第12話 詐欺とも知らずに
後日、井口が紹介してくれた複数の金融機関でお金を借り、二ヶ月にわたってセレクトショップの商品を買い続けた。その額は五百万円を超える。当然、毎月の支払いが生じたが、革製品の売上と会社からの給与で何とか返せる金額だった。当時の私は夢が叶うことに完全に浮かれていた。
普通だったら念書を取り交わすだろう。しかし、この数年間、納品書も請求書も交わさず金銭のやり取りを行っていたので、私はすっかり井口を信用していた。
雲行きが怪しくなったのは、借金したお金をセレクトショップの売上に突っ込み終わった後である。毎月振り込まれていた革製品の売上の入金が遅れるようになった。今までは月末に振り込まれていたが、それが月初になり、中旬になり、しまいには振込が無くなった。
私は革製品の売上を借金の返済に充てていたので、井口に連絡して売上を振り込んでくれるよう伝えた。井口からは「新しい事業の立ち上げで忙しかった。悪かったね」と謝罪の言葉と共に、すぐに売上が振り込まれたものの、明らかに少なかった。
しかし、そこで私はあることに気づいた。あのお店で販売している革製品が、いつ何が売れて、毎月いくら売上げがあったのか正確には把握していない。口座に振り込まれる金額を見て、初めてその月の売上を知る、というありさまだった。なんなら、毎月どの製品を何個納品しているのか記録を取っていないため、私の方でもかなり曖昧にしかわからない。これは全くもって私のずさんな性格を責めるしかなかった。
そこで井口へ、私が納品している革製品の売上表を見せて欲しい、とメールを送ったが返信がない。電話をしても常に留守電になる。不信感が芽生え、お店に行き店長に井口と連絡が取れないことを伝えた。すると店長が困ったように言った。
「私も最近連絡が取れないんだよね。知夏ちゃんの革製品、どのくらい売れているか大体はわかるんだけど、細かく把握しているのは井口さんなの」
その時は素直にそうなのか、とガッカリしたがこれが全くの噓だということを後ほど知った時は、信じられない気持ちだった。
私は鮎川先輩に相談しようと連絡を取ると、先輩から人目の付かないところで話がしたい、と奇妙な返事を受けた。指定された日時は平日のお昼、しかも立川駅で会いたいと連絡が来た時には、いったい何事かと思った。当時、私は板橋に住んでおり、先輩は池袋に住んでいた。
私は急いで有給をとり、指定された日時に立川に向かった。久々に会った先輩はクマがひどく、病気なんじゃないかと心配になるほど顔色が悪かった。
「遠くまでごめんね。ここは、あいつらの活動圏外だから。絶対にすれ違ったりしない」
あいつら、とは一体何を指しているのかピンとこないまま鮎川先輩にくっついていき、駅近くのカフェに入った。とりあえず、日替わりランチを注文し、鮎川先輩が話し出すのを待ったが、固く口を閉ざしているので私から口を開いた。
「鮎川先輩、しばらくぶりですけど、体調崩しているんですか?顔色悪いですよ」
「…そうね。精神的にきついかも」
「何かあったんですか…?」
鬱だろうか。詳しくないが精神的な問題と言えば真っ先に頭に浮かんだのがそれだった。
鮎川先輩は背もたれに寄りかかり、目を閉じると深く息を吸っては吐いた。先輩とは大学時代から九年近い付き合いになるが、こんなに憔悴しきった姿を見るのは初めてだった。
ランチが運ばれてくると、先輩は黙ってスプーンですくって食べ始めた。私も食べるが、とにかく先輩の様子が尋常じゃなさ過ぎて、味が全くもってわからない。
「私ね、あの店に納品するのは辞めるわ。井口との付き合いも一切とらないことにした。というか組織を抜けることにした」
半分くらい食べ進めた頃に、唐突に鮎川先輩が言った。組織から抜ける、という聞き慣れない言葉に私はポカンとした。
「えっと…?」
「ごめん、一から説明するわ。知夏はあの店のことや井口が言っていたチームのことって、どういうものだと思っている?」
「えーと、独立とか起業したい人の集まりだと思っていますけど」
「そうね。確かにそういう志を持った人たちで構成されている集団なんだけど、実態はマルチなのよ」
マルチ。単語は知っているが、詳しくは知らない。しかし、決してポジティブなイメージがあるものではなかった。
「私もね、その会員の一人なの」
「…」
再びポカンと口を開けてしまった。
「マルチ商法って何かわかる?」
首を横に振る私に、鮎川先輩はマルチ商法とは何か説明をした。
マルチ商法とは、自分が勧誘した人が商品を買えば、その売上の一部が自分に入ること。しかし、それだと売上が安定しないので、商品を売るのではなく、会員は自分たちの日用品をマルチの製品に置き換えて毎月購入するそうだ。購入金額ごとにランク分けされており、十五万円分の商品を購入すると井口から独立に向けて、より詳細な話が聞ける。また、毎月十五万の購入を行うことが、最低限のステータスになっており、半ばノルマとして課せられていることなど、私は終始ポカン状態で話を聞いていた。




