは思うけど、これはあいつの立場からしたら痛手なの。おそらく収益が半分くらいになったんじゃないかな。だから私に嫌がらせしているんじゃない」


「…」


「私はもう疲れたから、とにかくあの組織とは一切縁を切りたいのよ。借金を作っちゃったのも、結局自分の脇の甘さが原因だと思うし」


 それは違う、と言いかけて止めた。そう判断するようにマインドコントロールされていたのではないか。しかし、それを立証することが果たしてできるのだろうか。しかし、お金をつぎ込んだことが詐欺として立証できなかったとしても、そのノルマとやらを達成するために風俗で働くよう斡旋することや、裸の写真をとって弱みを握るようなことをしているのなら、明らかに犯罪ではないのだろうか。


「こんなことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。あいつを紹介した時は、本当にいいと思って紹介したんだけど、まさかあんなゲス野郎だとは思わなかった」


 深々と頭を下げる先輩をみて困惑した。この件で先輩を責めようという気は全くない。それどころか先輩も被害者だ。


「あの、先輩が謝ることじゃないです。私、井口さんにお金を返してもらえるよう連絡してみます」

「たぶん対応してくれないとは思うけど、なんかあったらすぐに警察に相談してね。それから、  私とは連絡とれないってことにして欲しい。たぶん、聞かれると思うから」

「…わかりました」

「私、もう少ししたら携帯の番号変えるつもりだから。番号変わったら連絡先送るね」


 私は黙って頷いた。


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