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気まずい空気

「またね。ナズナ」

「はい…レイゼリアさん、また…」

「では師匠、また手紙をお送りします。ナズナのこと頼みましたよ」

「ええ…もう無茶はさせない」


 レイゼリアさんの部屋で目が覚めてから五日目の朝に、レイゼリアさんが私が指輪から現れてすぐに呼んだ師匠と共に賢者の城へと戻る。

 指輪はまた私の首元にある。

 一日だけ一緒に王都の城下町を案内してくれてレーシャさんに変装したレイゼリアさんと楽しく過ごし、その間師匠は隠れて待っていてくれた。

 簀巻き状態からころころと転がりながら解放されて目を開けると、師匠とリリクラと過ごした懐かしの森の風景が広がる。

 門の近くには予め用意していたのか、何か大きな籠のようなものがある。


「城までは遠いからこれに乗りなさい」

「はい」


 私は言われた通りに大人しく籠に入って座る。

 目覚めてからすぐにわかったことが一つだけある。

 どうやら私は力を失っているらしい。盾も刀も出せず、魔法を打ち消す力もない。

 見た目通りの子供になっているようだ。

 勇者も子供達も夢に出てきてくれなくて自分でもよくわからない。

 そもそもなんで無事だったのかも。

 そして師匠とは気まずい状態が続いている。

 やっぱり怒ってるんだろうか。


「ピューーーー」


 師匠の指笛が響くと、一羽の大きな黄色い鳥が飛んできて、師匠がその背に乗ると私が入った籠を掴んで飛び立ち、あっという間に城の前で降ろしてくれる。


「ありがとう」


 師匠が鳥の背から降りてそう言うとすぐに何処かへ飛び去ってしまう。

 籠から降りようとすると、ふわりと籠が宙に浮き、師匠の歩幅に合わせて動き出す。

 大人しく乗っていろってことだろうか。

 私は縁に手を置いて前を眺めながらそのまま籠に揺られる。


「あの…何処へ行くんですか?」

「真っ直ぐ師匠の所へ行くわ。あなたを診てもらわないといけないからね」

「わかりました」


 連れていかれたのは初めてガンドルヴァルガさんと会った謁見の間で、奥の玉座にガンドルヴァルガさんが座り、右にアリシアさん、左に何処かで見たことあるような女の人が立っている。

 褐色の肌に綺麗な銀色の髪、森で会ったハルメイニアの人だ。

 瞳の色は緑色みたいだ。


「師匠。ただいま戻りました」

「うむ。早速だがミミリ殿、お願いできるかな?」

「はい賢者様」


 怒られるんじゃないかと籠の中でもじもじしている私にミミリと呼ばれたハルメイニアの人が近づいてくる。


「久しぶりね。私のこと覚えてる?精霊のお嬢さん」

「はい、森でリリクラと茸を探してる時にお兄さんと一緒にいた方ですよね?」

「ええそうよ。横になってくれるかな?」


 籠の中でだろうか、確かに横になっても平気な大きさをしているけど。

 ちらっと師匠に視線を向けると、私を見て頷くので、私ははいと返事をして仰向けに寝転がる。


「どこか痛いところとかある?」

「いいえ」

「そう…」


 魔力が見えるという種族らしいけどどんな風に見えているんだろうか。


「本人に伝えても?」

「ああ、構わない」


 怖い。やっぱり一人で突っ走って変なことになったから怒られるんだろうか。


「あなたの体は今すぐにまた消えてもおかしくないくらいにボロボロよ」


 力は失くなってしまったけど身体に痛みもなく体調も特に悪くない。

 実感が全くない。


「しばらくはゆっくりと休んで魔力の回復に努めないとダメよ」


 そう言ってミミリさんが私の頭を撫でると、振り返って声を荒げる。


「こんなことになるまで…子供に何をさせたのガンドルヴァルガ!」

「すまない…それはまだ言えん…」


 エリンさんのことはしばらく秘密にしておくんだろう。


「私が勝手にやったことですから…生きていただけでも運が良かったです」


 ミミリさんが振り返って私を見て、また優しく頭を撫でてくれる。


「この子に免じてこれ以上はやめておく。とりあえず安静していれば大丈夫よ。魔力はもちろん私がいいと言うまで使っちゃダメだからね」

「はい、わかりました」


 そのまま一人ですたすたと謁見の間から出ていってしまう。

 扉の閉まる音が響いて、身体を起こすと突然何かがぶつかってきてそのままいい香りに包まれる。


「ナズナさん…ご無事で良かったです…」

「えっと…ごめんなさい…」


 アリシアさんの震える声が聞こえてくる。

 私もそっと手をアリシアさんの腰に回して抱き締め返す。

 甘い乳の香りがして油断していると、まずい息が出来ない。


「アリシア、そのへんにしとかないとお前の胸で死んでしまうぞ」

「ごめんなさい…ナズナさん」

「大丈夫です」


 ガンドルヴァルガさんの一声で解放されるとしわしわの手が頬に触れる。


「エリンを助けてくれて、本当にありがとう。だがもう自分の命を捨てるようなことはしないでおくれ…」


 ガンドルヴァルガさんが悲しそうな顔でそう言うと、頭をぽんぽんと優しく叩く。

 私はそのためにきっと生まれたんだから後悔はしていない。

 もしもまた同じようなことがあれば、私はまた同じことをするんだろう。


「ごめんなさい…」


 そしてまた消えるのが怖くて一人で泣くんだろう。

 自分のことなのに他人事みたいにそう思う。


「エリュ、お前ももう我慢する必要はない」


 ガンドルヴァルガさんがそう言うとゆっくりと師匠が近づいてくる。

 ぱんっと乾いた音が響いて、左の頬が熱くなる。


「師匠…ごめんなさい…」


 やっぱり怒ってたみたいだ。

 そしてぎゅっと抱き締めれ、頭が混乱する。


「もう二度と一人で勝手な真似はしないこと…師匠命令よ…」

「はい…ごめんなさい」

「生きててよかった…」


 師匠が泣き出したのに釣られて涙が溢れ出し、そして自分の言葉を思い出す。

 みんなの傷付く姿を見たくなかったはずなのにアリシアさんもガンドルヴァルガさんも師匠もみんなが傷付いて見えた。

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