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あなたの腕の中で性と向き合う  作者: 瀬戸 航帆
第2章 悪徳マルチ集団の罠
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第11話 魅せられた夢

 爆発的に売れるということはないが、毎月コンスタントに売れた。私が納品している革製品は、名刺入れ、ペンケース、文庫サイズのブックカバー、小銭入れ、ブレスレットのラインナップがメインだった。なぜこんなにコンスタントに売れ続けているのか、納品しに行った時に店長に聞いたことがある。


「ここのお客さんは井口さんの仕事関係者が多いの。ハンドメイド作家を応援したい、っていう人もけっこういらっしゃるし。一般のお客さんの集客をしなくても、井口さんの人脈で保っているのよ」

 それを聞いて井口って凄い人だな、と素直に感心した。


 これは、詐欺に遭った後で知ったことだが、実態はマルチ組織が運営しているお店であり、井口の仕事の関係者というのは、井口を頂点としたマルチ組織の会員のことであった。しかし、当時の私はそうとも知らずにすっかり店長やスタッフと仲良くなり、日用品や雑貨を買いに良く訪れ、一緒に飲みに行くようになっていた。


 納品をし始めて三年が経った頃、井口の店に納品しているハンドメイド作家、スタッフ達を集めて立食パーティーが行われた。


 このパーティーには店長やスタッフだけでなく、お店のホームページの制作者やECサイトの運営者など二十名が参加しており、全員がマルチ会員だった。そして、そうとは知らずに納品しているハンドメイド作家十名を合わせて総勢三十名程が参加していた。


 このパーティーはおそらく、ハンドメイド作家をマルチ会員に勧誘するためのものだったのだろう。やたらと将来どうなりたいのか、と聞かれ、自分の夢を語り、一緒にこんなことができたら楽しそうじゃないか、と言った会話が繰り広げられた。


 私のようにハンドメイドをやっている人間は、できることならば会社に行かずにハンドメイドをやりたい、これ一本で食べていきたい、という夢を一度は抱くと思う。しかし、現実はそんなに甘くないからこそ、趣味、もしくは副業として取り組んでいるのだ。


しかし、その夢が叶う、としたらどうだろうか。これも後で知ったことだが、ハンドメイドや音楽など何かしら創作活動をしている人間はターゲットになりやすく、マルチ会員は自分の組織を拡張するために積極的にかかわるそうだ。


 なぜなら、人は一度見た夢をそう簡単には忘れられない生き物であり、井口のマルチ組織にはハンドメイド作家として独立している人がいたため、夢を見せやすい環境が整っていたのだ。

そして、私はまんまとその罠にはまった。実際の収入はマルチ商法で得ているということも知らずに、独立してハンドメイド作家をしている人から話を聞いて、強烈に憧れた。


「井口さんが独立までサポートしてくれたおかげなの。会社員として仕事している時も楽しかったけど、独立してからの方がずっと楽しいよ。気の合う仲間と、次はどんなことをやるのか話し合うことは、すごくワクワクする。それに仕事を通して色んな人と会うから、それが刺激になって自分のデザインに反映されるしね」


 当時の私は、この言葉がひどく印象に残った。


 私はいいお店に納品できて良かった、と心の底から思い、絵麻を誘った。絵麻は私と鮎川先輩の納品先、ということに興味を持ち井口を紹介したが、結果は納品しない、だった。理由を聞くと、「私、あの人とは合わないと思う」と、何とも抽象的な理由だった。しかし、今思えば絵麻の直感は正しい。


 私が独立に憧れを抱くようになった矢先、同じ店に納品していたアクセサリー作家の女性が独立した。小さなセレクトショップを開き、開店祝いに駆けつけた時、彼女は決意に満ち溢れていて、幸せそうな顔をしていた。私はその姿が目に焼きついてしまった。


 私が独立を果たしたハンドメイド作家に、憧れの気持ちを抱いていることに気づいた店長から、とあるセミナーに誘われた。


「知夏ちゃんと同じように独立したい人向けに、井口さんがセミナーを開催しているんだけど、良かったら聞いてみたら?」


 その時には店長のことも井口のこともすっかり信用していたので、私はすぐに二つ返事をした。後日、鮎川先輩と一緒にセミナーに参加し、井口が教える独立のノウハウについて勉強しに行った。


 五十人ほどが集まる貸し会議室で行われたセミナーの内容は、簡単に言えばチームビルディングを実践することだった。チームを作り事業を立ち上げ、ノウハウを共有することでより大きなチームを育成する。チームがある状態で独立すれば、成功する確率が高く、課題になりやすい集客はチーム内で協力する。


 私はこれを聞いて痛く感銘を受けた。なるほど。だからあのセレクトショップは、人通りが多いとは言えない場所に店を構えていても、安定した売上を維持できているのか。


 私はどうすればそのチームを作れるのか気になった。セミナーが終わった後、店長と井口の三人で居酒屋で飲みながら私はチーム作りについて質問した。すると井口は意外にもこう言った。


「それよりも、先にお店を出さないか?君が作る革製品はお客様から好評でね。さっき説明したようにまずはチームを作ってから独立した方が確実だけど、君は技術があるしセンスも良い。君が独立してお店を持てば僕の実績にもなる。すぐに会社を辞めて独立する、ということではないよ。まずは作家兼オーナーとしてお店を運営して、お店の売上が安定してから会社は辞めればいい。僕の知り合いで店長をやってくれそうな人もいるから、人材確保の心配は必要ない。お互いウィンウィンだと思うだけど、どうかな」


 それは素敵な提案に思えた。私の独立をバックアップしてくれるという。しかし、大きな懸念点がある。


「あの、私、お店を開くほどの貯金がありません」

 そう言うと井口は笑った。


「開業資金を貯めてから独立を目指したら、時間がかかって仕方がないよ。多くの人は借金をして開業しているさ」

 開業資金として必要な金額を聞くと、私は内心ビビった。数百万円の借金。それは会社員にとってとんでもなく大金だった。


「まぁ、しり込みするのはわかるよ。僕も会社員の時に借金してお店を出した時は、不安で眠れなかったから。でもね、ノーリスクでやっても成功しないよ。借金というリスクを背負うと、人間は必死になって回収しようと頭を使うからね。負荷をかけた方が、絶対に上手くいくよ」


 なるほど。確かにそうかもしれない。最初は二足のわらじ状態だが、いきなり会社を辞めて独立するよりかは安全だろう。


「わかりました。やってみたいです」


 私はドキドキしながら答えた。今思えばこんな重大な決断、その場で下した自体がどうかしていたのだが、セミナー直後の私の脳は興奮状態だった。おそらく、このやり方で井口は色んな人からお金を巻き上げてきたのだろう。


「独立を支援する代わりの交換条件なんだが、僕のお店の売上げを上げることに協力して欲しい。事業を拡大するために銀行から融資を引っ張りたいんだが、今の店の売上が高ければ高いほど、融資を受けやすい。なので、君が独立に必要な金額を一時的に僕に投資して欲しい。もちろん、投資してもらった分のお金は君が開業する時にそのまま回すよ。見返りとして君が開業する時に、税理士や不動産、諸々の業者を紹介しよう。僕の紹介ということで、割安でできるように手配する」


 私はその話を承諾した。先日独立したアクセサリー作家の女性も井口のおかげで独立できた、と言っていたからだ。


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