遠征
石を轢いたのか馬車が少し跳ね上がり、お尻が少し浮く。
苛立ちが更に増す。
「大丈夫ですかレイゼリア様?舌を噛みましたか?」
「いいえ、ただイライラしてるだけよ」
「まだ怒っているんですか?あんな暗殺騒ぎになれば何処からか話は漏れてしまいますよ。兵士達も大慌てだったんですから」
指輪が光ってナズナが現れた日はそれはもう大騒ぎだった。
指輪の放った強い光は部屋の外にまで漏れていたようで、魔法の暴発に恋人との密会、暗殺に自殺に殺人、様々な噂が流れた。
そして事態を収めるためにナズナの正体は伏せて指輪の魔法の暴発ということにしてなんとか事なきを得たと思ったら劇に絵本だ。
多少の噂ですぐに治まると思っていたのに。
それだけ王国が平和な証拠だとお父様は笑っていたけど、私にそこまでの度量はまだまだないようだ。
変な劇も止めさせたし。
馬車がゆっくりと止まり、兵士が扉を叩く。
レーシャが応対して、笑顔でこちらに振り向く。
「着いたそうですよレイゼリア様。野営の準備が終わるまで馬車の中でお待ちくださいとのことです」
「そう。お兄様と楽しく過ごせるといいのだけれど」
およそ半月をかけて、南東の辺境にあるヘーンド遺跡へとお兄様とやって来た。
強力な魔物に備えての訓練を兼ねた遠征ということになっている。
私の目的はガンゼツの武器の捜索とそれを見つけて私はお兄様の味方だと、王座を目指す上での政敵ではないと信じてもらうことだ。
また扉を叩く音がして、レーシャが応対する。
「天幕の設営が終わったそうですので、内装を整えて参りますね」
「ええレーシャ、お願いね」
お父様がつけてくれている近衛兵達は私自身の兵士ではない。軍を持っていない私が信用できるのはレーシャとレーシャが率いる侍女達だけだ。
だからレーシャは内装の用意と共に天幕の安全を確認をしてくれている。
お父様のことは信用しているけど、謎の監視がついていては警戒感も強くなる。
他の侍女達も馬車から降りて内装を手伝っていることだろう。
きっと今ごろベッドを運んでいる。
私は野宿にも慣れてるからいらないと言ったのに、お兄様とお父様がそれを許すわけはなかった。
窓の外を覗くとお兄様は立派に現場の指示を出しているようだ。
魔物討伐に何度も遠征に出ているからもう手慣れたものなのだろう。
三度扉を叩く音がして、今度は扉が開いてレーシャが顔を出す。
「レイゼリア様。ご用意が整いました」
「ありがとうレーシャ。訓練は午後からになるかしら」
「はい。その予定ですね」
レーシャに手を引かれながら馬車を降り、天幕へ移動する。
お兄様と楽しい訓練の予定もあるけれど、表向きには遠征軍の訓練の視察になっていて、一部の近衛兵や将校以外は本来の目的を知らない。
侍女達が言うには一部の兵士達が夫探しではないかと噂をしているらしい。
私ももう十五だからそんな噂がたっても仕方がないことだろう。
けど十八になるお兄様にそういった噂がたった覚えがないからなんだかストレスの捌け口にされてるだけなような気もする。
それとも上司のお兄様が怖いのか。
「レイゼリア。今、時間はあるかな?」
お兄様が天幕の外から声を掛けてくる。
「はい大丈夫です。レーシャ、入れてあげて」
「かしこまりました」
レーシャが入口の布を捲って、お兄様を招き入れる。
「どうしましたか?お兄様」
「午後からすぐに訓練を始める予定だったんだが、訓練は明日からにしようかと思って」
「半月の長旅でしたからね。それもいいと思います」
「ありがとう。それで午後は遺跡の視察に一緒に行かないか?内部の状態や周辺のゴーレムの数を把握しておきたいんだ。もちろん疲れていたら天幕で休んでいてかまわない」
「お邪魔じゃなければぜひご一緒させてください」
訓練が始まったらゆっくり遺跡を見て回る時間があまり取れないかもしれないから願ったり叶ったりだ。
「邪魔なわけがないだろう?むしろ期待しているよ」
「ありがとうございます」
「じゃあまた後で」
お兄様が天幕を後にするのと入れ替わりで侍女達が昼食を運んできてくれる。
私は兵士達とは別で食事をすることになっている。お兄様が言うにはマナーも何もないからみんなきっと萎縮して食べづらいだろうとのことだ。
別に気にしないのに。
お母様が病に倒れる前はよく勉強だと言い張って各地の史跡や森に行っていた。
野営には慣れっこだ。
「レイゼリア様、ご用意が整いました」
「ありがとう」
スープとパンにもも肉のロースト、兎の肉を焼いたものだろうか。
「このお肉はどうしたの?」
「ローネル中尉が周辺の確認をしている時に仕留めたそうで、一匹しか取れなかったので女性の皆さんでと譲ってくださいました」
「後でお礼を言わないとね」
スープにも兎を使ったのか出汁が出ていて美味しい。パンは流石にカチカチのパンだけどスープにつけると美味しい。
もも肉のローストもしっとりとしていて臭みもなく、とても美味しい。
新鮮なお肉は久しぶりだったからぺろりと食べてしまった。
外では少しはしたなかっただろうか。
「美味しかったわ。さて、やっとドレスから解放される…」
「ご満足いただけたようでなによりです」
侍女達も早く昼食を取りたいだろうから私はレーシャがドレスを脱がしてくれた後にいそいそとほとんど一人で着替えた。




