新たな伝説
城下町の広場に子供達が沢山集まり、何やら円形の台を囲んでいる。
子供達の後ろには大人達も集まっていて、賑わいを見せている様子だ。
台の上には綺麗なドレスを着た女性と道化師のような男が一人立っている。
旅芸人の一座のようだ。
用意が出来たのか、女性が許可証を掲げてくるりと回って許可証をしまうと、道化師が一礼した後に腕を大きく広げ、大声で語り出す。
「さあさあ今から始まりますのは新たなるレイゼリアの伝説!平和な時代の心温まる物語!」
何処からともなく楽しげな音楽が流れ始め、綺麗なドレスを着た女性がゆっくりと舞う。
「レイゼリア姫は蝶よ花よと育てられ、家族に愛され、民に愛され、平和に暮らしていました」
くるくると回る女性の手には指輪が沢山輝いている。彼女がレイゼリアということだろう。
道化師が更に続ける。
「しかし!彼女はいつもお城で一人!」
楽しげだった音楽が儚い感じのゆったりとしたものに変わると、真っ昼間なのに周囲が暗くなる。
何処かに魔法使いが控えているんだろうか。
「ああ!お兄様は戦いばかり、お父様は仕事ばかり、お母様は眠りついたまま…私にはメイド達だけ…」
悲痛な感じでそう言いながら、腕を振り上げくるくると回る。
「いつも一人寂しく過ごすレイゼリア。同じ年頃の貴族の令嬢達も、恐れ多くて近づけません」
何処からともなく女性達が現れてはレイゼリアから逃げるように去っていく。
「ああ!初代様!」
レイゼリアが大きな宝石の付いた指輪を空に掲げる。
「どうか私にもお友達が出来ますように!私を姫ではなくレイゼリアとして見てくれるお友達が一人でも出来ますように!」
泣きながら指輪を胸に抱きしめ、しゃがみ込む。
いつの間にか道化師の男が消え、暗い台の上にレイゼリア役が一人。
すると胸元に握った指輪から激しい光が漏れ、強い輝きを放ちながらレイゼリアの手のひらからふわりと浮かぶと、光が徐々に形を成して可愛らしい青色の妖精が姿を現す。
「あなたは?」
「私は指輪の妖精!私とお友達になってくれる?」
「ええ!もちろん!私からもお願いするわ!」
花火が打ち上がり、周囲が明るく戻って楽しげな音楽がまた流れ出す。
なんだか歯が浮くどころか全て抜け落ちそう。
道化師や、さっきの令嬢達も出てきて突然皆で踊り出す。
今度許可を取り消させた方がいいかな。
内容も滅茶苦茶だし、ほとんど謎にレイゼリア役が回ってただけだし。
けれど私の評価とは裏腹に子供受けは良かったようで笑顔が溢れている。
そして大人達の何とも言えない表情を見て、私の評価は間違っていないと少し安心する。
観客達の顔色を窺っている間に、音楽と躍りが終わって花火が上がる。
「レイゼリア姫と指輪の妖精がこれからも平和に仲良く暮らしていけることを願いまして、ショーの終わりとなります!そして彼女達が新たな伝説を作った時にまたお会いしましょう!」
台の中央で道化師がそんなことを語るなか、令嬢役の女性達とレイゼリア役の女性が綺麗な箱を持って、時折子供達の握手に応じたり、頭を撫でてあげながら観客達の中を縫うようにして歩き回る。
子供達は喜んでいたので大人達も渋々箱にお金を入れていく。
レイゼリア役の女性が私の前にもやってきて、そっとこちらに箱を向けるので仕方なく銀貨を一枚入れてあげると、軽く私に頭を下げた後に隣の少女の頭を優しく撫でて少女に微笑み、また観客達の間を縫うようにして歩いていく。
お金も払ったことなので、私は少女の手をしっかりと握って、人混みから離れる。
「はぁ…なんかすごい疲れたわ…凄い話を捏造されてるし、そもそも何処から漏れたのかしら…」
「何代目のレイゼリアのお話なんですか?」
「…もしかして気がついてなかったの?」
何のことやらと言いたげな、きょとんとした顔で手を繋いだ少女が私の顔を仰ぎ見る。
「指輪の妖精はナズナのことよ?多分」
「そんなまさか…え?」
「私達のことよ多分…残念ながら…」
「レイゼっ…レーゼさんが難しい顔をしてたのはそういうことでしたか…」
「ええ…まだ一月も経ってないのにどうなっているのやら…」
「本も出ているみたいです…」
ナズナの指差す先にいる商人らしき男が露天に本を並べている。
薄い絵本のようだ。
「あの、少し見せてもらってもいいですか?」
「お嬢ちゃん、ここいらの子じゃないな。絵本は始めてかい?」
「はい」
「…しょうがねぇ。お姉さんに見せてもらいな」
「ありがとうございます」
「ではお言葉に甘えて…ナズナほら」
レイゼリアの伝説・指輪の妖精と書かれた一冊の本を手に取り、しゃがんでナズナに開いて見せてあげる。
版画で量産した物のようで薄茶色の紙に影絵のようなものが施されている。
「切り絵…版画かな…」
「おそらく木版画よ。押印のようにして何冊も同じ絵本を作るのよ」
「…なるほどです……」
内容は先程のショーと変わらない。踊りはもちろん出てこない。
「店主さん、ありがとうございました」
「もし欲しくなったらお姉さんに誕生日にでも買ってもらいな」
「はい、ありがとうございました」
二人で仲良くまた手を繋いで歩き出す。
「絵本、欲しかった?」
「いえ…本物の伝説が目の前にいますから」
「どっちかと言うとナズナが伝説なんじゃない?」
「いえいえ本の名前、レイゼリアの伝説ですから」
そんな他愛もないことを話ながら二人で城下町を歩いていく。
こんな平和な時代に生まれたレイゼリアが伝説に残るとは思えないけど、子供達が喜ぶのなら悪くはないのかもしれない。




